第12話:私には耐えられない

 私は彼女が好きだった。彼女も私が好きだった。だから私たちは付き合った。だけど付き合ってすぐに気付いた。彼女の好きと私の好きは違うかもしれないと。


「歌羽ちゃんってなんか、思ってたより可愛いんだね」


 付き合って初めてのデートの日、二人きりの観覧車の中で、彼女は外を見ながら静かにそう言った。恋人との初めてのデートに浮かれていたその日の私は彼女のその言葉の真意を理解出来なかったものの、違和感はこの時からあった。

 私は昔から女の子から好かれることが多かった。イケメンとか、カッコいいとか、それらの言葉は褒め言葉としてありがたく受け取っていた。だけど彼女と付き合ってしばらくすると気付いてしまった。彼女が求めていたのは私ではなく、理想の王子様だったのだと。一年経って、彼女と別れた私を、たぬ子が気分転換も兼ねてと青商の文化祭に誘ってくれた。私は当時は別の学校を受ける予定でいた。青商は偏差値も高いし、制服が男女問わずスカートかズボンか選べるところが魅力的だったけれどLGBTに対する配慮という上から目線な言葉がどうしても引っかかり、学校に対して不信感があった。私はLGBTのLにあたる人間だけど、別に制服のスカートが嫌だと思ったことはない。ただ、選択肢が増えるのは嬉しい。夏はスカートの方が快適だが、冬は寒いから。ちなみに、たぬ子が青商を選んだ理由も制服だという。「浮くかもしれないという不安はちょっとあるけど」と語っていたが、実際学校に行くとズボンを穿いている女子生徒の割合は多かった。スカートを穿いている男子はほとんど居なかったが、女子生徒だと思っていたら声が明らかに男子だったという生徒もいたから見た目ではわからないだけなのかもしれない。


「なんか、カオスな学校だね。カオスというとちょっとあれか」


「……悪い意味じゃないのは分かるわ」


 思っていたより、学校の雰囲気は良かった。スカートを穿いてる男子も、ズボンを穿いてる女子も普通に馴染んでいる。この学校ではもうそれが当たり前になっているのだろう。


「あれ、王子じゃね?」


 そんな声に思わず振り返る。声を発したと思われる男子の視線の先には、王子と姫という表現がよく似合う一組のカップルがいた。どうやら王子というのは私ではなく別の生徒を指しているようだ。男子達の会話から、王子は女性で、一緒に手を繋いで歩いているお姫様は恋人であることが分かる。言われなくても、そんな雰囲気はある。きっと、隠す気などないのだろう。

 元カノは私と付き合っていることを隠したがる人だった。『女同士なんてバレたら何言われるかわからないから』と。確かに、私達が付き合ってることなど知らずに同性愛に対して差別的なことを言う人もいた。だけどたぬ子のように、付き合ってることに気付いても何も言わずに黙って見守ってくれた友人もいる。


「……たぬ子、私ね」


「うん」


「……彼女と別れたあとに、とある女性の先生に声をかけられたの。最近元気ないけど大丈夫? って。それで私……その先生に、彼女とのことを全部話したの。もちろん、その彼女が誰かまでは話さなかったのだけど」


「うん」


「そしたら、先生も昔女の子と付き合ってたよって話してくれて」


「ほう」


「でも……それは本当の恋じゃなくて、思春期特有の感情で……だから三船さんもいつかはちゃんと男の子を好きになれるよって言われたの」


 それが事実なら、授業で習ったLGBTとはなんだったのか。同性の恋人と結婚したいと国に訴えている人達はなんなのか。そう反論したかったが出来なかった。元カノのこともあったし、先生は実際に男性と結婚していたから説得力もあった。


「……その先生って誰?」


 そう言うたぬ子の声からは静かな怒りが伝わってきた。だけど私はその先生が誰かは明かさなかった。私は彼女のことをそれ以上恨むことも責めることもしたくなかったから。


「……ありがとう。私の代わりに怒ってくれて。けど、大丈夫よ。先生や彼女は認めたくなくてそう言ったのかも知れないけど、本当に恋ではなかったのかも知れない。本当のことは本人にしかわからない。だから……私も、自分を信じるわ。彼女に対する感情は恋だったと思う自分を」


「そっか。……うん。そうしな。それが良いよ。自分の気持ちは自分にしか分からんもんね」


「ええ」


 私が元恋人に『恋じゃなかった』とフラれてもなんとか立ち直れたのは、たぬ子を始めとした私がレズビアンであることを否定せず受け入れてくれた友人がいたおかげもあるが、この学校の文化祭に来て、自分以外にも同性を好きになる人がいるのだと知れたことも大きいだろう。


 そして、今の私の海野さんに対する気持ちも、あの頃と同じ。心の距離が近づくことがうれしくて、だけど近づきすぎてこの気持ちが伝わってしまったらと思うと少し怖くて。彼女の姿を見つけるとつい目で追ってしまったり、四六時中彼女のことを考えてしまう。声が聞きたい。顔が見たい。会いたい。触れたい。誰にも触れさせたくない。願わくば、同じ気持ちになってほしい。幸せになってほしい。元カノに抱いた感情と同じ。愛と独占欲と、それと性欲が入り混じった複雑な感情。それは私は恋だと思う。

 満先輩の恋人は満先輩の好きが自分の好きと違っても、それでも良いから恋人になりたいと望んだらしい。私は無理だ。付き合うなら同じ好きを共有したいし、どうしても出来ないなら、今のまま、友達のままでいたい。恋を理解出来ないままの、今のままのあなたと。私以外の人で恋を知るくらいなら、恋なんて一生わからないままでいてくれた方がまだマシだから。

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