第13話:私と付き合ってみる?

 海野さん本人は私の想いには一向に気づく気配はない。だけどそれで良い。それが良い。彼女が傷つく顔は見たくないから。胸の痛みに気づかないふりをして、そう自分に言い聞かせていたある日のこと、七美さんから話があると呼び出された。連れて行かれたのはカラオケボックス。そこで彼女が話し始めたのは恋を理解出来ない人への複雑な想いだった。


「私さ、世間から見たらマジョリティだけど、バンドメンバーの中ではマイノリティなんだよね」


「あぁ……七希くんと新くんもそうだものね」


「うん。あの二人とはいつも一緒だったけど、小中は部活が違ってね。だから、別の友達と接する機会の方が多かったの。けど今は一緒にバンドやってるから、ずっと一緒にいる。……あの三人のことは嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけど、どうしても疎外感を感じずにはいられないんだよ。ずっと一緒にいると息が詰まるんだよね。だから今日はサボってきた」


「今日は練習ある日だったの?」


「うん。ああでも気にしないで。ちゃんと許可取ってサボってるから」


「そう……それで、なんで私にそんな話を?」


「……三船さんさ、れいちゃんに惚れてるでしょ」


「海野さんに? 私が?」


「いやいや、惚けても無駄だって。あれ気づかないの恋愛は異性同士でするものっていう古い価値観に囚われてる人か、れいちゃんくらいだよ。残酷だよねぇ。あの鈍感さ」


「……私はむしろ、そのまま気づかないでいてほしい。今の関係を壊したくないもの」


「……言うとおもった」


 はぁと彼女はため息を吐くと私の手を取る。驚いて思わず彼女の方を見ると、彼女はふっと笑って言った。「どうせ諦めるしかないんだし、私と付き合ってみない?」と。そんな雰囲気ではなかったが。なんの冗談だろうかと思い「私、女だけど」と返す。七美さんは男性が好きだと聞いている。


「私、男も好きだけどノンケじゃないから。バイなの」


 意外だ。てっきり男性にしか興味無いと思っていた。


「バイは信用出来ない?」


「……バイというか、あなたを信用出来ない」


 はっきりとそう返すと彼女は一瞬目を丸くした。そしてふっと笑い「おー。はっきり言うねえ」と私の手を離す。どこかホッとしたようにも見えたが、一体どういうつもりなのだろう。何を試しているのだろう。


「私、そういう冗談は好きではないわ」


「冗談じゃないよ。本気」


「……好きなの? 私のこと」


「うん」


「その好きは恋愛的な意味じゃないでしょう?」


「うん。今はね。けど、付き合ってるうちに変わるかも」


「……変わらなかったら?」


「その時はお別れすれば良いだけだよ。恋愛ってそういうものじゃない?」


「……あなたって、意外と軽い人なのね」


「よく言われる。けど、誰でも良いわけじゃないよ。三船さんだからこういう提案してる」


「……簡単に落とせそうだから?」


「心外だな。まぁでも……そう思われても仕方ないか」


 お試しで付き合って、合わなかったら別れれば良いだけ。その考え自体は否定しない。だけど、賛同はできない。好きになった相手に恋じゃなかったからとフラれる辛さはもう二度と味わいたくないから。付き合うなら、両想いであることを確かめ合ってからが良い。それでも後からやっぱり違ったと言われることはあるのだけど。


「……私、あなたのことは嫌いじゃない。でも、あなたの考えには賛同出来ない。あなたからしたら重いって思うかもしれないけど、私は好きな人以外とは付き合えない」


「……そう言うと思ったよ」


 彼女はそうどこか残念そうに笑って、私と少し距離を空ける。本気ではないとは思っていたが、こうもあっさりと引き下がられるとなんだかモヤモヤしてしまう。


「……あなた、もしかして私のこと誰かに重ねてない? 自分? それとも別の誰か?」


 問うと彼女はしばらく沈黙した後、深いため息を吐いた。そして一言謝って、質問には答えずに語り出す。中学の同級生の女の子の話を。


「彼女は七希に惚れてた。けど、気を使いすぎる子だから、七希に気を使って告白しなかったの。けど、周りは彼女の恋を応援するために、無理矢理二人きりにして陰からこっそり見守ってたんだ。それに気づいた七希は、もうこれ以上気付かないふりをするのは無理だって思ったのか、二人きりで話がしたいって言って彼女を家に呼んだの。周りはそれを見て、告白が成功するって確信したと思う。けど、七希は彼女をフッた。家に呼んで期待させておいてフるなんて最低だって、周りは七希を責めた。フラれた本人は彼を責めるどころか、話を聞いてくれてありがとうって感謝してたし、七希のこと責めないでって訴えた。なのにみんな勝手な正義感を振り翳して……」


 語る彼女の声が震える。ふと彼女の方を見ると、膝の上で握りしめた拳も震えていた。


「私、れいちゃんにはあんな想いしてほしくないし、大切な人が傷つけられるところはもう見たくないんだよ」


「だから私を彼女から遠ざけようと?」


「それもあるけど、三船さんがれいちゃんに対してどれくらい本気なのかも確かめたかった。ごめん」


「意外と過保護なのね」


「過保護というか……私、思うんだよ。れいちゃんは恋を理解出来ないんじゃなくて、恋を理解することを拒否してるんじゃないかって」


「理解することを拒否してる?」


「じゃなきゃ、あそこまで鈍感になれなくない? ポチも七希も気付いてるよ。三船さんがれいちゃんに向ける好意は友情じゃないって。気づいてないのれいちゃんくらいだよ。ポチは分からないから仕方ないとは言うけど、そういうものなんだって割り切って否定はしてこない。七希も。けど、れいちゃんの中には恋愛に対する強い拒絶心がある気がする。本当は三船さんの気持ちに気付いてるけど認めたくないから気付かないふりをしてるんじゃないかな」


「そう……かしら。彼女がそんな人には思えないけど」


「どうかな」


「七美さん、海野さんのこと嫌い?」


「嫌いだったら傷ついてほしくないとか思わないよ。けど……正直あの鈍感さは見てて腹立つ。三船さんは腹立たない?」


 彼女の問いに、そんなことはないとは言えなかった。私も本当に気づいていないのかと疑ったことがないわけではない。しかし、もし仮に彼女が七美さんの言うように私の気持ちに気づかないふりをしているのなら、やはりこのまま伝えない方が良いのだろうか。

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