第19話:七美さんと私の推し

 告白すると決意した翌日。私は七美さんに声をかけた。


「七美さんおはよう。風邪はもう大丈夫?」


「大丈夫よ。みんな一日休んだくらいで大袈裟だなぁ」


「七希くんはともかく、あなたはいつも元気なイメージがあるから」


「馬鹿も風邪引きますよー。ちゃんと。で? 私に何か用?」


「今日のお昼、海野さんと一緒よね?」


「うん。いつも通りね。なに? 二人きりになりたいから席外せって?」


 流石七美さん。話が早い。


「ええ。ちょっと、彼女と二人で話したいの」


「……ふぅん。二人で秘密の話ねぇ。私には聞かせられないやつ?」


「……告白するの」


「へぇ? 隠し通すんじゃなかったの?」


「そのつもりだった。けど、今は逆。ちゃんと伝えるべきだと思う。ちゃんと伝えて、この気持ちにケリをつけようって思ったの」


「……なるほどねぇ。うみちゃんか望くんかちる先輩の誰かに相談したな」


「よくわかったわね」


「分かるよ。あの三人の中なら誰に聞いても同じ答えを出すから。私は正直やめた方が良いと思ってたけど……今のれいちゃんならもしかしたら大丈夫かもしれないね。今のあの子ならきっと、三船さんの気持ちと真っ直ぐに向き合えると思う。まぁ、フラれたら私のところおいでよ。慰めてあげる」


「それは……遠慮するわ」


「あ、慰めるって変な意味じゃないよ。普通に美味いもん食いに行こうぜって意味だから。まぁ……」


 彼女が距離を詰めてきた。思わず後ずさるが、強引に腰を引き寄せられる。制服のリボンに手をかけ、下から私を見上げながら、不敵な笑みを浮かべて彼女は言う。「別の意味でも私は構わないけど」と。廊下をすれ違う生徒たちから視線を感じる。「遠慮するわ」と押し返すと、彼女は「あら残念」と悪戯っぽく笑う。残念だなんて微塵も思っていない顔だ。


「ご飯だけなら行きたい。あなたの奢りで、二人きりじゃないなら」


「そんな警戒しなくても。嫌がる人に無理矢理手を出したりはしないよ。そういう趣味はないから。じゃ、どこ行きたいか考えといてね。たぬ子辺りにでも声かけてさ。もちろん私の奢りだけど、だからって高すぎる店リクエストしないでね」


 そう言って彼女は去っていく。悪い人ではないし、むしろ良い子なのだけど、ああいうところは少し苦手だ。リボンを直しながらため息を吐くと「おはよう」と女性の声。振り返るとそこに居たのはクラスメイトの三田村さんだ。


「おはよう」


「さっきの、七美さんだよね。五組の。大丈夫? なんか詰め寄られてたけど」


「ちょっとじゃれていただけよ」


「じゃれあいねぇ……三船さん、あの子と仲良いの?」


「そうね。そこそこ」


 私がそう答えると彼女は苦笑いしながら、声を顰めて「気をつけた方が良いよ」と忠告してきた。


「気をつけるって何を?」


「三年の一条先輩、知ってる?」


 三年生で一条というと、満先輩の彼女さんが浮かぶ。


「一条実さん?」


「じゃない方」


「じゃない方? ああ……」


 一条実さんには双子のお兄さんがいる。女癖が悪いという噂が絶えない人だ。女性だけではなく、男性にも手を出しているという噂もある。本人と話したことはないからどこまでが真実かはわからないが。


「七美さん、あの人と同類らしいから」


 三田村さんは苦い顔をしながら七美さんの悪い噂を次々と語る。彼女に対する悪意がストレートに伝わってくる。私も七美さんを嫌っている仲間だと思っているのだろうが、私は別に彼女を嫌ってはいない。少し苦手なところがあるだけで、好きか嫌いかと言われたらむしろ好きだ。友人だと思っている。


「……三田村さん、七美さんと話したことある?」


 止まらない悪口を遮って問うと、彼女は「ないけど……」と気まずそうに目を逸らす。


「話して見ると案外良い子よ。まぁ、私も恋愛に対する考え方だけは共感出来ないけど。でも、間違いでもないと思うわ。それも一つの恋愛の形だと思う。あぁ、えっと、確かに彼女の恋愛に対する考え方は軽いけど、他人の恋を邪魔するようなことはしない人よ。軽いから誤解されがちだけれど」


