第2話

川越学園での学生生活も冬の寒さが和らぎ、新芽が吹き出す三月の卒業懇談会を終え、昨年四月に入学式を行なった「さいたま市文化センター」での卒業式で、無事学園生活にピリオドを打った。

思えば入学した当時予測した通り、結構忙しい日々を送った。通学は一週間に一度の木曜日だけだったが、班内のことや、学生自治会で請け負った一班担当の卒業懇談会。それは九班の仲間と一緒に催すものだが、あれやこれやと授業日以外の曜日も自宅で考えたり、共同開催の九班の班長、副班長の計四人が集まり協議したりと大変だった。

関口が口角泡を飛ばし説明し出した。卒業懇談会の四人での打ち合わせの時である。もちろん、授業日ではなく川越駅西口の近くにあるガストでだ。卒コンは最後の授業として行われる。それに向かって佳境に入っていた頃だ。

「やはり皆の心に残るものにしなければならんな。在り来たりの懇談会じゃインパクトに欠ける。だからなにかこれというものないもんか」と、関口が九班の田所に振った。

すると、眉間に皺を浮かべ応じる。

「どうかな、そう言われればこのままじゃつまらんと言うか、刺激がないな…。どうですか、石田さん」

さらに石田に振ると、振られてなにか思い当たるのか、石田が提案する。

「そうね、私考えていたんだけれど、懇談会のフィナーレの時に一班と九班全員で向かい合い両手でアーチを作って、そこをくぐらせ卒業生全員を送り出すと言うのはどうかしら。そう、司会進行を私がやるでしょ、タイミングを計って最後に仕掛けたら、皆びっくりするし、さらに歌を添えるのよ。『今日の日はさようなら』なんかどうかしら。授業の最後に唄っていた、あれ。流しながらやったら効果満点じゃない」

立ち上がり、両手をかざし得意げに唄いだした。

「いつまでもたえることなく、友達でいよう。あすの日を夢見て、希望の道を。今日の日はさようなら、また逢う日まで。……伝々」そして、皆に問うた。

「どうかしら、こんな仕掛けでは?」

すると、清水が女性の立場から賛同した。

「いいんじゃない、奇抜なアイディアだわ。三十五期の仲間は約六割が女性だし、女心には染み入るし記憶に残ると思うわ。こんな演出されたら嬉しいんじゃないかしら。むしろじんと来て、胸がきゅんとなり若き頃の恋心のように感動するんじゃないかしら」

少々興奮気味に語った。

それを聞き及ぶ田所が、躊躇いがちに応じる。

「ううん、女心ってそんなものかな。男の俺には手でアートを作って唄うなんて、ちょっと照れるよな」

すると、石田が口を尖らせた。

「なに言ってるのよ、いい歳こいて照れるなんて。若い子ならまだしも。六十を過ぎた男がさ!」

「まあまあ、石田さん。そこまで言うことないよ。同じ男性として庇うわけじゃないけど、俺なんかダンディーに振る舞うことから言えば、田所さんにある種同感するね」

関口が田所の肩を持った。

石田が呆れ顔で貶す。

「まあまあ二人とも情けない連中ね。どうなの、賛同するのしないの。答えてよ!」

すると、関口が田所の顔色を窺いながら賛同した。

「アイディアは奇抜でいいと思う。女性陣が賛成しているんで、俺も恥ずかしさを抑えてやってみるよ」

「そうでしょ、絶対受けるわよ。ばっちりだわ」と、石田が満足げに頷いた。

「それじゃ、執行部としてはプログラムに組み込んでいこうか。ねえ、田所さんいいでしょ」

「ええ、関口さんが了解するなら、私も賛成しますよ」と、仕方なさそうに了解した。

結局、後日一、九班全員の合同打ち合わせ会議で提案したところ、女性たちはもちろんのこと、意外と男性からも賛成の手が上がり組み入れることになった。

それが懇談会のフィナーレに実施したところ、大いに感激され盛り上がった。女性陣の中には涙する者も見られ、俺なんかつい胸に迫るものを感じたくらいだから、卒業する仲間全員に深く心に刻めたのではないかと自負している。

今になれば、いろいろなことが思い起される。

一班の中でもあった。あれは、そうだ学園祭の一班の出し物の件だった。どの班でもそうだが、なにをやるか話し合いがもたれるが、率先して意見を述べる者がでない。班を代表して演技が出来る者がいれば別だが、一班の中ではそのような者がいない。あれやこれや意見が出たが一本化することが出来ずにいた。

