第22話:もやもや

「れいちゃんさー、夏祭りの日って暇?」


「夏祭り? いつだっけ」


「八月十三日。土曜日。浴衣着てさー、夏祭りデートしようよ。私と」


「デートって……二人きりってこと? 新くんと七希くんは誘わないの?」


「デートは冗談。七希は来ないけど、ポチは来るよ。あとはそうねぇ……三船さんとたぬ子でも誘おうかな」


「三船さん誘うなら行きたい」


「れいちゃん、ほんとにあの人のこと好きねー。妬いちゃうなぁ」


 そう笑いながらななちゃんは私の頬を突く。三船さんが私に告白したことは彼女も知っている。三船さんが私に向ける感情が恋愛感情であることには前から気づいていたらしい。あまりにもわかりやすいのに気付かないからわざと気付かないふりをしていると思っていたようで、誤解してごめんと謝られた。普通気づくよねと責められることはよくあるが、誤解してごめんと素直に謝ってきたのはななちゃんが初めてだった。強引で、わがままで、男を取っ替え引っ替えしている軽い女。彼女は周りからはそんな風に思われているらしい。強引でわがままは否定できないし、私も正直最初は苦手なタイプだと思った。しかし、彼女は案外誠実な人だ。自分が悪いと思えば素直に謝るし、練習はたまにサボるけど合わせる時までにはちゃんと仕上げてくる。息抜きの仕方が上手いとでもいうべきだろうか。


「ななちゃんのことも好きだよ」


「でも、正直最初は苦手だなーって思ってたでしょ」


「う……ま、まぁ……うん」


「あははっ。正直。れいちゃんのそういうところ好きだなぁ」


「私のことは彼女にしたいとは思わないの?」


「思わないよ。れいちゃんは友達だから」


「……三船さんに対しては『付き合っちゃう?』とか言うのに?」


 いつからかわからないが、ななちゃんは三船さんに対してそういう揶揄い方をするようになった。冗談らしいが、なんだかそのやりとりを見ているともやもやする。


「なに。れいちゃん。拗ねてるの?」


「……わかんないけど、なんかもやもやする。三船さん、私にはあんな嫌そうな顔しないし……いや、別に嫌がられたいわけじゃないんだけど……なんだろう……」


「……れいちゃん、それさぁ」


 ななちゃんが何かを言いかけて止まる。「なに?」とその先を促すが、彼女は「いや、やめとく」と顔を逸らす。そして私の方を見ないまま「バイってさ、LGBTQの中では嫌われがちなんだよね」と言う。急に話が飛んだことに戸惑いながらも理由を聞いてみる。


「異性と恋愛するバイは異性愛者と同じ権利があるから。『良いよね結婚出来て』とか、『どうせ最終的には異性を選ぶんでしょ』とか、色々言われんのよ」


「……それは……ただの八つ当たりじゃない?」


「うん。そう。ただの八つ当たり。私は男好きだって思われがちだし、実際男の方が好きなんだけどさ、女の子が好きなのも嘘じゃないんだ。けど、世の中には異性愛者か同性愛者かの二択でしか考えられない人がいっぱいいる。LGBTQの当事者の中にもたくさん。同性を好きだったのに異性を好きになるなんて裏切りだとか言う人も居る」


「……裏切り」


「だから私は、LGBTQとかクィアって言葉も、レインボーフラッグも大嫌い。でも……そこに居るみんなが敵なわけじゃないことくらいは理解してる。うみちゃんとか咲先輩とか、三船さんとか、加瀬先輩とか、みんな同性愛者だけど、異性も好きになる私を否定しない。ポチ、七希、それかられいちゃん。三人は恋が分からないけど、恋をする私を否定しない。バイである私ではなくて、私個人を見てくれる。味方ってのは、同じ属性の人のことじゃなくてそういう人のことだと思う」


「……えっと……なんで急にそんな話を?」


「……まぁ、要するにだ。私はれいちゃんとは考え方や感性が違うけど、何があっても君の味方だよってこと」


「え? あ、ありがとう……?」


「おう。どういたしまして」


 結局、何故ななちゃんが急にそんな話をしたのか、この時はよく分からなかった。

 後に思い返せば、恐らくななちゃんはこの時すでに気づいていたのだろう。私がななちゃんと三船さんのやりとりに抱えるもやもやの正体に。そしてその正体が、私が今まで信じてきたアイデンティティを崩壊させる物であるかもしれないことに。

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