第16話:どうか気づかないでいて

 夏休みが近づいてきて、最近はクラスでも部活でもその話題で持ちきりになっている。期末テストも終わったから浮かれているのだろう。


「あのさ……8月に夏祭りあるんだけど、一緒に行かない?」


 そんな声が聞こえてきた方を見ると、一人の女子生徒が男子生徒に話しかけていた。男子生徒は承諾しつつ、他に誰か誘うかと提案するが、女子生徒は二人がいいと主張する。そこでようやく、デートに誘われていることに気づいたのか動揺するような素振りを見せる男子。微笑ましい光景だ。

 夏祭り。夏祭りか……海野さんはなんとなくそういうの好きそうな気がする。誘ったら来てくれるだろうか。いや、しかし、2人きりは流石に——。


「何唸ってんの?」


 話しかけてきたのは鈴木海菜先輩だった。今日は担任の都合で急遽部活が休みになったから連絡に来たらしい。


「んで? 何を悩んでるんだねよ。に話してごらんなさい」


 芝居がかった口調で彼女は言う。彼女とは親戚でも兄弟でもないが、部内では第一王子、第二王子と呼ばれている。


「……放課後、時間ありますか?」


「ん。良いよ。空けとく」


「ありがとうございます。あ……でも、えっと……小桜先輩は……」


「百合香? 後輩の相談に乗るくらいで怒ったりしないよ。相手が女の子って知ったら多少は妬くかもだけど」


 そういう彼女はどこか楽しそうだ。まさかとは思うが、私を当て馬にしようとしているのだろうか。


「どうしても私と二人きりだと色々気まずいってなら誰か呼ぼうか。満ちゃんか望かどっちが良い?」


「二択ですか」


「それか両方呼ぶか」


「まぁ……構わないですけど……」


「じゃあ放課後、校門前で待ってるね」


「はい」


 そんなわけで放課後。掃除を終えて教室を出て、下駄箱で靴を履き替えていると「あ、三船さんだ」と明るい声が聞こえてきた。声の方を見ると、海野さんが手を振りながら駆け寄ってくる。その姿が新くんの家で飼われていたつきみちゃんに重なる。悶える心を抑えて、手を振り返す。すると、ふとそこを通りかかった女子生徒が彼女の足元に足を出したのが見えた。


「海野さん!」


 女子生徒の足に引っかかって転び掛ける彼女に駆け寄り、慌てて抱き止める。足を引っ掛けた女子生徒に何故こんなことをするのか問い詰めようとするが、彼女は既に居なくなっていた。逃げ足の速い人だと呆れていると、腕をトントンと叩かれる。彼女を抱いたままなことに気づき、慌てて離す。


「ご、ごめんなさい。怪我は無い?」


「……うん。平気。ありがとう」


「さっきの子、知り合い?」


「ううん。けど、顔は見たことあるかも。多分、よく七希くんに絡んでる子じゃないかな。……私が七希くんと仲良いから、気に入らないんだろうね」


「……もしかして、今みたいなことよくあるの?」


 問うと、彼女は俯いて「陰口はよく言われる」と語り始めた。


「私、昔からそうなの。普通に友達として接してるつもりなのに色目使ってるって言われるんだ。異性との距離が近すぎるらしい。だからね、一応気にして女友達と同じように接しないように気をつけたりしてた時期もあったんだ。でも、そうすると逆に異性であることを意識してるからぎこちないんだって勘違いされたりして……だからもう、男の子とは友達にならないって決めてたの。でも、出来なかった。二人は恋をしない私を受け入れてくれたし、自分達も同じだって言ってくれたから。そんな二人と友達にならない選択肢なんて選べなかった。ずっと、恋愛の話をしなくても良い友達がほしかった。二人の側は凄く居心地が良いの。なのに、異性同士ってだけで私たちの友情は勝手に恋愛にされてしまう。勝手にそう推測するならまだしも、決めつけて攻撃してくる人までいる。……私はただ、二人と仲良くしたいだけなのに。誰かの恋を邪魔したりしたいわけでもないのに」


 そう語りながら、ぽろぽろと涙を溢す海野さん。異性同士というだけで友情を恋愛にされる。その辛さはよく分かる。私にも男友達がそこそこ居た。けれどその友情の大半は恋愛が原因で崩壊した。相手から惚れられたり、相手の恋人から嫉妬されたり、恋人が出来たからと離れてしまったり。今も続いている男友達は居なくはないが、やはり二人で居ると恋人同士だと勘違いされることは少なくはない。私はレズビアンで、彼はゲイだからそうなることは限りなくゼロに近い。お互いに恋愛対象にならないと分かっているからどうしても気を許しすぎてしまうというのも、恋愛関係だと勘違いされる原因の一つかもしれないが。周りも、私たちのお互いの恋愛対象が同性であることを知れば恋愛関係だと勘違いすることも減るかもしれない。しかし、セクシャリティというものは見た目ではわからないから知って貰うためにはカミングアウトしなければならない。私はともかく、彼はそれを望まない。なんにせよ、勝手に恋愛関係だと決めつけられた上に口を挟まれる鬱陶しさは痛いほどよく分かる。私は流石に足を引っ掛けられるなどの嫌がらせを受けたことはないが。私は海野さんに比べると大柄だから手を出しづらいのかもしれない。

 きっと海野さんはこれからも、どれだけ否定しようと男性との友情を恋愛だと決めつけられ、嫌がらせを受け続けるだろう。同性である私と付き合っていることにすれば、異性との関係を恋愛だと勘違いされることも減るかもしれない。だけど流石にその提案は私には出来なくて、いつもより少し速く脈打つ私の心臓の鼓動の意味に気づかないでくれと願いながら、泣き噦る彼女を抱きしめてやることしか出来なかった。

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