第129話 しゃらくせえ、ですわね


《レティシア・バロウオードラン視点Side


「――!? 誰!?」


 私は背後へ振り向く。

 すると――そこに立っていたのは、褐色の肌を持つ一人の男だった。


 大きく剃り込みが入れられたツーブロックの黒髪に、端整な顔立ち。

 目つきは鋭く、とてもクールな印象を受ける。


 服装はハーフパンツトランクス一枚と、両手に真っ赤なボクシンググローブというあまりにも洞窟ダンジョンに似つかわしくない格好。


 だが剥き出しの肉体は細身ながら鎧のような筋肉をまとっており、全身に入れ墨が施されて禍々しさを醸し出している。


 そしてなによりも――この覇気オーラ


 私は決して武道に明るいワケではないけれど、それでもハッキリとわかる。


 彼が数多の修羅場を潜ってきた、強者であることが。


「……あの二人を待っているなら無駄だ。今頃、ガスコーニュの得物になっているだろう」


 褐色肌の男は淡々とした口調で言う。

 殺気こそ明確に放っているものの、襲ってくる気配はないようだ。


「……あなた、拳闘のみで成り上がったというAクラスの――」


「そうだ。この拳と地下闘技ボクシングだけでのし上がった、元奴隷だ。名はフィグ。姓はない」


 フィグはゆっくりと腕を上げ、拳を握る。

 それに併せてグローブがギュッと音を奏で、彼の淡々とした口調に色を添える。


「忠告しておいてやる。お前たちの動きは全てロイドに筒抜けになっている。お前たちの作戦は、もはや破綻した」


「――!」


「この試験は、何者かによって俺たちが勝つように仕向けられているんだ。だからお前たちFクラスに勝ち目はない」


 ――あまりにもあっさりと不正行為が行われていることを暴露するフィグ。


 まさかAクラスの生徒が進んでそれを教えてくると思っていなかった私は、流石に面食らう。


 それはエステルも同様のようで、


「お、お待ちなさいな! あなた、なんでそんなに堂々と不正してることをおバラしになるんです!? 黙っていればずっと有利に動けるでしょうに……!」


「理由は二つ。一つ目は〝気に食わない〟からだ」


 エステルの疑問に対し、ハッキリと答えるフィグ。

 彼は続けて、


「地下闘技の世界でも、不正は日常茶飯事だった。だから気に食わない。こんな場所でも見せられるなんて、反吐が出る」


「! あら……殊勝な心構えをお持ちじゃあねーですこと? 正々堂々をお好みになるなんて、なんだか私と気が合いそうですわねぇ?」


 フフン、と若干嬉しそうにするエステル。

 だがフィグはそんな彼女を意に介さず、


「二つ目……そんな不正がなくとも、絶対に俺たちが勝つから、だ」


 ――その台詞を聞いた瞬間、エステルの眉がピクッと動く。

 同時に、彼女の口元が引き攣った笑みを浮かべた。


「へ……へぇ……? 随分、お舐め腐りになりやがってくださいますわねぇ……!」


「なにが悪い? 自分より弱い相手を見下すのは当然だ」


 ――ブチッ、という音を響かせるエステルの眉間。


 ……どうやら、露骨に舐められた発言が逆鱗に触れたようね……。


 彼女、あからさまにバカにされた態度を取られるのを物凄く嫌うから……。


 フィグは表情一つ変えず、ゆっくりと両手を顔の前に構える。


「さあ、お喋りは終わりだ。俺は俺の筋を通した。後は殴り合うか、地べたに這いつくばって降伏するか――好きな方を選べ」


 ――フィグの殺気が鋭さを増す。

 まるで蜂のように。


 同時にターン、ターンと軽やかなステップワークを刻み始める。

 まるで蝶のように。


 完全なる戦闘態勢――。

 そのファイティングポーズから放たれる歴戦の主のオーラは、思わず息を吞むほどだった。


 そんなフィグを見たエステルは、


