第八章 音無瀬・早瀬

 「皐月祭」も終わって一ヶ月あまり、1年A組のクラス委員の僕と黒輝は図書室に呼び出された。


 なんでも、同じクラスの音無瀬静流の貸借期限が過ぎているが、何度呼び出しても来ないという。当然だ。音無瀬は一ヶ月以上学校に来ていない。


 司書の先生は手続きの都合があるから、音無瀬の家まで行って本を取ってきて欲しいと言う。


「音無瀬さんの家ってどこだっけ?」

 僕は黒輝に訊いた。


「生徒名簿に載ってるだろう…慧傳町内だな。歩いていけるよ」

 黒輝は図書室に置いてあった生徒名簿を開いてすぐに音無瀬の住所を探し出した。


「じゃあ、俺、放課後行ってくるよ」

 僕が答えると、黒輝は、

「待ちなよ、いやしくも女の子の家に行くのに男ひとりは失礼だろう。私も行くよ」

 黒縁眼鏡をかけ直して黒輝は言った。


 かくして僕と黒輝は、一緒に音無瀬の家に行くことになった。黒輝の先導で音無瀬の家はすぐにわかった。


 玄関のチャイムを押すと、女の子の声が答えた。


「…はい、ええと、音無瀬です」

 ドアが開くと慧傳学園の制服を着た、女の子が立っていた。


 長い黒髪、大きな瞳を伏し目がちにして僕たちを見ている。

 

