第11話:形の違う"好き"

「勉強を始める前に、みんなの得意不得意を把握しておきたいな。三船さんはなんでも出来そう」


「そんなことないわ。理系は得意だけど、他はそこそこよ」


「勉強と運動はそれなりに出来るけど美術が壊滅的です」


「たぬ子」


「あと犬に弱い」


「つきちゃんは犬の中でも特に可愛いからね。仕方ない」


「親バカだなぁ。まぁ、わかるけど。ちなみに私とポチは全教科駄目です。戦力外。逆に七希は体育以外なんでもいけるけど、めんどくさがり家なので教え方が雑です。めちゃくちゃ端折ってくる。教師向いてない」


「なる気無い」


「ポンちゃんとれいちゃんは?」


「私は文系と商業はそこそこ。英語だけはダメだけど」


「私は海野さんとは逆で、国語より英語の方が得意。理系よりはマシだけど」


「英語得意なの? たぬきなのに。さては貴様、外来種だな」


「そう。実は私はたぬきじゃなくてアライグマなのだ」


「じゃあ、たぬ子改めくま子だな。御手洗みたらいくま子に改名しようぜ」


「原形なくなってんじゃん」


 などとななちゃん達が冗談を言い合う中、七希くんは黙って机にワークを広げて黙々と課題を進める。私も三人に付き合っていたらいつまでも始められなさそうなのでカバンからワークを取り出して机に広げる。みんなもようやく勉強をする準備を始めるが、六人もいるから少し狭い。見かねた新くんが「姉ちゃんの部屋から机借りてくるね」と部屋を出て行く。机を持って戻ってきたかと思えば設置だけして「飲み物持ってくる」と言ってまた出て行って、六人分の麦茶を持って帰ってきた。二台の机にそれぞれ私、三船さん、新くんの三人と、残りの三人で別れる。


「そういえば新くん、実さん達とも付き合い長いの?」


「ん? ううん。実さん達とは姉ちゃんが高校入ってからだよ」


「そうなんだ。学年も部活も違うのに一緒に勉強してるくらい仲良いからもっと長いのかと思った」


「一年くらいだね。正式に付き合い始めたのは最近だって言ってたけど」


「へぇ……えっ、付き合ってたの!?」


「あれ? 月島先輩、恋が理解出来ないって言ってなかった?」


「うん。実さんはそれでも良いんだって」


「……それでも良いっていうか、そう言うしかないんじゃないかしら」


 どこか複雑そうに言う三船さんを見ていると、中学生の頃に告白してきた男友達のことを思い出す。

 彼とは気の合う友人だった。私も彼のことが好きだった。だけど『私もだよ』と返したら彼は言った。『お前の好きと俺の好きは違うんだよ』と。どう違うのか分からないと言うと彼は、私を壁際に追い込んで手を壁について逃げ道を塞ぎながら『俺はお前と友達のままでいるのが辛い。付き合いたい。恋人になりたい。俺だけを見てほしい』と言って、私の頬に手を触れた。正直、気持ち悪いと思った。それを態度に出したら彼が傷つくことは、流石の私でもわかっていたけれど、彼の手を払い除けずには居られなかった。

 私は彼が好きだった。彼も私が好きだった。だけどお互いの好きは種類が違った。私も彼も、その違いを受け入れられなかった。好きだから触れたい、好きだから束縛したい。そんなわがままで理解出来ない感情をぶつけられて、満さんはどうして平気なのだろう。どうして受け入れられるのだろう。私も受け入れられたら、彼とずっと一緒にいられたのだろうか。


「——さん。海野さん」


「あ、なに? 三船さん」


「大丈夫?」


「……うん。ちょっと、色々思い出しちゃって」


「色々?」


「……前にも言ったけど私、恋が理解出来なくて。中学生の頃、友達に好きって言われて、私もだよって返しちゃったの。でも、彼の好きと私の好きは違った。その違いは、彼にとっては一緒にいるのが辛くなるくらいのことらしいけど私には全然理解出来なくて。でも、三船さんには多分、この気持ちが分かるんだよね」


「……そうね。でも……私はそれでも、一緒に居たい。例え叶わない恋だとしても、友達という立場までは失いたくない」


「辛くても一緒に居たいの?」


「……ええ。好きだもの。けど、叶わないからこそ離れたくなるのもまた恋だと思う。私にも恋というものは理解出来ないわ。なんとなくしか分からない」


「私にはそのなんとなくすら分かんないんだけどね」


 三船さんは黙ってしまう。嫌な言い方をしてしまった。これじゃ八つ当たりだ。


「ごめん……」


「……いいえ。少し無神経だったかもしれないわね」


「……分かんないものは分かんないよ。しょうがない」


 そう答えたのは新くんだった。そして七希くんが「考えるだけ無駄」と続ける。


「考えても仕方ないもんね。そういうものだって割り切るしかないよ」


「無駄なことに頭使ってないで勉強したらどう?」


 七希くんがため息混じりに言う。言い方は少しきついが、確かにその通りだ。今は目の前の課題に集中しなければ。そう頭では分かっていても、集中なんて出来なかった。

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