第7話:犬みたいなあの子
初恋の人は犬みたいに人懐っこい女の子だった。うたちゃんうたちゃんと私の後ろを着いてまわる子犬みたいな女の子。私への好意を隠そうとせず、私を見つけるとパッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。そういう、飼い犬を擬人化したような愛らしい女の子。
中学生の頃、彼女から告白を受けて恋人になった。だけど約一年で『付き合ってみたけどやっぱり恋ではなかったと気付いた』と彼女にフラれた。思春期に同性への想いを恋と勘違いするのはよくあることだと、当時の担任は言った。仮に彼女の想いが思春期特有の一過性のものだったとしても、私は違う。私は彼女が女の子だったから恋をした。女の子だったから、触れたいと思った。それを確信したのは高校生になってすぐのことだった。
「えぇっ、月島くんって月島先輩の弟なんですか」
「おう。可愛いだろ。私に似て」
「いや、顔は言われてみれば似てますけど……」
部活の先輩である
体育の試合の時間の合間に、隙を見て彼女に七希くんとの関係を尋ねる。彼女はまたそれかと呆れるように苦笑いしながら否定した。どれだけ否定しても照れ隠しだと言われたり、無理矢理そういうことにされてうんざりしているらしい。照れ隠しで否定しているようには見えないことを伝えると「良かったぁ。三船さん話が通じる人で」とホッとしたように息を吐く。
「大体、男女の友情は成立しないなんて、同性しか好きにならない人のこと考えてないから言えるんだよ。……まぁ、私も知り合いがそうだって知るまでは頭から抜けてたんだけど……」
自戒するように彼女は言う。もしかしてと思い、周りに聞こえないように気を使いながらあなたもレズビアンなのかと問うと、違うと返ってきた。私を一瞬だけ見て、目を逸らし、一呼吸置いてから続ける。
「私、そもそも、恋がわかんないだ。なんで一人の人にそんなに夢中になれるのか、理解出来ない。……これ言うとよく、冷たい人だって言われるんだけど、そんなこと言われたってわかんないものはわかんないから」
以前、ドラマで見たことがある。アロマンティックというセクシャリティがあると。他者に対して恋心を抱かない人のことだ。そのことを知らなければきっと「いつかはわかる」なんて無責任なことを言っていただろう。しかし多分、彼女はそんな言葉は聞き飽きるほど聞かされている。そんな軽い言葉であしらっていい話題ではないと判断し「私には今日初めてあなたと話したから、あなたのことはまだよくわからないけど」と前置きをして、言葉を探す。個人的には、彼女には恋を理解できない人間であってほしくない。私の恋心を理解してほしい、受け止めてほしい。あわよくば、同じ気持ちになってほしい。だけどそれはわがままだ。飲み込み、言葉を探す。
「私には、冷たい人には見えないわ」
しばらく必死に探して出てきた言葉はそれだけだった。
「言葉を選んだ割には大したこと言えなくてごめんなさい」
すると彼女はううんと首を振ってこう返す。
「三船さんって、優しいんだね」
「……そうかしら」
「優しくない人は気を遣って言葉を選んだりしないよ。ありがとう。……でもごめんね。困らせちゃって」
下心があると知ったらきっと幻滅するだろう。だけど私は、それでも彼女と仲良くなりたい。近づきたい。
「……本当に冷たい人なら、そんなに優しい顔で笑ったりしないし、困らせてごめんなんて謝ったりしないわ。あなたも優しい人なのね」
彼女が本当に恋を理解できない人ならば、その優しさはいつか私にとって毒になるかもしれない。分かっていても今はただ、彼女に近づきたいというその想いに抗うことは出来なかった。
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