 美人だなぁ、モデルになってくれないかなぁ、が僕の第一印象だった。


「あ、あの…なんのご用でしょうか?」

 少女は尋ねた。


「ええと、音無瀬静流さん…じゃないですよね?」

 僕は念のため訊いてみた。


 音無瀬は入学式の自己紹介の時、五分間も蕩々としゃべったからよく覚えている。その後めっきり学校に来なくなっちゃったんだけど。


「あ、1年L組の早瀬菜希さんじゃなかったけ?」

 黒輝が言った。


「は、はい、私が早瀬です」

 早瀬さんは頬を紅潮させて答えた。


「ええと、ここは音無瀬さんの家ですよね?音無瀬さんはいないんですか?」

 僕は訊いてみた。


「は、はい、静ちゃん…静流なら、奥に…」

 早瀬さんはおどおどして答えた。人見知りする性格なのかも知れない。ちょっと、美術部の萩尾先輩に似てるかな、と僕は思った。


「なぁに、菜希、お客さん?」

 奥から女の子の声が聞こえた。


「静流は寝室にいます。わ、私はお茶を淹れてますから、どうぞ、お会いになって下さい…」

 菜希さんは僕たちを促した。僕たちを避けるようにも思えたけど。


 寝室のドアを開けると、ベッドには音無瀬さんがひとりでパジャマ姿の上体を起こして僕たちを待っていた。


「ああ…クラス委員の結城君に黒輝さん、だったけ。何の用?」

 入学式以来ほとんど学校に来ていないのに、彼女は僕たちの名前を覚えていた。黒輝の立候補が印象的だったからかなぁ。


「図書館で借りた本を返してもらいに来たんだ」

 黒輝が言った。彼女のベッドサイドを見ると、本や雑誌がうずたかく積み上げられていた。


「図書館の本というと、えーと、この辺かな…」

 彼女は一発で件の本を探し出した。


「…ありがとう、音無瀬さんって病気なの?」

 僕は訊いてみた。


「ん…病気…まあ病気って言えば病気なんだけど」

 彼女はあいまいな表現で答えた。


「でも、もうすぐテストだよ、大丈夫なの?」

 僕は重ねて訊いた。


「うん、テストには出るつもりだよ。今日は菜希に頼んでノートのコピー取ってきて貰ったんだ」

 音無瀬さんはけだるげに答えた。


「音無瀬さんて確か…いや、なんでもない」

 黒輝が珍しく言い淀んだ。何が言いたかったんだろう?僕は少し気にかかった。


「…あの、お茶が入りましたが、ダイニングでいかがですか?」

 早瀬さんがそっとドアを開けて告げた。


「じゃあ、もらおうか」

 音無瀬さんはパジャマのまま起きあがり、寝室を出て行った。僕たちもそれに続いた。


 僕たちが席に着くと、早瀬さんは僕たちから一番遠くの音無瀬さんの隣りに座った。カップのうち一脚はジャスパーウェアだった。

 音無瀬さんはそれを僕に譲った。


「これ…買ったの?」

 僕は音無瀬さんに尋ねた。


「ううん、菜希と喫茶店に行ったとき貰ったんだ…菜希もね。入学式の日に」

「カフェ・ノワール?僕も貰ったよ」


「そうだけど…じゃあ、これは黒輝さんに」

「ありがとう。きれいなカップだね」

 黒輝は素直に喜んだ。


 僕は紅茶を一口すすって言った。

「セイロン・ウバ・セイントジェイムス…かな?」

「ど、どうしておわかりなんですか?」

 早瀬さんは驚いて言った。


「いや、ちょっと…じゃあ、このケーキはもしかしてフレーズ・ルージュの?」

 僕は聞き返した。


「は、はい、私、フレーズ・ルージュでアルバイトしているもので」

 早瀬さんは顔を紅潮させて答えた。


「その割には店で見たこと無いね」

「あの…中の仕事しているもので…」

「ふーん、知らなかった」


「たしかにおいしいケーキだけど、フレーズ・ルージュってどこ?」

 黒輝が不思議そうに尋ねた。


「駅前通を右に入ったところだよ」

 僕は答えた。


「あんなところにケーキ屋なんてあったかなぁ?」

(黒輝はまだ結界に入れないのか…)


 僕はふと「結界」のことを思い出した。黒輝は写真部だから、セクトはギルドのはずだけど。


「それよりこのケーキ、弟さん達のお土産じゃなかったの、菜希?」

 音無瀬さんが早瀬さんに尋ねた。


「い、いいのよ、静ちゃん。あの子達にはいつでも持って帰れるから…」

 早瀬さんは少しうろたえて答えた。僕は少し悪いことをしたかなぁ、と後悔した。


「今度、早瀬さんの家に遊びに行ってもいいかな、お土産持って」

 黒輝が突然言った。早瀬さんはそれを聞くなり、顔を真っ赤に紅潮させて、


「と、とんでもありません、うちなんてとても人を呼べるところじゃ…」

と否定した。


「そうかな、菜希のうちは少なくとも私の部屋なんかよりずっときれいだと思うけど」

 音無瀬さんが口を挟んだ。


 僕と黒輝は、五時過ぎ、音無瀬家を辞去した。教師だという両親は帰らなかった。


黒輝には、近いうちにフレーズ・ルージュに連れて行く約束をさせられた。


 次の日曜日午後二時、僕は黒輝瞳と慧傳町駅で待ち合わせした。いや、させられた。フレーズ・ルージュに連れて行かないと、テスト範囲のノート、写させてやらない、と言われたのだ。


「やあ、待ったかい」

 午後二時十五分過ぎにやっと姿を見せた黒輝は開口一番、言った。

「十五分ほどな」

 僕は答えた。


「じゃ、早速行こうか、そのケーキ屋へ」

 黒輝には僕の皮肉は通じていなかった。しかも、あろうことか馴れ馴れしく腕を組んできた。


 冗談じゃない!佐伯によれば生活向上委員会のリストによると、僕と黒輝はもう付き合っていることに決まっているらしい。


 やはり、クラス委員に立候補と推薦でコンビを組んだことが噂の原因になっているらしいが、あれは黒輝が勝手にやったことで僕には関係ないのだ。


「なぜ断んなかったんだ?」

 と佐伯は僕に聞いたが、あの時はとても断れる雰囲気じゃあなかったんだ。言い訳になってないって?


