第17話:例外

 七希くんのファンの子に足を引っ掛けられ、たまたま近くに居た三船さんに抱き止められた。昔から、男性に媚を売っていると言いがかりをつけられ陰口を言われることが多かった。私は別に、誰かの恋を邪魔するつもりはないし、誰かの心を弄ぶつもりもない。それでも周りはどうしたって勝手に勘違いしてしまう。異性と友達になるのはリスクが高い。だけど、それでも私は七希くん達と友達になりたかった。恋をしない私を受け入れて、同じだと言ってくれた人は初めてだったから。どうしてもあの場所を手放したくはない。

 三船さんにそう愚痴をこぼすと、彼女は私を抱き寄せた。ハグはストレスを軽減すると聞いたことがあるけれどあれは本当だったのだなと思えたのは、後から思えば相手が彼女だったからなのかもしれない。


「……ありがとう。三船さん。もう大丈夫だよ」


「……部室まで送って行きましょうか?」


「良いよそこまでしなくて。大丈夫。というか今日は練習無いんだ。ななちゃんと七希くん、二人揃って風邪引いたらしくて。三船さんも部活ないよね? 一緒に帰ろ」


「ええ」


 と返事をした彼女だったが、先輩達と約束をしていたことをすっかり忘れていたらしく、校門前に着くと待っていた海菜先輩達に「遅かったね」と詰められる。


「誘った側が忘れるとかさぁー」


「無いわーマジでないわー」


 そう責めたてる海菜先輩と満先輩を背の高い男子生徒が宥める。彼は二人の幼馴染の星野ほしののぞむ先輩。女子二人と男子一人の組み合わせの幼馴染三人組。なんだか七希くんたちみたいだ。私には友達三人組にしか見えないが、先輩達も周りから恋愛関係にあると決めつけられたりすることがあるのだろうか。駅まで歩きながら問うと先輩達は「めんどくさいよね」と苦笑いした。やはりあるらしい。


「まぁでも、私が女の子しか好きにならないって公言してからはなくなったよ。代わりに満ちゃんとの噂が流れ始めたけど」


「誰がこんなめんどくせぇ女と付き合うかっつーの」


「えー。実さんよりはめんどくさくなくない?」


「あれは良いんだよ。めんどくさいけど弄り甲斐があって楽しいから。お前はめんどくさいだけだから無理」


「ひっど。まぁ私も君とは今の距離感がベストだと思ってるけど」


「……満先輩は恋はしないとおっしゃっていたしたが、が無理で恋人は受け入れられるのは、恋ではないのですか?」


 三船さんが首を傾げる。そういうものなのだろうかと私も思わず首を傾げると、三船さんは私をチラッと見て、ハッとして満先輩に謝った。


「いや、良いよ別に。そう言われるのは慣れてるから。けど、私はこれがみんなの言う恋と同じものだとはどうしても思えないんだよ」


「多分、恋愛と友愛って誰はっきり分けられるものじゃないから。だから他人から見たら恋に見えるのも間違いじゃないと思うけど、自分が違うと思うなら違うで良いと思うよ。自分の感情なんだもん。自分にしかわかんないよ」


「言われなくても、誰になんと言われようと私は違うと言い張るよ。だって私は、彼女を独り占めしたいと感じたことは一度もないから。彼女が将来的に別の人と人生を歩むことを決めたとしても、それが彼女の選択なら私は引き止めない。引き止める必要性を感じない。彼女のことは大切だし、好きだけど、もし自分以外の女と一切話すな連絡取るなって言われたら受け入れられない。そこまで束縛されても一緒に居たいとは思えない。自分以外の人と肉体関係を持つなに対しても正直、自分の身体なんだから好きにしても良くないかって思ってるし、彼女が誰かと関係を持とうがどうでも良い。彼女の身体は私の身体じゃないから。恋というものは、そんな風に割り切れるものじゃないんだろう?」


 満先輩がそう言って首を傾げると、私以外の三人は大きく頷く。私はむしろ、自分の身体だから自分の好きにしても良くないかという満先輩の意見の方に共感した。誰かに触らせたいとは思わないけど。

 しかし、相手に触れたい、触れてほしい。そう思うのが恋だと思っていたが、満先輩の話を聞く限り、先輩は相手と触れ合うことには抵抗はないように思える。そういう感情は恋とはまた別なのだろうか。問うと私の疑問に海菜先輩が答える。