 そう三田村さんを諭していると「軽い軽いうるさいなぁ」と七美さんが割り込んできた。気まずそうに逃げていく三田村さんに彼女は「言いたいことがありそうだったからわざわざ聞きにきてやったのに」と鼻で笑った。三田村さんに謝罪を促そうと追いかけようとするが、七美さんは「別に良いよ。謝らせなくて」と私を止める。


「本当に悪いって思ってるなら自分から謝りにくるだろうからこっちからわざわざ謝罪を要求しにいく必要なんてないよ。要求されないと出せない上辺だけの謝罪に価値なんてないし、時間の無駄」


 めんどくさそうにそうため息を吐く彼女の姿が七希くんに重なる。七希くんが今の七美さんと同じ立場なら同じことを言っているだろうことは容易に想像できる。全てが正反対に見える二人だが、案外こういうサバサバしたところは似ているのかもしれない。


「まぁでも、ありがとね。庇ってくれて」


「友達を悪く言われて黙っていられないわ」


「友達だと思ってくれてるんだ。ふぅん」


「あら。友達だと思ってたのは私だけ? 寂しいわね」


「いや、私も友達だと思ってるよ。じゃなかったら奢ってあげるなんて言わないから」


 そう言うと彼女はまた去っていく。本当に悪口を聞きつけてきただけなんだなと苦笑いしながらその後ろ姿を見送り、教室に入る。すると、友人と話していた三田村さんが私の方を見て、気まずそうに目を逸らす。一言言ってやりたいが、ここはそっとしておいた方が良いだろう。そう思っていると、近づいてきた。


「あの……さっきはごめんね」


「謝るべき相手は私じゃないんじゃないかしら」


「う……それは……そうなんだけど」


 しかし、どうやら謝らなきゃいけないという気持ちはあるようだ。


「……三田村さん、お使い頼んで良いかしら」


「えっ。なに? グミ……?」


「これ、七美さんに届けてくれる?」


「うぇっ! なんで私が!?」


「宿題忘れちゃって。今から急いでやらなきゃいけないの」


「いや、グミなんて後からでも……」


「言わなきゃいけないことがあるんでしょう? 彼女に。ついでにお願いね」


 少々強引にグミを渡す。後でおやつに食べようと思っていたものだが、七美さんもグミは好きだと言っていたし、三田村さんも謝罪以外に会いに行く理由があった方が少しは気が楽になるだろう。


「……分かった。行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 三田村さんが出て行くのを見送り、一時間目の準備をする。三田村さんが戻ってきたのはホームルームが始まる少し前だった。


「謝罪は受け入れてもらえた?」


「……うん。その……ありがと」


「どういたしまして」


 どうやら謝罪は無事に出来たようだが、なんだか様子がおかしい。一時間目を終えて七美さんに話を聞きに行くと彼女は「あの子、案外素直で可愛いよね」と意味深に笑う。


「……まさか、手出したの?」


「人聞きの悪いこと言わないでよ。ちゃんと謝りに来て偉いねってよしよししてあげただけだよ。あぁ、あと、グミありがと。お礼するね。身体で払えばいい?」


「そういう冗談ばかり言ってるから誤解されるのよ」


「冗談が通じる人か狙ってる人にしか言わないよ」


「はぁ……あなたのそういうところ苦手」


 思わずこぼしてしまうと、彼女は何故か嬉しそうに笑う。


「な、なんで嬉しそうなのよ」


「ふふ。苦手なところもある上で、それでも友達だって言ってくれたんだなぁって。三船さん、やっぱ私のこと相当好きだな」


「そういうポジティブなところは嫌いじゃないかもね」


「素直に好きって言えよ」


「はいはい。好きよ」


「付き合「いません」くっそー……」


 そんな冗談を言い合う私達のやりとりを見て、海野さんが「二人はいつの間にそんなに仲良くなったの?」と首を傾げる。


「推しが一緒だったんだよ」


「推し?」


「そう。推し。ほれ」


 七美さんが海野さんに見せたのは白いポメラニアンの写真。つきみちゃんだ。「そっか。二人とも犬好きだもんね」と写真を見ながら納得する海野さん。七美さんは「そういうこと」と言って、私の方を見て笑う。

 確かに、犬が好きという共通点はある。しかし、私達の仲を深めた共通の推しはつきみちゃんではない。海野さんだ。仲良くなったきっかけは、七美さんが私に海野さんへの想いを聞かせてくれたあの日。七美さんの海野さんへの想いは、私のとは少し違う。だけれど大切に想う気持ちは同じだと知った。だから私は、七美さんを嫌いになれないのだ。

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