第4話:ななちゃんの弟

 その後、私はななちゃんと、弟の七希くんと、二人の幼馴染である月島新くんと一緒にバンドを組むことになった。バンド名は四重奏を意味するカルテット。ななちゃんがボーカル兼リーダー、新くんがギター、七希くんがドラム、私はベース。私と新くんは初心者だが、七希くんは小さい頃からドラムをやっていて、お姉さんの空美そらみさんの師匠でもあるらしい。技術にかなり差がありついていくのが大変だが、やはり誰かと演奏するのは楽しい。それから、七希くんは思ったより優しい人だった。


「玲楽、この辺ワンテンポ遅れてる。逆にここは速い。あとこことこことここ、音外してる」


「は、はい」


 ミスは容赦なく細かく指摘してくるが、前回のミスが直っているとちゃんと気づいてくれる。


「てっきり『こんなことも出来ないの?』とか『下手くそ』とかグサグサ言うタイプだと思ってた」


「……期待するだけ無駄」


 と、言い方はたまに冷たいが、新くんがフォローを入れてくれるおかげでただ単に言葉足らずなだけということも大体分かってきた。今のは「初心者だからミスが多いのは当たり前。練習すれば自然と減っていくから一つずつ頑張ればいい」という意味らしい。

 彼のファン曰く、クールな雰囲気とこういう優しいところのギャップが良いらしい。それはなんとなく分かるが、相変わらず付き合いたいという気持ちは分からない。彼のことも、新くんのことも好きだ。その好意は咲先輩やななちゃんに向ける好意と変わらないのだけど、世の中には男女の友情は成立しないという考えの人がいるらしく、何度否定しても納得してもらえない。七希くんが名前で呼ぶ女子はななちゃんを除くと私だけで、そこから私が彼から特別扱いされているという解釈が生まれてしまうらしい。名前で呼ばれているのは、メンバーの中で一人だけ苗字呼びは他人行儀すぎるというだけの理由なのだけど。それに、七希くんが名前で呼ぶ女子は正確には私だけではない。小桜先輩のことは百合香さんと呼んでいたし、新くんのお姉さんのことも名前で呼んでいる。あと、お姉さんのバンドメンバーの一条いちじょうみのりさんのことも。彼女は双子のお兄さんがいるからという理由もあるだろうけど。

しかし、改めて考えてみると名前で呼ばれてるのは先輩ばかりで、同級生だけで見たら私だけだ。だとしても、彼から恋愛的な好意を向けられていると感じたことはない。私も彼に対して好意はあるが、恋愛とは違う。ただ私と同じだという安心感からくる好意だ。彼は恋をしない。私相手でも例外ではない。だから安心して距離を詰められてしまう。それが周りから見たら恋愛の距離に見えてしまうのだろうか。


「難しいな……」


「……お手本、弾こうか?」


「え? あぁ、違う違う。ベースじゃなくて、恋愛のこと。私ってそんなに七希くんのこと好きに見えるのかなぁって。確かに好意はあるけど……なんでそれが恋愛に見えるんだろね」


「馬鹿だから」


 バサッと切り捨てる七希くん。これに対しては新くんのフォローは入らない。ということは、言葉通りの意味だ。厳しいが、何度否定しても同じことを言われるから毒付きたくなる気持ちは分かる。


「私には飼い主と犬にしか見えないな」


「分かる。れいちゃんってなんか、犬っぽいよね」


「……えっ、新くんがそれ言う?」


「犬は一匹で充分なのに……」


「とか言って七希、好きじゃん。犬系の人」


「七美みたいなのは嫌い。鬱陶しい」


「あ、一匹で充分って、ポチだけは特別って意味か」


「通訳機能ついてるから」


「少しは自分の言葉で伝える努力しなさいよねー」


「……」


「『下手に優しくすると勘違いされて面倒』だそうです」


新くんが七希くんの気持ちを代弁する。一言も発してなかったのに。


「てか、それならポチの副音声ガイド無い方が良いんじゃない?」


「えっ、そ、そうなのかな。過保護だった? でも俺、七希が誤解されて悪く言われるのは悲しいから……」


 余計なことしてた? と不安そうな新くんに対し、七希くんは「どうでも良い」とめんどくさそうに一言。それを聞いた新くんはパッと顔を輝かせて「わかった。好きにする」と笑う。一見会話が噛み合っていないように見えるが「今のは『俺は別に誤解されようがどうでも良いけどポチが嫌なら勝手にすれば』という意味です」とななちゃんの解説が入る。


「『どうでも良い』の一言でよくそこまで伝わるなぁ……」


「私とポチは付き合い長いからね。知り合ったばかりのれいちゃんには伝わらないのが普通だから気にしなくていいよ」


「……なんか、ちょっと疎外感。私も三人と幼馴染が良かった」


 と私が言うと、ななちゃんと新くんは同意してくれたが、七希くんは嫌そうな顔をした。新くんもななちゃんも彼のその表情について説明をしてくれなかったが、本気で嫌がられているわけではない。……はずだと信じたい。

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