第3話

ところで、「ハーモニー」なんてお題目を掲げたが、これからもしょっちゅう逢える仲間がいれば、これほど楽しいことはない。これほど愉快なシニア時代を、仲間と言う絆が掘り起こしてくれているではないか。

別れ行く仲間の後姿が、そう物語っているようだった。

皆と別れ、関口は家路に就くが、途中でふと思いついた。

そう言えばタイトルが「ハーモニー」となっていたが、こりゃ改めにゃならんぞ。何故って、そうだろ。「ハーモニー」じゃなくて「物語」だろう。同級生の一班の仲間が集い、築いた絆を確かめ合う。これが真の仲間の物語なんだよな。

歩く足が止まり、満面の笑みを浮かべつつ何度も頷いた。そしてまた歩き出すと、そこでふと思いがよぎる。

もし、いきがい大学に入っていなければ、それこそ一班の仲間とも出会うことがなかったし、こんな素晴らしい仲間の世界など知る由もないく、作ることだってできなかったであろう。ほんの偶然なきっかけというか、ろくに考えもせず入学申込書を書き応募したことで、まったく未経験の楽園に入りこめたんだ。それは、皆の動機に違いがあるにせよ、十二名の一班の仲間全員が同じように思っているに違いない。

学園生活が終盤に差し掛かった時の、授業の合間の昼休みに海原さんが、いみじくも言っていた。

「私、川越学園で学べたことが幸せです。特に皆の仲間に入れていることが夢のようです。卒業しても、私のことを忘れないでくださいね」さらに、山中が「私だって、海原さんと同じ気持ちです。せっかく築いた絆ですから、これからも大切にしたいです」と添えた。

 二人とも、そんなことを漏らしていた。「もちろんだよ」と返したが、「卒業してもこの通り定期的に集まっているじゃないか…」と思いつつ、光太夫での食事会でも、皆少々おめかしして来たし、お喋りの中にも清々しい花が咲いていた。こんな気さくで素晴らしい仲間がいるからいいんだ。

ついと、頬が緩む。

これからも続けて行きたいと思うと同時に、出来るだけ長く、集まれる機会を作ってあげることが、俺に与えられた役割か。と自分に言い聞かせ、続けられる喜びを皆と分かちあえるよう、決意を新たにしていた。

いや、ちょっと待てよ。

学園での物語はいいけれど、山仲間の呑み助たちとのハーモニーはどうなってんだ。と一瞬訝るが、まあ今も相変わらず、西銀座のノアに集い酒を飲み、くだらん話をくっちゃべているよ。

但し、酒を酌み交わすと言えば夜が定番だが、俺らはとっくに仕事から解放され暇を持て余す身分なんで、日の明るい昼過ぎから始めているが、なにか文句があるかな。

ところで、山行の方はどうかと問われそうだが、こちらの方は体力の関係で随分ご無沙汰しているのが現状だ。ただ、酒の肴には山登りの経験談が次か次へと出て来る。それも、懐かし気に当時の気持ちに帰ってよ。

「二宮、夏の八ヶ岳汗をかきかき登ったな」

「ああ、あのくそ暑い中縦走したっけな。やっぱり若さゆえ出来たことだし、あの阿弥陀岳山頂から見た赤岳は、今でも瞼の裏に焼き付いている」

「それによ、同じ八ヶ岳連峰の縦走でも、苦しさの中で睫毛を凍らせながら目出し帽子の隙間から見た、厳冬期の赤岳の凛々しさも忘れられないぜ」

そんな光景を思い出していると、目が輝きだすんだ。身体がむずむずしてきて、足裏が山道を踏みしめている感覚になるんだよ。

登山靴に着けたアイゼンが、凍った石ころを踏みしめる感覚が忘れられねえぜ。

「ああ、若い頃に戻って、何処の山でもいいから一緒に行きてえな…」

出来もしない欲望が、胸中に郷愁と言う小波とともに押し寄せるのだった。

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ハーモニー(サブタイトル いつかどこかで) 高山長治 @masa5555

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