「…………レティシア夫人、これはプランAが失敗した――と判断してよろしくて?」


「え? え、ええ……そうね。確かに〝キング〟の背後を突くのはもう難しくなったと思う」


「そんじゃあプランB・・・・に変更、ですわねぇ」


 ボキボキ、と指の骨を鳴らしてエステルは数歩前へ出る。


「このグローブ野郎は私がおぶちのめして差し上げますから、あなたはローエンたちの下へ加勢に行ってらっしゃいな」


「――! エステル、だけど……!」


「――――〝一対一タイマン〟」


 バッ、と彼女は右腕を突き上げる。

 私の言葉を遮るように。


素手ステゴロ、一対一……こういう自分が強いと勘違いしてるおバカには、それで勝たないと〝お理解わからせ〟させられねーんですわよ」


「エステル……」


「それに、一応はこちらに忠告しに来てくれたワケですし? なら、こっちもお誠意ってヤツを見せなきゃならねー……ですわよね」


 私に背中を向けたまま、彼女は諭すように言う。


 その言葉を受けて――私の心も決まった。


「……わかったわ。ここは任せるから」


おう、合点承知! ――ですわ」


 エステルの返事を聞いた私は、その場を走り去るのだった。




 ▲ ▲ ▲




《エステル・アップルバリ視点Side


「さぁて……そんじゃあ、おっぱじめるといたしましょうか」


 片腕をブンブンとぶん回し、フィグへと歩み寄っていく私。


「フィグ……地下闘技ボクシングで名声を得た凄腕ボクサーとかなんとか聞きましたけれど……お生憎様」


「……」


拳一つステゴロでここまでのし上がって来たのは、お前だけじゃねーんだわ」


 私とフィグが、お互いの間合いに入ります。


 あと一歩足を動かし、拳を突き出せば、確実にゲンコをぶちこめる確殺の領域……。


 剣や槍と違って、拳闘の間合いってずっと狭いんですのよね。


 だから、火花を散らして睨み合う私とフィグの額が、今にもぶつかってしまいそう。


 ウフフ……血沸き肉躍りますわ……!


 フィグも私から一瞬も目を離さないまま、


「……お前も、拳で戦うのか?」


「ええ、先に言っておきますけれど――私、めっっっちゃくちゃ喧嘩が強いですわよ? お覚悟あそばせ?」


「そうか。俺も先に言っておくことがある。……〝顔〟を守れ」


「はぁ?」


「ボクシングは主に顔を狙う。その綺麗な顔をボロボロにされたくなければ、精々本気で顔面をガードしろ」


「ッ……! 舐めんのも大概に――ッ!」


 大概にしろや! と叫んで、私は振り上げた拳をフィグの顔へと叩き込んだ――はず・・でした。


 けれど次の瞬間、顔面に鋭い痛みが走ると同時にグラリと視界が揺れます。


「――あ……ら……?」


 ――なに?

 なにがありましたの?


 私、今パンチをお見舞いしたはずですわよね……?

 なのにどうして、私の方が〝痛い〟と感じているんですかしら……?


 なにが起こったかもわからないまま、私はフラッとよろけて自分の鼻の頭を抑える。


 すると、指先にヌチャリと付着する真っ赤な血――。


 その鼻血を見て、やっと自分が〝殴ったのではなく殴られたのだ〟と認識できました。


見えた・・・か? 俺のパンチが」


 ターン、ターンという軽やかなステップワークを刻みながら、フィグは私に向けて言ってきます。


「ボクサーのパンチは、あらゆる格闘技の中で〝最速〟だ。俺の拳は目で追えない。お前なんかとは――鍛え方が違うんだ」


 まるで、既に勝利したかのように見下して言うフィグ。


 そんな彼の台詞を受けて――私の唇は、自然にニヤリと吊り上がりました。


しゃらくせえ・・・・・・、ですわね……!」



――――――――――

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