第3話:私と同じ

 翌日。今日から授業が始まる。初日から六時間は辛いななんて思いながら、弁当をカバンに入れて家を出る。電車に揺られてしばらくすると、同じ制服の生徒が四人乗り込んで来る。男子二人、女子二人。そのうち一人はななちゃんだ。もう一人の女子生徒はリボンの色からして一つ上の先輩らしい。制服が似合わないくらい大人っぽいショートカットの女性だ。ななちゃんはお姉さんも居ると言っていたが、姉は三年生だし、昨日部活紹介の時に舞台に立っていた姿とは違う。顔は遠くて見えなかったから分からなかったが、髪はもっと長かった。なにより、あまり似ていない。


「彼女は小桜こざくら百合香ゆりか先輩。私の従姉の彼女さん。で、このちっこいのが月島つきしまあらた。通称ポチ。無愛想なのが七希ななき。私の双子の弟」


 ななちゃんが三人の紹介をしてくれた。ポチこと月島くんは、確かに男子にしては小柄だが、私よりは大きい。私の身長は150㎝。ななちゃんは160だと言っていた。月島くんも大体同じくらいだ。七希くんは背が高いが、男子の中では平均かそれ以下だろう。小桜先輩はななちゃんより少し高いくらいだ。ちなみに咲先輩は170㎝あると言ってた。なかなかそこまで背が高い女性は見たことがない。


「小桜先輩は、ななちゃん達と同じ中学なんですか?」


「いいえ。私は桜山さくらやま、彼女達は桃花とうか中よ」


「桜山? 桜山って……」


 桃花中学区と比べると、恐らく最寄駅は二つ三つ手前だ。何故この駅から乗り込んできたのだろうと首を傾げると彼女は「彼女の家がこの辺だから」と答えた。彼女というのは恋人のことらしい。咲先輩と同じく、同性と付き合ってる人のようだ。


「彼女さんは一緒じゃないんですか?」


「演劇部は朝練があるから」


「演劇部なんですね」


「ええ。そう。興味ある?」


「先輩も演劇部ですか?」


「私は違うわ。裁縫部。演劇部の衣装作りを手伝うことがほとんどだから、ほぼ演劇部の一部みたいなものだけどね」


「れいちゃん、部活決めた? 決まってないなら一緒にバンドやろうよ」


「バンド……か……ちょっと興味あるかも」


「ちなみにボーカルは私な。七希はドラム。ポチはギター弾けるんだっけ?」


「ちょっとだけだよ。ちょっとだけ」


「じゃあ後は、ベースとキーボードか……」


 ピアノをやっていたからキーボードは弾ける。が、せっかくなら新しい楽器に挑戦してみたい。


「ベースやってみたい。経験ないけど良いかな」


「全然オッケー。あとはキーボードだけか……百合香さんやりません?」


「確かに私ピアノは弾けるけど、お断りするわ」


「ですよねー」


「無くても良いんじゃない? ギター、ドラム、ベースの三つが揃ってるならそれで」


 咲先輩が所属するあまなつはボーカル、ベース、ギター、キーボード、ドラムという一般的な五人組編成のバンドだったが、ななちゃんのお姉さんが所属するクロッカスというバンドはキーボードの代わりにヴァイオリンを使っていたし、咲先輩の同級生三人でやっているデルタはベース、ギター、ドラムの三つだけで構成されていて、ベースとギターの二人がボーカルも兼任していた。キーボードはいなくてもバンドは充分成り立つ。


「あー、そうか。キーボードって居てもいなくてもいいのか。じゃあいっか。四人で」


「……人多いと面倒だし」


「一人増えたくらいで変わんないでしょ」


「でも、奇数よりは偶数の方が仲良くなりやすいって言わない?」


「そう? 私達はいつも三人だったじゃん」


「あ、ほんとだ。奇数だ」


「でもまぁ……確かに七希はこんなんだからなぁ。知らない人があんまり増えるのも良くないか」


 こんなんって。と苦笑いするが、確かに彼は人付き合いが得意そうには見えない。


「こんなんなのにモテるんだよなぁ……」


「えっ。そうなの?」


 思わず驚いてしまった。失礼だったと思い、すぐに謝る。彼は「別に」と冷たい返事をするが「これは本当に気にしてない態度ね」と月島くんが苦笑いしながらフォローを入れる。本当だろうか。どう見ても不機嫌そうだが。


「これ言うと嫌味だって言われるからあんまり言わないんだけど……俺も七希も、人から恋愛感情を向けられるの苦手なんだ。だから、モテるよねって、いいことみたいに言われるのが嫌で」


「そう……なんだ」


「うん。……俺も七希もね、好きな人の恋人になりたいとか、自分以外の人と仲良くしないで欲しいとか、そういうの、全然理解出来ないんだ」


 私から目を逸らしながら語る月島くん。同じだ。私と。目を合わせようとしないのは反応を見るのが怖いからだろうか。


「……分かるよ。私も同じ」


 そう返すと、月島くんは驚いたような顔をして私を見た。そして「そうなんだ」とホッとしたように笑う。


「私、初めて。自分以外で恋心が理解出来ない人に会えたの」


「俺たちみたいなのをアロマンティックっていうんだって」


「アロマ……?」


「他者に対して恋愛感情を抱かない人のこと。セクシャルマイノリティ……えっと、LGBTの親戚? みたいな?」


「初めて聞いた」


「あんまり知られてないからねぇ。でも、そういう言葉があるってことはそれなりにはいるんだと思うよ」


「そうなんだ……アロマンティック……」


 その日、私はアロマンティックという言葉をネットで検索してみた。当事者を名乗る人のブログやSNSが多く出てきた。人はいつか必ず恋をする。私も例外ではないと思っていた。しかし、そうでもないようで、恋をしない人間は意外といて、私もその中の一人に過ぎないらしい。

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