「そうだね。恋愛感情はあるけど、性的なことはしたくないって人も居るからね」


 ますます恋というものが分からなくなり頭を抱える。そういうものだと割り切るしかないと新くんは言っていた。確かにその通りだが、私にはまだそう簡単に割り切れない。割り切ってしまうのが怖い。


「……満先輩はなんで、そんな理不尽で不可解な感情をぶつけられて平気なんですか? 自分の気持ちは恋じゃないのに、なんで恋人になっても良いって、思えたんですか?」


 自分のものになってほしい。触れたい。他の人と仲良くしないでほしい。大好きな友人からそんな感情をぶつけられた時、私は正直気持ち悪いと思ってしまった。どうしてそこまで私に執着するのが理解できなくて怖かった。その理不尽な執着の正体が恋だというのなら私は誰かに同じ感情を抱きたくはないと思った。私は恋が怖い。満先輩は怖くないのだろうか。


「まぁ確かに、今も変わらず理解出来んよ。けど……彼女が私に向ける恋愛感情は、今まで他人から向けられてきたそれとはちょっと違うんだよね」


「違う?」


「私を好きだと言う人間は私に好かれたいと媚びてくる。けど彼女は一切媚びない。嫌われることを恐れずに、重苦しい激情を容赦なくぶつけてくる。あの人はめんどくさい人だけど、好かれたいと本心を隠して媚を売ってくるよりは全然良い」


「なるほど……つまり『この俺様に楯突くとはおもしれぇ女だな。気に入った。俺の女にしてやる』ってことですか」


 高圧的な態度で演技をしながら問う三船さん。穏やかな普段の三船さんからは想像出来ない迫力に思わず鳥肌が立った。流石演劇部。

 要するに、彼女が自分に本音を曝け出してくれたからパートナーとして受け入れられたということだろうか。確かに、遠慮せずに本音を言い合える相手は貴重だ。それはわかる。しかし、相変わらず恋という感情は理解出来ない。満先輩の話を聞いたら余計に理解から遠ざかってしまった。頭を抱えていると、三船さんが言う。「無理に理解なんてしなくても良いんじゃないかしら」と。新くんも言っていた。『分からないものは分からないよ。しょうがない』と。


「……確かに、最終的には理解できないって割り切るしかないと思う。でも私、知りたいんだ。知らなきゃいけないって、最近思ったの」


「どうしてそう思ったの?」


「……私、正直ね、恋って気持ち悪いって思ってた。理解なんてしたくないって思ってた。でもね、この間、私と同じように恋をしない人が、初めて人を好きになったってSNSに投稿してて。アロマンティックって言ったくせに裏切りだって、叩かれてて……流石にそこまでするのは違うって思った。でも、そうやって叩く人の気持ちも分かってしまって……このままだと私も、あんな風になってしまう気がしたの」


「そんなことが……」


「……私の知り合いに、レズビアンだけど男性と結婚した人が居るんだけどね」


 海菜先輩が突然語り始める。その女性は周りから、世間体のためだとか裏切りだとか非難されたらしい。


「けど、私はそうは思わない。そもそもあの人は世間体なんてくだらないこと気にする人じゃないし。彼女曰く、夫は例外らしいんだ」


「例外?」


「そう。基本的に女性にしか惹かれないけど、夫だけは例外。だから今もレズビアンであることに変わりはない。彼にとってもその人は例外だったのかもしれないね」


「そういうのは、あり得ることなんですね」


「そりゃ人間だもの。変わることはあるよ。その変化は正しいことではないけれど、間違いでもない。私は変われたんだからあなたも変われるって他人に押し付けるのは駄目だけど、そうじゃなければ変わることを批判する権利なんて誰にもないよ」


「……そうですよね」


「否定したくなる気持ちはわかっちゃうけどね。私も最初は彼女の話を聞いて『だからお前も変われるから大丈夫』って言われるんじゃないかって身構えちゃったから。けど彼女はそうは言わなかった。変わらないままでも間違いじゃないんだって言ってくれた。だから私も彼女を否定したらダメだなって思えたんだ」


「……なるほど」


「……私も——」


 海菜先輩の話を聞いた三船さんがぼそっと呟いて、口籠もる。「なんでもないわ」とはぐらかす彼女の笑顔はどこか悲しそうにも見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る