そんな中で、数日後猪倉さんから俺の携帯電話に着信があった。

「もしもし関口さん、猪倉です。今石田さんと学園祭の一班の出し物のことで話しあっていたところなんです」

「ええ、学園祭の出し物?」と、意外と返事した。

「そうなんです。それで石田さんの提案で、『ドリフのいい湯だな』を唄って踊ることにしたんです。どうでしょうか?」

「そうですか。それって一班全員でやるんですよね?」

「もちろん、そうです」

「それじゃ、皆唄うことはできても、踊るとなるとどうですかね…」

「それは大丈夫、石田さんの知り合いで、旧川越学園の卒業生の方に教えて貰えることになっているということです。それじゃ、ちょっと石田さんに代わりますね」

「はい」

「関口さん、石田です。今猪倉さんが説明した通りでどうかしら。振付の方は任せて、先輩が今度学園に来て教えてくれるから。これでいきましょうよ、ねえ、関口さん!」

「いいんじゃないですか。ただ、皆の意見とか賛同を得なければならないですよね。今度の授業日の昼休みに提案してみますか」

「そうね、そうしましょ。これは絶対に受けるわよ、間違いないって。それで出し物のあらすじを私が考えておきますから」

乗り気の石田に、関口が「そうして下さい」と告げ、電話を切った。

心内で呟く。

石田さんもなかなか積極的でいい。それに、猪倉さんが一緒だったなんてやるじゃないか」

そう納得しつつ、早速一班内での連絡事項をまとめていた。積極的に意見を聞き、一班の仲間に伝え意見の集約を図ることが、全員のモチベーションを高め仲間意識が向上し結束が図れると思うと、関口は班長として学園祭の一班の出し物に対する、石田や猪倉の意気込みや熱意を生かすべきだと思った。

そして授業日の朝、一班の仲間全員に学園祭のことで打ち合わせたいことがあると、昼休みに話し合うことで合意を得た。皆も考えていたのか、いい案が浮かばなかったのか、昼休みに石田たちの案を提案すると、反対する者は出ず合意を得た。

それからだ、石田が先頭に立ち、先輩の指導を受け「いい湯だな」の歌と踊りの猛練習が始まった。さらに、これだけではと欲張り小倉から、舟木和夫の「高校三年生」を歌として加えようと提案があった。そしてさらに乗り、たまたま佐々木が昔ギターを弾いていたこともあり、演目の始めにソロでギターを弾くことで合意した。

あれもこれもと欲張ったせいか、持ち時間をオーバーするのではないかと危惧されたが、なんとか持ち時間に収まり、観客席の学生仲間の受けもよく、一班全員が恥ずかしさをかなぐり捨てて演ずることができ、心に残る学園祭となった。シニアの我々には、いまさらこんなことをすることに、当初は戸惑いと気恥ずかしさが充満していたが、年甲斐もなく皆真剣に取り組んだせいか、久々の充実感を味わった。というか、学園祭終了後の皆の顔に清々しさが漂っていたものだ。

その時の一班の仲間全員が鮮明に目に浮かぶ。石田、海原、小倉、猪倉、瀬川、山中、坂下、それと佐竹、戸田、佐々木、田畑。それぞれが練習の賜物か、恥も外聞もなく演技していた。まるで幼稚園児といってははばかるが、小学生並みの頑張りようだった。とても六十歳すぎのシニアとは感じさせないチームワークの歌や踊りが展開されていた。これぞ仲間の絆そのものだ。

卒業後のお別れ会で、皆の口々から漏れた言葉が物語る。山中が寂しげな顔で漏らした。

「今日で皆さんとお別れしなければならないのは残念です。この一年間楽しい夢を見させていただき、本当に有り難うございました。こんな素晴らしい仲間とは、これからも、できたらお付き合いさせていただきたいです。叶えていただければ本望です」

関口が応じた。

「大丈夫さ、一班の年間活動スケジュールを作るからさ。そうすればこれから一年間定期的に逢えますからね」

「そうですか、それなら皆さんと逢えますものね。嬉しいです」と、山中が安堵する表情を浮かべた。

すると、惚け顔の佐竹が、「俺、卒業したら群馬の方へ行かなきゃならねえ。八十過ぎの兄貴の菜園を手伝うことになった。少々遠いいが、皆が集まる時は必ず寄させてもらうからよ」と、言っていた。

それから何日が経っただろう。四月になってから、誰ともなく連絡網で取り合ううち、花見をしようと持ち上がり、予定するも雨で中止となり、皆悔しがることしきりであった。それもそうである。卒業してからほぼ一か月ほどだが、なんだか随分逢っていないような錯覚に陥っていたせいからだ。

それでも、年間計画で決めていた六月の昼食会で再開することができ、懐かしさといってはニュアンスが少々異なるが、嬉しさで皆の顔がほころんでいた。

関口は、予定の集合時間より早めに、いつものように佐々木と的場駅で待ち合わせ、川越駅東口の「光太夫」へと向かった。すでに戸田が来ていた。

「久し振りじゃないですか」と、会うと同時に関口が声をかけた。

「ええ、私の方は変わりありません。毎日仕事に行ってますよ」

「相変わらず働きますね」

「まあ、家に居ても暇ですから」

そんな雑談をしていると、そこへ瀬川、坂下が到着した。笑顔で挨拶を交わす。続いて石田や海原、猪倉、小倉が揃った。けれど、都合で山中と佐竹が欠席となった。

昼食会が始まると、皆の目が川越学園で学んでいた当時と同じ輝きになっていた。瀬川が嘆いた。

「私、体調を崩しちゃったわ」

すると、海原が心配そうに様子を覗う。

「瀬川さん、大丈夫?」

「ううん、今は大分回復してきて、この通り元気になったわ。だって昼食会に出られなければ、皆さんに逢えないもん」

「それならいいんだけれど。やはり、こうして皆さんと逢えて嬉しいです。この前の卒業旅行の時は迷惑をかけました」と、きまり悪そうに海原が詫びるが、表情は爽やかだった。

二人の会話や皆の顔を覗い、関口はついと思った。

卒業してから、たった二か月しか経っていないのに、随分逢わずにいたような気持ちと、この前逢ったばかりじゃないかと思う気持ちが入り交じり、不思議な面持ちになっていた。  

食事会も皆の笑い声と笑顔に包まれ、あっという間に時間が過ぎた。光太夫を出て、一緒に川越駅へ向かう途中で、瀬川が告げた。

「今日は楽しかった。皆さんといると、学園にいた頃を思い出すわ。それに、関口さんは相変わらず面白いのね」

「そうかい。それは有り難う。というか、俺は別に皆を喜ばしているわけではないがな」

「そうかしら、やっぱり班長さんは偉い。結構気を遣っているんですものね」

「そんなことないさ、皆を喜ばせようと考えて喋っちゃいないよ。まあ、俺の場合は芸能人だから、本格的に笑わせるにはお金を払ってもらわにゃ、芸はしないから」

「なに言ってんの、まったく」

瀬川と関口の掛け合いはそこで終わった。駅に近づく。真面目顔に戻って田畑が、別れの言葉と共に告げた。

「それじゃ、次回は小倉さんと坂下さんが幹事だよね。楽しみにしているから、よろしく頼むよ」

「わかったわ、期待していてね。指扇のハルディンに予約入れてあるから。但し、呑み助の田畑さんには申し訳ないけど、お酒抜きの昼食会ですから」と、小倉が念押しした。

「ああ、大いに結構さ。楽しみにしているよ」

そこに、佐々木が割り込む。

「次はいつだったっけ?」

 呆れ顔の瀬川が告げた。

「あら、忘れちゃったの。今度は偶数月の六月二十一日でしょ。手帳に書いておきなさいよ。まったくしょうがないんだから」

「すまん、昔、頭の血管が切れて物覚えが悪くなっちゃってよ。ところで、どこでやるんだったけな」

「またそんなこと言って、言うから書いて。六月二十一日指扇のハルディンで、集合場所はJR川越駅ホーム、集合時間は午前十一時二十五分。三十分発の大宮方面行きの電車に乗ってゆくから、わかった」

「うんうん」と頷き、「手帳に書いておこう」と、佐々木が当日欄に記入していた。

すると、関口が佐々木を誘う。

「佐々木さん、また一緒に行こう。前の日に連絡してやるから、的場駅で待ち合わせて行こうよ」

「本当か、それは助かる」と、安堵したように顔をくずした。

そこで猪倉が労った。

「関口さんは面倒見がいいのね。いつも皆が集まる時は、佐々木さんに声をかけてあげているんですもの。佐々木さん、感謝しなさい」

「そうなんだ、彼はいつもそうしてくれるんで助かるよ。でなければ、皆と逢えないもんな。班長さん、いつも有り難う」

佐々木が関口に頭を下げた。

「いいえ、どういたしまして。その代り機会があったらギター演奏の一つでも聞かせてもらいたいね。できれば次回の昼食会時に頼みたいがな」

「いや、重たいからね。持っていくのが大変なんだよな」

ギターケースを思い出してか、渋り顔になる。すかさず関口が毒づく。

「そうか、また演奏を失敗すると思って、言い訳しているんだな」

「そんなことないよ」

「わかったよ、ギター演奏は冗談だから」

すると、石田から茶々が入った。

「私、佐々木さんのギター演奏の『ともしび』を聞きたいな。でも、残念だわ」

「私だって、残念だわ」と、小倉が加わった。

そこで、関口がそそのかす。

「ほれ、皆の期待を裏切れるならギター持ってこなくてもいいからね。佐々木さん」

「そうなんだけれど、重たいしな……」

戸惑う佐々木を、皆が見つつ微笑んでいた。

「それじゃ、皆さん。お疲れ様でした。次回の幹事さんよろしく!」

関口が声をかけた。

「はい、任せてちょうだい」

 坂下が応じ、川越駅で解散した。

二か月後にまた会えると思うと、寂しさなんか湧いてこない。むしろ期待で胸が膨らむ。こんな仲間の付き合いを、言葉一文字で表わすなら、なんと書いたらいいだろうか。まさしく爽やかな仲間たち。手と手を繋ぎ一つの輪を作り見ると、そこに絆という人文字が現われてくる。そんな思いがした。



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