「おい、腕を組むなって!」

 僕は黒輝を振り払おうとしたが、黒輝はかえってしがみついてくる。


「そんなこと言ったって、君がどこに向かって歩いて行くのかさっぱりわからないってば!」

「あ…」


 僕は気が付いた。…「結界の境目」…そう言えば、姫野さんに最初にカフェ・ノワールに連れて行かれたときにも、自分がどこにいるのかわからない、不安定な気分を感じたっけ。渓川さんもそうだった。


「…ほら、こっちだって」

 僕は黒輝の腕を引っ張って引きずっていった。


「ほら、着いたぞ」

 僕は黒輝の手を離して言った。


「…あ、『フレーズ・ルージュ』?こんな店あったっけ?」

「ここにあるだろ」


 僕はぶっきらぼうに答えた。目の前には確かに「フレーズ・ルージュ」があった。


「??…」

 まだ腑に落ちない様子で黒輝はドアを潜った。


「こんにちはー!」

「…こんにちは」


 僕たちは麻帆さんと奥さんに挨拶した。


「あら、いらっしゃい、シノブ君…こちらの女の子は…初めてかしら?」

 麻帆さんが尋ねた。


「はじめまして。結城君のクラスメイトの黒輝瞳と言います。」

 うーん、黒輝もおとなしくしていればまだかわいげがあるんだけどな。などと思いながら、僕は用事を思い出した。


「あの、こちらに早瀬菜希さんって子、来てませんか?」


「あら、シノブ君、菜希ちゃんとも知り合いなの?菜希ちゃんなら今奥で主人と…ねえ、菜希ちゃん!」

 奥さんは厨房の奥の方を大きな声で呼んだ。


 しばらくのち、パティシエのご主人に伴われて、ご主人と同じ、白衣に白い帽子、そしてボストンタイプの眼鏡をかけた少女が現れた。


「…は、はい、奥さん、なんでしょうか?」

 その声は早瀬菜希に相違なかった。


 「奥の仕事」ってパティシエの手伝いだったんだ。長い髪はお団子に丸めて帽子にしまってあるらしい。


 最初逢ったときの伏し目がちの目から想像したとおり、眼鏡の輪郭から言って近視だ。


「えーと、たしか1年A組の…結城君と黒輝さんでしたっけ?」

 早瀬さんは少し考えてから言った。

 当然だ。僕たちは一度しか会っていない。いや、黒輝は早瀬さんを知っていたが…


「みんな、ティールームに行きましょう…そうだ、菜希ちゃんも知り合いみたいだし、ご一緒しない?」

 奥さんが僕たちを招いた。


 しかし、早瀬さんは、

「そ、そんな、私、仕事中ですし…」

 早瀬さんは顔を赤らめて固辞した。


 しかし、パティシエのご主人は、

「そうだ、こっちはしばらくいいから菜希ちゃんも休憩してきなさい」

 と言い、奥さんも、

「そうよ、菜希ちゃん、しばらく休みましょう」

 と、言って勧めた。


「は、はい、ありがとうございます」

 と言って、結局早瀬さんも同意した。


 ティールームでは、麻帆さんが準備をしていた。


「さあ、今日の紅茶は何にしましょうか?」

 奥さんがうきうきして言った。


「ちょっと、母さん、店番はいいの?」

「ああ、あんなの父さんにまかせときゃいいのよ」

 麻帆さんの言葉に奥さんは無責任に答えた。


「何って言われても、私は紅茶のことはよく知らないから…」

 黒輝はメニューも見ずに言った。


「わ、私は何でもいいです」

 帽子だけは取った早瀬さんがおずおずと言った。


「そう…シノブ君は?」

 麻帆さんが僕に振ってきた。


「そうですね…」

 僕はちょっと考えてから、


「セイロン・ルフナはどうでしょう?」

 と、答えた。


「ふーん、勉強してるじゃない、君」

 麻帆さんが感心したようにいた。


「母さん、セイロン・ルフナ・セシルトンね…えっ!そのティーセット、ニンフェンブルクのパール627じゃない!」


 麻帆さんは奥さんが用意しているティーセットを見て驚いた。セーブルすら平然と使った麻帆さんが。


「え、そうよ。それがどうかした?」

 奥さんはさも当たり前のことのように問い返した。


「だって、これは母さんの…」

 麻帆さんは奥さんにこそこそと耳打ちした。


「だから、たまには使ってあげなきゃ可哀想じゃない」

 奥さんは平然と答えた。ニンフェンブルク…図鑑で見たことがある。たしかバイエルンの古い窯で…


「さて、みんな、ケーキは何にする?」

