第18話:私が出した答え

 七美さんは言った。海野さんは恋を理解することを諦めているのではないかと。そんなことはないと言いつつ、その可能性は捨てきれないと思ってしまった。しかし、満先輩達の話を聞きながら何度か質問していた彼女の姿を見て、そんなことはないと確信した。むしろ、彼女は必死に恋を理解しようとしている。話を聞くと、そうしなければならないと思うことがあったらしい。それ以前の彼女は、七美さんの憶測通り恋なんて理解したくないと思っていたようだが、私の気持ちに気付いていないのはどうやらフリではなさそうだ。こんなに優しい人がそんなこと出来るとは思えない。


「三船さんの好きな人、あの子だよね」


 彼女と別れると、海菜先輩が切り出す。


「はい」


「だろうね。見ていればわかるよ」


 それを聞いた満先輩が「あー。なるほどね」と納得したように呟き、海菜先輩を見る。海菜先輩が頷くと、満先輩は苦笑いしながら星野先輩に視線をやり、そして私に視線を戻して言った。「三船さんさ、彼女のためにこのまま自分の気持ちを押し殺すつもりでいるでしょ」と。そして私の答えを待たずに「それはきっと彼女のためにはならないよ」と続け「なぁ望?」と星野先輩に話を振る。星野先輩はなんの話だと一度首を傾げたが「あぁ、そういうことか」と苦笑いする。海菜先輩も分かっているようだが、私にはなんのことかさっぱりだ。


「あの……なんの話ですか?」


「ごめんごめん。俺も昔、三船さんと同じこと考えたんだよ」


「同じこと?」


「好きな人のために、自分の気持ちを隠そうとしたんだ。彼女は他人から——というか、男性から恋愛感情を向けられることに嫌悪感を抱いていたから。だから俺は、彼女の前で何度も自分の気持ちを否定した。俺は君に恋をしないよ。大丈夫だよ。ずっと友達だよって。それが彼女のためだと思った。けど、逆だった」


「逆?」


「俺が彼女のためにと自分の気持ちを否定することは、彼女の中の他人から向けられる恋愛感情への拒絶心を増幅させるだけだったんだ。守るどころか、余計に苦しめてしまった。……きっとあの子も、自分の中の拒絶心と葛藤してるんじゃないかな」


「……先輩はその人に、告白したんですか?」


「したよ。ちゃんと告白して、ちゃんとフラれた」


「今でも、仲は良いんですか?」


「仲良しだよ」


 星野先輩はそう笑って海菜先輩を見る。同意を求めるように。彼女も笑い返し頷く。彼が言っていた好きな人というのは、彼女のことなのだろう。しかし、彼女との間には気まずい空気は一切無いように見える。私は元カノや今までフッた人達とそんな風に笑い合えなかった。海野さんとも、私が告白したら関係はそれで終わるのだと思っていた。叶うなら私も、海野さんとは気まずくなりたくない。願わくば、海菜先輩の知り合いの夫さんのように、彼女のになりたい。それが叶わなくとも、星野先輩と海菜先輩のように仲のいい友人で居たい。なれるだろうか。


「三船さんならきっと大丈夫だよ。告白することで自分がフラれて傷つく不安よりも、彼女を傷つけるかもしれない不安が先に浮かぶくらい純粋に彼女を想ってる君ならきっと。望もそうだったから。だから私は、今も彼と友達で居られる」


「告白するなって圧かけてきたくせによく言う」


 そう言う星野先輩は言葉とは裏腹に優しい顔をしていた。


「ありがとうございました。先輩方」


「いえいえ。吹っ切れたみたいでよかったよ。何かあったらいつでも相談に乗るからね」


「はい」


 この想いは彼女には告げずに秘めておく。それが彼女のためだと思っていた。だけど、先輩達の話を聞いて考えは変わった。私は彼女にこの気持ちを伝えて、ちゃんとケリをつけるべきだと。彼女と普通の友達でいるために。いまの彼女ならきっと、応えられなくともちゃんと受け止めてくれるはずだから。

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