第14話:このままが良い

 期末テストの結果が返ってきた。夏休みの補習は免れたものの、あまり良い結果ではない。


「れいちゃん、私今日練習サボるから。七希とポチによろしく」


「えっ。サボるって……体調悪いとかじゃなくて?」


「体調は良いけど、ちょっと気分転換したいの。なので、有休とりまーす」


「有休って……そんなのあり?」


「あり。れいちゃんもクソ真面目に予定通り練習しなくて良いよ。気分が乗らない日は休んでも良い。リーダーの私がそうするんだから君たちもそうすればいい。しょっちゅう休まれると流石に困るけどね。私も別に、みんなと演奏するのが嫌になったからサボるわけじゃないから安心して。じゃ、またね」


 言いたいことを言って彼女は颯爽と去っていく。あんなに堂々とサボると言われたのは初めてだ。サボることは後ろめたいことだと思っていたが、ななちゃんにとってはそうでもないのだろう。七希くんと新くんにそのことを伝えても、特に怒ったりはしなかった。


「ちなみに、録音したやつもらってるから、一応合わせることは出来るよ」


 そう言って新くんがスマホを操作すると、ななちゃんの歌声が流れる。前回七希くんに指摘された箇所もちゃんと修正されている。いつの間に。一人で作ったのだろうか。サボると言いつつ、やる気はちゃんとあるらしい。だから堂々とサボると言っても二人には受け入れられているのかと納得する。


「ななちゃんはあんな感じでたまにサボるけど、練習が嫌で逃げてるわけじゃないからね。バンドやろうって言い出したのも、れいちゃんのこと誘ったのもななちゃんだし。これからも度々こういうことあるだろうから、あんまり気にしないで」


「……息が詰まるんだろうな」


「息が詰まる?」


「七美は俺たちとは違うから」


 相変わらず言葉が足りなくて言いたいことが伝わらない。『七美は俺たちとは違う』その俺たちには、私も含まれているのだろうか。私達とななちゃんの違いといえば……


「……そっか。私達とじゃ恋愛の話できないもんね」


「出来なくはないけど、共感はしてあげられないからね」


 新くんはあっけらかんとした感じで言うが、改めて言われるとなんだか寂しい気がする。しかし、共感は出来ない人に話しても仕方ないと思う気持ちもわかるからななちゃんはことは責められない。


「……」


 ふと、七希くんの方から視線を感じた。目が合う。何が言いたげだが、何も言わない。めんどくさいのか気を使ってるのか。七希くんのことだから多分前者だろうと思いつつ、何か言いたいことあるのかと問う。すると彼は「聞いてほしい話がある」と口を開いた。真剣な顔だ。大事な話だろうか。続きの言葉を待つ。しかし「けど、長くなるから話すのめんどくさい」とため息を吐いた。思わずずっこけそうになった。


「えぇ!? 何それ! そこまで言って話すのめんどくさいとかある!? 気になるんですけど! 話したいなら話してよ!」


「いや、話したいわけじゃない。話した方が良いと思うだけ」


「なにそれ。どう違うの?」


「……ポチ、代わりに話して」


「えっ。流石になんの話か分かんないよ。ヒントちょうだい」


「高田さんの話」


「高田さん? あぁ……あれか。……七希、大丈夫? 思い出したくないんじゃない?」


「……ううん。玲楽には知っておいてほしい」


「分かった。じゃあ、話すね」


 それだけで何を話したいか理解したようで、新くんは中学生の頃に起きたとある事件のことを語り始めた。

 それは七希くんと彼に恋をする一人の女の子の話だった。彼女は七希くんが恋愛に興味がないことを理解して、自分の気持ちを押し殺していた。しかし、周りは彼女の恋を応援するために七希くんと彼女を二人きりにさせたり、彼女の恋心を七希くんにそれとなく匂わせて過剰なほどアピールをしていた。七希くんは気付かないふりをして、彼女は七希くんを気遣って何も言わなかったが、流石に耐えきれなくなって二人で話をするために家に呼んだ。それを見た周りはついに付き合う気になったのかと期待したが、七希くんは彼女をフッた。彼女本人からはお礼を言われたものの、周りからは期待させてフるなんて最低だと批判が集まったらしい。

 なんだそれ。七希くんは何も悪くないのに。そう思うのは私が恋を理解できないからだろうか。いや違う。告白した本人が責めるならまだしも、周りがとやかくいうのは違うはずだ。そもそも、本人が告白するつもりはないと言っているのに無理矢理告白させようとするのも意味が分からない。何故そんなことをするのか。どうしてみんな、男女の関係を恋愛にしたがるのか。男女じゃなくても恋愛にしたがる人もいるけど。恋愛ってそんなにも良いものなのだろうか。私には、友情の方がよっぽど綺麗なもののように思える。

 しかし、何故彼はその話を私にしようと思ったのだろうか。問うと彼は「玲楽があの時の俺と同じ立場になったらきっと同じことをすると思うから」と答えた。つまり、忠告ということだろうか。


「でも、確かにそうだね。私もそうなったら、とりあえず二人で話せる場所に移動するかな……家が近かったら家行くかも」


 返事がどうあれ、そういう話は二人きりでした方が良い。それくらいは私でも分かる。人が居たら断りづらいし。


「部屋にあげる時点で脈ありって決めつける人もいるらしいから気をつけた方が良いよ。七希の場合は、彼女はこれからフラれることを分かってると信じての行動だったと思うけど、世の中は多分、この人は恋をしない人間だから自分に振り向かないのは仕方ないって思える人の方が少数なんだろうね。というか、恋ってそんな簡単に割り切れるものじゃないらしいから」


「そうなんだ……。けど、めんどくさがりやの七希くんがそこまでするって……相当その子のことが大事だったんだね」


「大事というか……うん。まぁ、それで良いよ。めんどくさいから」


「そのめんどくさいは照れ隠しだな」


「違う」


「えー? 本当に?」


「はぁ……」


「あはは……七希、こう見えて情に厚いところあるから。自分に気を使って必死に気持ちを押し殺してる彼女のこと見てられなかったんだろうね」


「なんだかんだで優しいもんね。七希くん。でも、言いたいことは自分の口で伝えるべきだと思うなぁー私は。会話ってそんなにめんどくさい? コミュニケーションの基本だよ? 昔からそうなの?」


「七希は昔からこうだよ」


「生まれて初めて発した言葉すらも『めんどくさい』だったりして」


「流石にそれはない。……それより二人とも、練習しないの」


「七希は練習していくの?」


「……二人が残るなら」


「じゃあいっそ、今日はお休みにして三人でどっか行く?」


「ななちゃん抜きで?」


「いいんだよ。ななちゃんは。ななちゃんには俺たち以外と過ごす時間が必要だからね」


「……新くんは、それで寂しくない?」


「うん? うーん。寂しいといえば寂しいけど……ななちゃんだって恋愛で悩むことはあるだろうし、それを相談されたって俺にはどうしようもないからね。共感してくれる他の友達を頼るのは自然なことだし、その方が俺にとってはありがたいよ。れいちゃんは? ななちゃんから恋愛相談されたい?」


「あー……それは……されても困るな」


「でしょ。だからななちゃんには、俺達以外の友達と過ごす時間が必要なんだよ」


「なるほど……」


 納得は出来たが、寂しい気持ちは変わらない。だけど、だからといって私も他人の恋に共感出来るようになりたいとは思えない。私はこのままで良い。このままが良い。

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