第21話:あなたの例外になりたかった
海野さんに告白をした数日後の土曜日の夜。約束通り、七美さんにご飯を奢ってもらうことに。やってきたのは焼肉屋。
「適当に誘ってとは言ったけどさぁ……」
ため息を吐く七美さんの正面には星野先輩。その隣に海菜先輩、満先輩が並んでいる。七美さんの隣にはたぬ子、そして奥に私。先輩達にはアドバイスを貰ったから後日個人的にお礼をするつもりでいたのだが、たぬ子と話してたところを聞かれてしまい、自分達の分は自分で出すからと無理矢理ついてきた。私が誘ったわけではない。
「無理矢理着いて来てごめんね。俺達も気になってたんだよ。三船さんのその後が」
「けど、思ったより元気そうだな。うみちゃんなんて一年以上引きずってたのに」
「えっ。失恋経験とかあったんですか。女の子の方から寄ってくるのに」
「当時好きだった人には好きな男の子が居たから」
「しかもめちゃくちゃヘタレだし」と付け足す七美さん。何故か不機嫌だ。それに同意し
「全く。なんであんなのが良いんだか」とため息を吐く海菜先輩は言葉とは裏腹に優しい微笑みを浮かべる。それを横目で見る満先輩と星野先輩も彼女と同じ表情をしていたが、七美さんは「私は認めない」と唇を尖らせたままだ。
「えっ、なに? 同じ人好きだったんですか?」
たぬ子が困惑するように七美さんと海菜先輩を交互に見る。
「というか、ななちゃんのお姉さんだよ。私の好きだった人」
「お姉さんって……つまり、従姉ってことですか?」
「まぁ、ななちゃんと私が従姉妹だからね。そうなるね。けど、本気で好きだったよ。ただの憧れなら良かったのにって何度も思った。今はもう、そういうこともあったなぁって感じだけど」
「ユリエルに出会わなかったら今も引きずってたろ」
「いや、流石にそれは無い……と、思う。でも、彼女に出会えたから立ち直れたのは事実だよ。やっぱり、失恋から立ち直るには新しい恋をするのが一番なんだろうね」
肉を焼きながら海菜先輩がそう語る。それを聞いた七美さんが私と新しい恋でもする? と絡んでくるかと思い一瞬身構えたが、彼女は別のテーブルで注文を取る男性店員の横顔を見つめていて話を一切聞いていない。私の視線に気づいたのか私の方をチラッと見て「あ」と何かを思い出したように私の方を振り返り「私と新しい恋しちゃう?」と笑う。
「しない」
「だよねー。知ってる」
「知ってるなら聞かないで」
「言えと言われた気がしたので」
「求めてない」
「ええ? なんで言わないのよって顔してたじゃん」
「してない」
「妬かないでよハニー。君が一番だよ」
そう揶揄うようにケラケラ笑う七美さん。やはり私はこの人が苦手だ。苦手なタイプなのに、悪い人ではないから憎むに憎めない。せめてもっと最低な人間だったら関わらなくて済んだのにとため息を吐く。
「……新しい恋……か」
改めて、自分が彼女以外の誰かと付き合う姿を想像する。しかし、真っ先に浮かんだのは彼女だった。終わらせるために告白して、はっきりと断ってもらったというのに、私はまだ彼女への恋心を捨てきれていない。だけど、誰かに忘れさせてほしいとも思えない。むしろ、忘れたくない。誰かと付き合うことで上書きされてしまうなら、誰とも付き合いたくない。それほどまでに、私は彼女に恋をしていた。そこまで人を好きになったのは初めてだ。
「でもほんと、元気そうで良かったよ。前の彼女にフラれた時はめちゃくちゃ荒れてたからさぁ」
「えー。三船さんが荒れてるところ見てみたかったなー」
「……趣味悪いわねあなた」
「あはっ」
「てか、交際経験あったんだね」
「まぁ……一応。あまりいい思い出はないですけど」
「今みたいに同性同士の恋愛が普通な雰囲気もなかったしね」
「……そうね」
中学生の頃は、レズビアンだと疑われることが怖かった。彼女と付き合えて幸せだったが、堂々とすることは出来なかった。今はもう、差別に対する恐怖などすっかりなくなっていたことに気付く。
「あ、ごめん。嫌なこと思い出させちゃった?」
「いいえ。平気よ。……先輩達に出会って、海野さんに恋をして、いつの間にか私はそれに違和感を持たなくなってたんだなって、気づいて。高校に入る前まで、同性愛は思春期特有の一過性の感情だという大人の言葉を否定し切れなかったのに」
「あー。あるある。定番だよねそれ。私は幸い、身近に同性愛者の大人が居たからそんなわけないって信じられたけど」
「異性と結婚した人ですか?」
「その人もだけど、他にもたくさん。でも、大体みんなその人の影響を受けてるね。異性と結婚したことを批判する人も多いけど、多分それ以上に救われた人の方が多いんだろうね。私もその一人。そもそも、彼女が結婚しなかったら私居ないしね」
「えっ。じゃあ異性と結婚した同性愛者って……」
「母だよ。私の」
私とたぬ子はそれを聞いて驚くが、先輩達と七美さんはノーリアクションだった。知っていたのだろう。驚いていたたぬ子はハッとして「それ、勝手に話したら駄目なやつじゃないですか?」と指摘する。他人のセクシャリティを勝手に第三者に話すことはアウティングというが、海菜先輩がそのことを理解していないはずはない。案の定彼女は「アウティングの概念に関しては理解してるよ。母からはちゃんと許可を得て話しているから安心して」と答えた。
しかし、羨ましい。海菜先輩の父が。私も恋をしない彼女の例外になりたかった。変わることを望まれるのはきっと彼女にとって一番の苦痛だろう。しかし、願わずにはいられなかった。この恋を本当の意味で終わらせるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
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