 奥さんが改めて聞いた。今度は黒輝は真剣にメニューに見入っている。黒輝もやはり、女の子、甘党だったのか。


「私はガトーショコラ!」

 黒輝が大声で叫ぶと、麻帆さんが、

「ごめんなさい、ガトーショコラはあいにく今品切れていまして」

 と、答えた。


 すると、早瀬さんがみるみる顔を赤く染めて、

「す、すみません、ガトーショコラはさっき私が作りかけだったんです…」

 と、言って俯いてしまった。


「あら、別に菜希ちゃんのせいじゃないわよ」

 奥さんが早瀬さんを慰めた。


「黒輝さん…だったわね。で、何にする?」

 麻帆さんに聞かれた黒輝は極度の遠視の眼鏡の縁に手を当て、

「そうだな…じゃあムース・オ・ショコラ!」

 と、叫んだ。


 どうでもいいが、ショコラにこだわるやつだな。


「かしこまりました」

  麻帆さんが答えた。


「シノブ君は?」

 と、麻帆さんが今度は僕に聞いた。


 僕は迷うことなく、

「モンブランをお願いします」

 と、答えた。


「かしこまりました…菜希ちゃんは何にする?」

 麻帆さんが早瀬さんに尋ねると、早瀬さんは、

「ええと、あの、フレーズ・ルージュ頼んでいいですか?」

 と、おずおずと答えた。


「いいわよ。じゃあフレーズ・ルージュふたつね」

 奥さんが応ずると、

「え?」

 と、麻帆さんが問い返した


「私の分。あなたのは適当に選んで」

「わかったわ」

 麻帆さんは会釈をして部屋から出ていた。


 そう言えば、「フレーズルージュ」は、麻帆さんのお父さんのご主人が、お母さんの佳帆さんのために作ったケーキだったんだ。


 麻帆さんがケーキを皿に載せて戻ってきた。このデザインは写真で見たことがある。ニンフェンブルクだ。


 十二角形の皿とカップに風景画が手描きで描いてある。確か結構高級だったと思ったけどいくらくらいだっけ?


 やがて麻帆さんがティーセットを運んできた。ティーポット、ティーカップ&ソーサー、シュガーポット、ミルクポット、いずれもおそろいのデザインのニンフェンブルクだ。厳密には手描きはひとつずつ違うけれど。


「では、今日の紅茶はシノブ君お奨めのセイロン・ルフナ・セシルトンです。ストレートでも、ミルクにもシュガーにも合う紅茶よ」


 麻帆さんは少し慎重にポットから紅茶をカップに注いで回った。しかし、その手さばきには寸分の狂いもない。


「では、黒輝さんを新たにメンバーに加えたことを祝して、乾杯しましょう!」

 奥さんはうかれた調子で宣告した。


「メンバーって何のことだ?」

 黒輝が僕に耳打ちした。


「まあ、いいから適当に調子を合わせていろ」

 僕は黒輝に囁き返した。


「では、乾杯!…あらっ?」


 鈍い音が響いた。


 その場の全員の目が一点に集中された。早瀬さんの手元に。


 その手の中にカップはなかった。紅茶は彼女の白衣の膝にこぼれていた。


 そして…カップは絨毯の上に転がっていた。ふたつに割れて。


「あ、ああぁ!わ、わたし、わたし!」

 早瀬さんは顔を真っ青にし、ほどなくそのつぶらな瞳から涙をあふれさせた。


 それにしても、赤くなったり青くなったり、信号機のような子だな、と僕は不謹慎な感慨を抱いた。


 それより問題はニンフェンブルクのティーカップだ。


 思い出した。パール627は洋食器の中でも屈指の超高級品だったんだ!ティーセットだけにしてもその値段は相当のものだろう。


「あら、割れちゃったわね。菜希ちゃん、あなたのせいじゃないから泣きやんでちょうだい」

 奥さんは子供をあやすように早瀬さんに話しかけた。


「だって、これのディナーセットは、奥さんがお嫁入りの時持ってきたものだって聞いてましたし、このカップ一客だっていくらするか…私、バイト代で少しずつ弁償しますから、どうかそれで勘弁してください」

 早瀬さんは眼鏡を上げ涙を手で拭いながら何度もしゃくり上げて言った。


「ねえ、菜希ちゃん、陶磁器というものは使っていれば、遅かれ早かれいつかは割れるものよ。それがどんな安物でも、どんな高価なものでもね。それが今割れたのは、それが寿命だったのよ。大丈夫。ピースは買い換えることができるから。絵は手描きだから全く同じものは手に入らないけれどね。

 私はお客様に食器をお出しするときは、いつ何時それがどんな理由で壊れてもしかたない、そういう覚悟でお出ししているわ。そうでなければ高価な食器なんてしまっておくだけでは何の役にも立たないでしょう?」 

 奥さんは懇々と諭すように早瀬さんに語りかせた。その言葉は僕たちの心にも響いた。


「奥さーん…ううぅ、うぅ…あら…?」

 早瀬さんは奥さんにすがりついてひとしきりむせび泣いた後、ふと床に転がったカップを見て泣くのをやめた。


「あの奥さん、これ…」

 早瀬さんが拾って差し出したカップはどこも割れてはいなかった。


「あら、割れてないじゃない。勘違いだったのね。良かったわ」

 奥さんは微笑んで言った。


「あの…早瀬さんが割ったカップ…ひょっとして麻帆さんが魔法で…?」

 帰りがけ、僕はそっと聞いてみた。


「いいえ、私でも母さんでもないわ」

 きっぱりとした口調で麻帆さんは言った。


「…だとすると…あの…早瀬さんは?」

「大丈夫。もう仕事に戻ったわ」

 麻帆さんは僕にウィンクをくれた。


 帰りの一緒の電車で黒輝は僕に話しかけた。


「ケーキも紅茶も美味しかったけど、麻帆さんも奥さんもいい人だったな。さすがに君が憧れるだけのことはあるな」

「憧れる…何言ってるんだ!麻帆さんはただの知り合いだって!」

(俺の本命は姫野百合華さんなの)


「冗談だって…それよりそんなにたくさんのケーキ、家に持って帰って食べきれるのかい?」


「家には俺しかいないよ。親父は取材旅行中。あと猫が一匹。猫はケーキを食わないだろう。従妹の家にくれるつもりさ」


「ああ、あのL組の可愛いクラス委員?君の従妹だっけね」

「まあ、そうだけど…黒輝はどうやって消化するつもりだ?」


「うちは家族が多いいんでね」

 黒輝はかすかに笑った。


「ところで聞きたかったんだけど、黒輝はうちの中学じゃなかったのにどうしてうちの町内から高校に通ってるんだ?」


「ああ、親父が近くへ転勤するのが決まってたから、慧傳学園を受けておいて、引っ越しして来たのさ」

 黒輝は当たり前のように答えた。


「この前、音無瀬さんちに行ったとき、初対面で早瀬さんを知っていたのは?」

「私はあまり興味がなかったけど、写真部の先輩が生向委と共同で新入生の写真集めて美人コンテストやってたんだけど、彼女、一位だったよ。そう言えば、君の従妹も三位だったな…」

 (一年生で一位か…沙織も三位ね…)


「生向委と言えば、ついこの前、生徒会長選挙の頃にも、うちの先輩に渓川先輩と秋山先輩の写真撮らせて、大量に焼いてたっけ。知ってた?」


「知ってたけど…黒輝、「セクト」って知ってるか?」

「先輩に聞いたけど、私にはまだピンと来ないな」


「そうか…音無瀬はどこかクラブ入ってるのか?」

「確か文芸部に入ったはずだけど…」


(一応、うちのギルドか…そう言えばカップを貰ってたな…)


「早瀬さんは?」

「バイトが忙しいから帰宅部だろ」


(でも、彼女はフレーズ・ルージュで働いているし、カップを貰っている…無所属でもギルドに入れるのかな?…第一今日のあれは彼女の魔法だったんじゃ…いや、俺には別にギルドの心配をする責任は…でも、百合華さんは魔導師総代だからな…百合華さんの役には立ちたいけど…)


「それじゃまたな、黒輝」

「ああ、今日はありがとう。次はカフェ・ノワールに連れてってくれよ」


「なんでカフェ・ノワールを知ってる?」

「有名だよ。写真部じゃ。ギルドの結界にあるんだろ」


「自分で行けよ。もう行けるはずだ」

「つれないこと言うなよ、次の火曜、クラス委員会が引けたら行こう」


(次のクラス委員会…新役員になって最初の会議だな…)


 僕は最寄りの駅で黒輝と別れ、家に帰った。

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