第20話:これからもよろしく

 お昼休み。三船さんから二人きりで話がしたいと呼び出された。向かった先は演劇部の部室。わざわざ許可を取って借りたらしい。


「……海野さん私ね」


 隣り合って座ると、彼女は緊張した様子で口を開く。この空気には既視感があった。友達だった彼に、告白された時と似た空気。心がざわつく。


「私はあなたのことが——「あ、あの、ま、待って」


 その先の言葉を聞くのが怖くて、思わず遮ってしまった。恋をしないという共通点で繋がっていた彼を責めたみんなと同じになりたくない。だから、知らなければと思った。恋のことを。知って、そういうものだと受け入れなければと思った。恋をする人のことを否定してはいけないと思った。なのに、彼女の話を聞くのが怖い。恋愛的な意味で好きだと言われるのが怖い。


「……海野さん。私はね、これからもあなたと友達で居たいの」


「え……」


 意外な言葉に、思わず顔を上げる。目が合うと彼女は「本当よ」と、どこか切なそうに笑った。


「だから、お願い。最後まで話を聞いてくれる?」


「……うん」


「ありがとう」


 大きく息を吐いて、吸って、彼女は私の方を見ずに一言。「私、海野さんに恋をしているの」と。横目で彼女の表情を伺う。どこか不安そうだった。


「……いつから?」


「最初から」


「最初?」


「あなたに話しかけたあの日から。ううん、もしかしたら、もっと前からかもしれない」


「話したことないのに好きだったかもしれないってこと?」


「……私、あなたみたいに犬みたいに純粋で人懐っこくて、表情豊かな女の子が好きなの。あぁ、えっと、そういう女の子なら誰でも良いわけじゃなくて……でも、そういう雰囲気の人だったから、仲良くなりたいって思った。仲良くなりたいというか……その……口説きたいなと……」


 だんだんと三船さんの声が小さく聞き取りづらくなっていく。再び隣を見ると彼女は頭を抱えていた。そのまま前に倒れ、膝に頭を埋めたまま話を続ける。


「ご、ごめんなさい。その……あの時あなたに話しかけたのは、下心があったからなの。仲良くなって、付き合えたらって、思った。同性同士の恋愛について言及した時、もしかしたら私と同じで同性が恋愛対象なのかなって期待したし、違うって言われた時はちょっとショックだった。これ以上好きになる前に、離れた方が良いと思った。けど……あなたを知るたびに、その優しさに触れるたびに、離れたくないって思った。だから、この想いはあなたに告げないようにしようって思ってたの。でも……」


「でも?」


 会話が止まる。続きの言葉を待っていると、彼女は大きく息を吐いて顔を上げた。そして私の方を見て言う。「ちゃんと、ケリをつけなきゃって思ったの。自分の恋心に」と。


「ケリをつける……」


「ええ。あなたとこれからも友達で居るために、内側に閉じ込めるんじゃなくて、ちゃんと終わらせようって。だから……海野さん。私の恋を、終わらせて。そして、あなたが許してくれるなら、これからも友達で居たい」


「……恋人になりたいって、言わないの?」


「本音を言えばなりたい。でも、あなたがそれを望まないのは最初から分かってしまっていたから。だから、言えなかった。私のわがままで傷つけたくなかったから」


 告白してきた友人に「今までと変わらず友達のままで居たい」と言った時、無理だと断られた。別の友人にそのことを話すと『残酷だ』『あり得ない』と非難された。一度フったらもう、友達に戻ることは出来ない。それが普通なのだと友人からは教わった。恋は友情を壊す恐ろしいものだと思っていた。だから私は、恋が怖かった。だけど、三船さんがくれたそれは、私の知る恋とは違った。どこまでも優しく、暖かかった。今まで私に告白してきた人達が向けた感情と本当に同じものなのかと疑うほど。


「私……私も三船さんが好き。でも、その好きは三船さんが私に向けるそれとは違う。違うけど……今まで通り、友達のままで居たい」


 私がそう答えると、不安そうだった彼女の表情に光が灯る。


「ありがとう。嬉しい」


「ほ、本当? ほんとに? 本当に嬉しいと思ってる?」


「ええ」


「私と友達で居るの、辛くならない?」


「ならないわ。元々、恋人になれないことは分かっていたから。それでも、友人としてあなたを支えられたらって思ってた。その気持ちは変わらないわ。改めて、これからもよろしくね。海野さん」


 いつもの優しい微笑みを携えて、彼女は私に手を差し伸べる。その手を取ろうとすると、視界が歪む。ぽろぽろと涙が溢れる。使ってと差し出されたハンカチを顔に押し当てる。彼女は立ち上がり、お手洗いに行くと言って部屋を出て行った。しばらくして、私が泣き止んだ頃に戻ってきた彼女は「あげる」と私の隣にペットボトルを置く。それは私がよく買う炭酸入りのレモネードだった。


「あっ。ご飯には合わないかしら。ごめんなさい」


「ううん……ありがとう。……これ、好きなんだ」


「だと思った。よく買ってるから」


「よく見てるね」


「……意識してなくても、つい目で追ってしまうの。気づいたらあなたを見てる。……ちょっと、気持ち悪いわよね。ごめんなさい」


「ううん。三船さんは気持ち悪くないよ。三船さんの恋は、全然気持ち悪くない。……相変わらず、恋がなんなのかは分からない。でも、三船さんが私のこと好きだってことは伝わった。その好きは私の好きと違うんだろうけど、でも、嬉しい」


 恋愛的な意味での好きをもらって嬉しいと思ったのはそれが初めてだった。


「ありがとう。告白してくれて」


「こちらこそありがとう。私の恋心を受け止めてくれて」


 そう彼女は笑う。彼女の告白で友情は壊れるどころか、より深まった気がした。この時はそう思っていた。

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