第10話:三船さんの意外な一面
それから少しして、二人の後ろ姿が見えなくなった頃にようやく三船さん達が合流する。
行き先がななちゃんの家から新くんの家に変更になったことを二人に伝え、電車に乗って新くんの家へ。ちょうど正面から白いポメラニアンを連れた満さんと実さんがこちらに向かってくるのが見えた。ポメラニアンは私達に気付くと、リードを持っていた実さんを引きずりながら駆け寄ってきた。
「あ、あなた……ほんと、飼い主に似て、小さいくせに、馬鹿力よね……」
実さんが息切れしながら文句を呟くと、ポメラニアンは振り返り「何か言った?」と言わんばかりに首を傾げる。「可愛いってさ」と満さんが実さんの代わりに答えながらポメラニアンに手を伸ばす。耳をたたんで、自分から頭を差し出して満さんの手をもふもふの毛の中に取り込んでぶんぶんと尻尾を振る。その光景を見た実さんは「全くもう」と呆れるようにため息を吐くが、表情を緩ませながらポメラニアンを撫でる。実さんのこういう柔らかい表情は初めて見た。意外と犬好きなのだろうか。
「名前、なんていうの?」
「つきみだよ。月見団子みたいだからつきみ」
「……この世のものとは思えない可愛さね」
そう呟いたのは三船さん。その視線はつきみちゃんに釘付けになっている。「名前まで可愛い。名付けた人天才じゃん」と本田さん。新くん曰く、最初はおもちという名前だったが月島家は全員月に関する名前だからつきみになったとのこと。おもちというネーミングセンスはなんとなく新くんっぽいと思ったが、そっちはお姉さんの案で、つきみが新くんの案らしい。やはり満さん、魔王呼ばわりされている人とは思えない。
それにしても、全員つきみちゃんにメロメロになって一向に中に入る気配がない。気持ちは分かるが。
「つきみには特技があるんだよ」
「なになに? わたあめ?」
「それも出来なくはないけど……つきちゃん」
新くんがつきみちゃんに声をかけると、つきみちゃんは新くんの方を見る。新くんが手を振る。するとつきみちゃんは真似するように、前足を上げてちょいちょいとぎこちなく動かす。それを見た三船さんが「ゔっ……」と撃たれたような声をあげて胸を押さえた。
「他にも色々出来るよ」
新くんが指を回せばつきみちゃんはその場をくるくると回り、上に上げる動作をすればジャンプをし、下げれば伏せる、そして拳銃に見立てて「バーン」と撃つ真似をすればこてんと転がる。まるで指揮者のように指先一つでつきみちゃんを操る新くん。それを見ていた三船さんは顔を両手で覆って「これ以上あの子を見ていたら私、どうにかなってしまいそうだわ」と呟く。相当犬に弱いらしい。クールで、第二王子なんて呼ばれて女子からキャーキャー言われている普段の彼女とのギャップに思わず笑ってしまう。
「三船さん、犬見るとそんな反応するんだね」
「は、恥ずかしいところを見られてしまったわね」
「ふふ。でも分かるよ。私も犬好きだから。可愛いよね」
「うーたーちゃーん」
新くんがつきみちゃんを持って三船さんに近づく。なに? と両手を覆っていた手を退けて新くんの方を向いた三船さん。至近距離でつきみちゃんと目が合うと固まってしまった。つきみちゃんは「この人どうしちゃったの?」とでも言うように首を傾げて新くんの方を振り返る。
「ふふふ。つきみの可愛さに悶絶してるみたいだねえ」
三船さんが恐る恐る手を伸ばすと、それに気づいたつきみちゃんは自分から頭を差し出した。もふもふの毛の中に手が埋もれると、三船さんは声にならない声で叫んだ。なんだなんだと近所の人達がベランダから顔を出す。
「なんか外が騒がしいと思ったら。つきちゃん、大人気だねえ」
隣の家のベランダから声が降ってくる。手を振った男性の隣に、遅れて出てきた小桜先輩が並ぶ。一瞬男性だと思った彼女が、演劇部の王子こと鈴木海菜先輩。ななちゃん達の従姉であり、小桜先輩の恋人らしい。
「それより君たち、勉強しなくて良いの? 特に満ちゃんとななちゃん」
「言われなくてもするよ。ほらつきみ。ハウス」
そう言って満さんが家の玄関を開けてやると、つきみちゃんは「わん」と返事をして新くんの腕から飛び降りて自ら家に入っていく。これでようやく勉強を始められそうだが、三船さんはどこか寂しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます