第2話:恋をしなくても

「双子の弟? なんだぁ。彼氏じゃないんだ」


「違う違う」


「もう一人の男子は?」


「あれも違うよ。ただの幼馴染。あ、れいちゃんおはよう」


「おはよう。ななちゃん」


 教室に入ると、私の席の前に座っていた女子生徒がおはようと手を挙げた。彼女を囲んでいたクラスメイト達も私に気付き、挨拶をする。アイドルのような可愛らしい顔立ちをした彼女は、安藤あんどう七美ななみちゃん。ななちゃん、れいちゃんと呼び合っているが実は中学は別でまだ知り合って二日目。双子の弟がいるということさえ今の会話で知ったくらいだ。


「ななちゃん、双子だったんだ」


「うん」


「似てる?」


「多少ね。男女だから二卵性だし、見分けつかないってほどじゃないよ」


「何組? 紹介して」


「良いけど……狙ってるなら諦めた方が良いよ。あいつ、恋愛に興味無いから」


「彼女欲しいが口癖の奴よりマシ」


「『恋愛には興味無いけど、君だけは特別』って言われたい」


「やだ何それきゅんきゅんしちゃう」


 勝手に妄想して盛り上がるクラスメイト達。やはり、恋愛に興味が無い人もいつかは必ず恋愛をするのだろうか。確かにこの先の人生は長いから、みんなの言う通りいつかは恋を知る日が来るのかもしれない。だけど、私はその日が来てほしいとは思わない。

 人は恋をすると変わる。みんなは恋をしない私を人間らしくないというけれど、私にとっては逆だ。好きだからその人に触れたい。好きだから独占したい。好きだから自分以外の人と仲良くしてほしくない。好きだから束縛してしまう。そういう独占欲みたいなものは私の中にもなくはないけれど、絶対に嫌だと思うほど強い物は私の中にはないし、恋人になればそれが許されるというのもよく分からない。いつかわかると言われたって、わかりたくない。私のためにあれして、これしないでと人の行動を縛るわがままな感情のことなんて。それが私の中にもあるなんて、認めたくない。


「れいちゃん、どうした?」


 ふと、視界の中心にななちゃんの顔が現れる。私はよほど深刻な顔をしていたらしく、心配そうに首を傾げている。話したところできっと、彼女達もみんなと同じことを言うのだろうと半ば諦めながら、恋をしたことがないということを正直に打ち明ける。案の定「いつかわかる日が来るよ」と返ってきた。


「……そうだよね」


「……私のお兄ちゃんとか、従兄もね、ずっと恋愛に興味が無かったんだけど、ある日急に恋人が出来たって言い出して。恋愛に興味が無い人でもある日突然恋に落ちることはあると思う。恋ってしたくてするものじゃないから」


「したくてするものじゃないの?」


「うん。気づいたら落ちてる。この人嫌いだなぁって思ってたはずなのにいつの間にか……なんてパターンもあるよ」


「えぇ……」


「理屈じゃないのよ。恋ってやつは」


 と、クラスメイト達は大人振りながら自分達の初恋のエピソードを聞かせてくれた。大体みんな小学生の頃だ。早い人だと幼稚園という子もいた。ななちゃんのお兄さんは高校生、従兄は卒業した後と遅めだが、それでも十代のうちには経験している。私は今年で十六になる。あと四年の間に、いつかがくるのだろうか。想像出来ないというか、したくないなと思っていると、ななちゃんが言った。


「まぁでも……大人でも恋を知らない人は居るよ。大人になっても恋愛経験ない人ってやべえ奴扱いされがちだけど……私の知ってるその人はまともな人だよ。恋愛経験が無いってだけでやべえ奴認定する奴らよりはよっぽど。さっきも言ったけど、そもそも恋って、したくてするものじゃないしね。タイミングが合わなかったらしないまま人生が終わるなんてことも全然あり得なくないんじゃないかなぁ」


 恋をしないまま人生が終わることもあり得るのではないだろうか。そんな意見を聞いたのは初めてで、目から鱗が落ちる。


「……恋愛って、無理にしなくても良いと思う?」


「てか、むしろ無理してするものじゃないと思うよ」


「……そっか。恋、しなくて良いんだ」


 ななちゃんは私が『いつか貴女も必ず恋をする』と周りから言われて疲弊していることなど知らないから、恋をしない知り合いの大人の話をしてくれたのはきっと、私を気遣ってのことでは無いと思う。だけど、何も知らないのにその話が出たことが尚更嬉しかった。私のような恋を知らない人間は子供だけではなく、大人の中にも居る。周りの人たちの言ういつかは一生来ないかもしれない。けれど、それでも大人にはなれる。その事実がその時の私には大きな希望だった。

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