第3話:探求①
「先生!先生!」
大きな手術を終え中庭で休憩がてらベンチに座って昼食を摂っていると、1つの人影が現れた。
「あら、ののちゃん。どうしたの?」
「あのね、ちょうちょつかまえた!」
「お、見せて見せて」
「うん!」
そう言って、ののちゃんは肩から下げていたストラップ付きの虫かごを自慢げに掲げた。たしか、父親がののちゃんのお見舞いのときに持ってきたものだ。
中には白い蝶が一匹、外に出ようとでもしているのか元気に飛び回っている。
「ふむふむ、これはモンシロチョウだよ」
「モンシロチョウ?」
「そう。春からよく姿を見るようになるんだ」
「知ってる!いんない学級で教えてもらった!たしか、キャベツを食べて大きくなるんだよね?」
「幼虫はね。でも、ここらへんにキャベツ畑なんてあったかな……」
「きっと、春を教えに遠くから来てくれたんだよ!」
「春を教えに?」
ののちゃんの顔を覗き込む。そこには、いっぱいの喜びが溢れていた。
「うん!」
「そうか。じゃあきっとそうなんだ。桜よりも早く、春を教えに来てくれたんだろうな」
「わたし、他の人にも春をおすそ分けしに行く!」
「それはいいね。いってらっしゃい。あ、でも、この前みたいに廊下を走ったらだめだからね。危ないよ」
「はーい!」
元気いっぱいに駆け出していったののちゃんを見送ると、私はそっとため息をついた。今日は本当に調子がよいみたいだが、いつもなら病室で安静にしなければならない。もし彼女が生まれながらに健康体だったなら、きっと今頃たくさん友達ができていたに違いない。本当だったら小学四年生になる。
彼女の病気を治療する手がかりになるかと様々な文献を漁り、暇があればずっと考えた。だが、やはりと言うべきか―方法は1つのみ。しかし彼女の小さな体はその手術に耐えられるだろうか。その方法とは―。
大量の汗をかいた状態で、僕は飛び起きた。
今のは夢?それにしてはあまりにも鮮明すぎる。じゃあ一体何だ?
無邪気に笑う『ののちゃん』と呼ばれた少女の顔が今も脳裏をちらついている。
時計を見ると、夕方の6時だった。行動するにはまだ早い。
僕―吸血鬼は、伝承通り日光に弱い。直に浴びようものなら一瞬にして皮膚が火傷を負い、10分も浴びれば焼死体になるだろう。まぁ、皮膚に浴びなければいいだけの話だが。
折角だし時間もあるので、僕と伝承の吸血鬼を比べてみよう。
もっとも、伝承と言っても多すぎてどれが源流かは分からないが。
個人的な認識から言わせてもらうと、日光は効くが聖水は効果がなかった。にんにくは食べれないことはないが、あまり口に合わない。
それと、吸血鬼の殺し方。一般的には心臓部分に杭を突き刺したり銀の銃弾で撃ち殺したりするらしいが、別に人間が死ぬレベルであれば道具に関係なく僕も死ぬだろう。
もし人間との違いを挙げろと言われれば、高い身体能力と、生きるために必要な食事が血であること、そして日光に弱いことぐらい……いや、もう一つあった。それは、体の成長。
今の僕は標準的な人間で言う所の16歳男性といった見た目なのだが、少なくとも8年前から身長は1cm伸びたかどうか、といった感じだ。恐らく寿命も長いのだろう。―『死ぬ』という選択肢を選ばない限りは。
自虐のような思考につい、にやけてしまう。まだ自分は精神的に多少余裕があるらしい。
そんなこんなで時間を潰しているうちに、夜は再び訪れるのだった。
***
ターゲットリストに書かれていた住所の家に、僕は侵入していた。
この家に住人はいない。『いた』というべきか。何故いないのかというと、僕が昨日殺したからだ。
そう、この家は例の保健医―尾上雪菜のものである。
彼女が一人暮らしで良かった。他に家族がいたら僕は口封じのために……
いや、ifの話はいらない。それよりも目の前の事の方が大切だ。
尾上雪菜の自室と思われる部屋のデスクは大量の書類で埋もれていた。軽く雪崩が起きている。他の所はしっかりと整理整頓がなされているというのに、何故ここだけ……。
僕は何気なく、紙の山の上から一枚だけ取って中身を見ようとする。
その瞬間―とてつもない頭痛が僕を襲った。
「痛っつ……」
思わずその場にうずくまる。
そして、何かが頭の中を流れ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます