第130話 おステゴロ VS ボクシング


《エステル・アップルバリ視点Side


「――んガァッッッ!!!」


 食らえオラァ! と容赦なく剛拳を振るう私。


 けれどそんな私の拳を、フィグはあまりにもあっさりと回避。


 頭蓋骨ドタマをかち割るつもりで放った一撃が、呆気なくスカッと宙を切ります。


「遅い」


「ぐぁ……ッ!」


 流れるようなカウンターフックが、私の左頬におヒット。

 激しく脳が揺さぶられます。


 視界がぐわんぐわん揺れて、気持ち悪くておゲロぶちまけそうですわね。


「パンチが大振りすぎる。そんな鈍間ノロマなパンチじゃ、俺には絶対届かないぞ」


「ンなッ……舐めんじゃ……!」


「お前のパンチは当たらないが――俺のパンチは避けられない」


「――みぎゅッ!」


 ゴシャッという音を奏でて、今度は私の顔面にストレートパンチがおヒット。


 ヤバいですわね、鼻の骨が折れましたわ!


「……あらゆる格闘技の中で、ボクサーの繰り出すパンチは〝最速〟だ」


 ターン、ターンとステップを踏み、拳を構えながらフィグは言います。


「そんなボクシングの地下世界で、チャンピオンとなった俺の放つ一撃は〝最速の中の最速〟……。もはや目では捉えられないと思え」


「……フ、フンだ。速いだけのおパンチなんて、私にはちっとも効きませんけれど……!?」


 鼻の頭を掴んでゴキッと骨の位置を戻し、涙目を必死こいて隠しながら強がる私。


 痛ってぇですわね……彼のおパンチ、実際は全っ然速いだけじゃありませんわ。


 速い上に鋭く、一撃一撃が重い……!

 私ってそれなりに頑丈タフははずですけれど、それでも着実におダメージが溜まってきていましてよ……!


 だけど――なによりも厄介なのは、あの足捌きおフットワーク


 こっちの攻撃が全く当たらない……!

 まるで飛んでいるかのように、ヒラリと避けられてしまいますわ!


 まさに〝おバタフライのように舞いおホーネットのように刺す〟――!

 

 こんな奴のおパンチを受け続けたら、幾ら私でも全身の骨がベコベコになっちゃいますわよ……!


 どうにかして、あのクッソうぜぇ足捌きおフットワークを阻害しないと……!


 内心焦り始める私。

 そんな私とは対照的にフィグは無表情なまま、


「……お前のファイトスタイル、〝喧嘩〟だな?」


「え?」


「俺が見る限り、確かにお前は殴り合いに慣れている。だが力任せで隙だらけ。〝喧嘩ストリート〟でのみ戦ってきた人間の特徴だ」


「だ、だったらなんですのよ……?」


「つまりお前は、その道のプロフェッショナルではなく素人・・しか相手にしたことがない、ということだ」


 ――イラッ


 あからさまに見下したようなフィグの発言に、私の神経は逆撫でされます。


「素人との戦いしか知らないお前では、プロフェッショナルである俺に決して勝てない。棄権したらどうだ?」


「フ…………ウフフフフフ……!」


 あまりにも人様を舐め腐ったその言葉で――私は完全に〝プッツン〟きました。


「こンのクソガキ・・・・が……! ちょっとボクシング齧ったからって、いい気になって自慢してんじゃねーぞ、ですわ!!!」


「……試合は、続行か?」


「ったりめぇだろうが!!! 行くぞオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 全力でフィグに向かって突進する私。


 けれどフィグは避けようとすらせず――


「――ではキッチリと自慢・・してやろう。地下闘技ボクシング、そのチャンピオンの……〝本気〟というモノを」


 ――刹那。


 ほんの、ほんの一瞬。

 私の目にそれ・・は映りました。


 ――無数の〝おパンチ〟。

 真っ赤なグローブが、津波の如き〝面〟となって押し寄せてくる――そんな景色が。


 そしてその津波のようなおパンチは私の全身を飲み込み――文字通り、浴びせられるように叩き込まれました。


「ごっ……アァッ……!」


「目では追えない俺の連打に……仕留められぬ者なし」


 私の身体は宙を舞い、激しく吹っ飛ばされて地面へと落下。


 もはや身体のどこがどの程度のおダメージを負ったのかすら自分でわからないまま、大の字になってダウンしてしまいます。


「……試合終了。これが素人とチャンピオンの差だ」


 フィグはクルリと背を向け、私の下から去っていこうといます。


 これがチャンピオンが見せ付ける、完全試合だと言わんがばかりに。


 ……でも、ね。


「…………お待ち、なさいな」


「――!」


「まだ……お喧嘩は終わってねぇ……終わっておりませんことよ……!」


 歯を食いしばり、膝に手を突いて、ボロボロになった身体を起こす私。


 フ、フフ……全身にくまなく激痛が走りやがりますわね……!


 金槌ハンマーで殴られても折れなかった私の骨が、確実に何本か折れていやがりますわ……!


 思わず血反吐ぶちまけそう……!

 でも――血反吐ぶちまけたくらいじゃ、私は止まらなくってよ……!


 立ち上がった私を見て流石にフィグも驚いたようで、


「バカな……! あれだけの連打を食らって立てるはずが……!」


「お生憎様ァ……私の身体って、めちゃくちゃ頑丈にできてるんですわよね……。たかだか骨の十本や二十本折ったくらいじゃ、仕留めることなんてできなくってよ……!」


「! なん、て、タフな奴だ……!」


 初めて表情が引き攣るフィグ。


 でも驚くのはまだ早くってよ?

 こっからが――本当の〝喧嘩〟の始まりなんだわ。


「ウフフ……フィグ、あなたさっきご親切に〝顔〟を守れと忠告をしてくれましたわね……。その誠意に免じて、私も忠告をして差し上げます」


「なに……?」


「私もあなたと同じで、拳の戦いおステゴロは大好きですけれど――もう手前テメェとの〝殴り合い〟になんざ、付き合ってやらねー」


 首をコキコキと鳴らし、私はフィグを見下ろします。


 口元に、目一杯の笑みを浮かべながら。


「よくも今まで、散々〝お喧嘩ストリート〟の戦い方をコケにしてくれましたわね……。今から〝お喧嘩〟には〝お喧嘩〟の戦いやり方ってモンがあると、〝お理解わからせ〟させたらァ――ですわッ!」



――――――――――

ぶん殴るだけがお喧嘩じゃありませんことよ……!(ꐦ°᷄д°᷅)


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