第82話 呪縛


「マティアス、あなた婚約者はもう決まっておいでかしら?」


 ――放課後。

 夕陽が照らす教室の中で、レティシアはおもむろにそう切り出した。


 今この場にいるのは俺、レティシア、そしてマティアスの三人だけ。


 他のメンバーはとっくに教室を後にしたが、マティアスだけ残るようにとレティシアが引き留めたのだ。


 マティアスはなんとも面倒くさそうな目をしつつ、


「いや、別に決まってねーけど……」


「ならご縁談のお話は? どこかのご令嬢からお声がけを貰ったりはしていないの?」


「……なぁ、これなんだ? 新手の尋問? 俺、なんか責められることしたか?」


 チラリと俺の方へ視線を流してくるマティアス。

 まるで「説明してくれよ〝キング〟様よぉ~」と助けを乞うているようだ。


 が、敢えて俺はそっぽを向く。

 だってレティシアから余計なことを言わないでって釘を刺されてるからな。


 レティシアは変わらず落ち着き払った様子で話しを続け、


「私は真面目に聞いているのよ。つまりあなたは、特に恋人や愛人の類はいないということね?」


「いるかっつの、そんなモン」


「へぇー、意外だな。お前チャラい感じの奴だし、如何にも陰で女遊びしてそうなのに」


 俺がようやく会話に混ざって言うと、マティアスは「チッ」と舌打ちする。


「あのなぁ、人様を見かけで判断すんなや。俺ぁ確かに金と金儲けが大好きだが、女遊びやギャンブルになんざ興味ねーのよ」


 ため息を混じらせながら言う。


 ――マティアスの実家であるウルフ侯爵家と言えば、莫大な資産を持つ大富豪なことで有名。


 権威はともかく、その総資産だけなら公爵家――ぶっちゃけレティシアの実家であるバロウ公爵家すらも上回るだろう。


 噂程度に聞いた話だが、ウルフ侯爵家が全財産を使えばヴァルランド王国の三分の二の土地を買い占められるほどだとかなんとか……。


 事実だとすれば半端ではない。

 もっとも、当然そんなことは王家が許すはずもないが。


 要は、金なんて掃いて捨てるほどあるってことで。

 オードラン男爵家みたいな田舎のしがない貴族とは、比ぶべくもない。


 でも得てして、そういう金持ちってやらしい金の使い方してるイメージあるんだけどな。


「ふーん? じゃあお前、その大好きな金はなにに使ってるんだよ?」


「そりゃ金儲けに決まってんだろ」


「……? 金があるのに金儲けするのか?」


 それって矛盾……とまでは行かなくても、なんかおかしくね?


 と思う俺に対し、マティアスは「チッチッチ」と指を振る。


「わかってねーな、オードラン男爵。金ってのは幾らあっても満足できねーし、稼いでると実感できる瞬間が一番面白いんだよ」


 彼はそう言うと、ズボンのポケットに手を突っ込む。


 そして一枚の金貨を取り出し、机の上にパチンと置いた。


「例えば、だ。適当な露店に入り、この金貨一枚でリンゴをひとつ買ったとする。勿論リンゴなんてのに金貨一枚も価値があるワケない。完全にぼったくりだ」


「はぁ……」


「だがそのリンゴを持ち帰り、〝このリンゴは金貨一枚の値打ちがあった〟とあちこちで執拗に宣伝する。すると一人の物好きが、金貨二枚でリンゴを譲ってくれないか、と提案してくる」


 マティアスはもう一度ズボンに手を突っ込み、もう一枚金貨を取り出して机の上に置く。


 机の上には、金貨が二枚となった。


「俺は少し考えさせてくれと答え、〝金貨一枚で買ったリンゴを金貨二枚の価値があると言う奴が現れた〟とまた宣伝する。すると今まで興味のなかった奴らがザワつき始め、今度は金貨三枚を払うと言い出す奴が現れる」


 パチン、と三枚目の金貨が机に置かれる。


 さらに続け様に四枚、五枚と金貨が置かれていく。


「なら俺は四枚払う、いや俺は五枚だ――こうやって人々はしがない露店のリンゴに勝手に価値を上乗せし、どんどん値段を吊り上げていく。そして気付けば、一枚の金貨・・・・・が金貨数枚~数十枚に増えてましたとさ……。どうだ? こんなに愉快で面白い話ないだろ?」


 マティアスはニッと小さく笑う。


 あぁ――なるほど、そういう話か。


 ぼったくられて買ったリンゴが、金貨数十枚に変わる――。


 誰か一人に「もしかしたら金貨一枚より価値があるリンゴかも」と思い込ませれば、そこに投資しようとする輩は指数関数的に増えていく。


 しかもこの場合、本質的にリンゴは関係ない。

 一枚の金貨をそれ以上に増やすという結果が最も大事だから。


 〝一を二で売る〟〝損をしない〟ってのは、商売の基本なんてよく聞くもんな。


 実際、金貨一枚が数十枚に化ければ確かに愉快かもしれん。


 が……貴族というより、まるで商人あきんどの考え方だな。


 マティアスの話を聞いていたレティシアは少し呆れたような顔で、


「……良く言えば商売上手、悪く言えばお金の亡者みたいね」


「ああ、俺は所詮金の亡者さ。……いや、ウルフ侯爵家の血が流れてる奴なら、そうなんだよ」


 マティアスは椅子から立ち上がり、窓の方へと歩き出す。


 夕陽が差し込み、その姿を紅く照らし出す窓へと向かって。


 彼は俺たちに背中を向けたまま、


「話を戻すが……もしかしてアンタら夫婦に、どこぞの貴族から〝マティアスとの縁談を取り付けてくれ〟なんて話でも来たか?」


「い、いえ、そういうワケでは……」


「言っとくが、俺は誰とも婚約する気なんてねーよ。俺みたいな奴は……独り・・でいる方がいいのさ」


 どこか自虐っぽく、ハハハと笑って言う。


 そんなマティアスの口ぶりに――俺はなにか含み・・があるような気がした。




 ▲ ▲ ▲




《イヴァン・スコティッシュ視点Side


「――うぃーっす。待たせたな」


 マティアスが気の抜けた声で話しかけてくる。

 僕は長椅子に腰掛けて足を組んだまま、


「フン、遅いぞ。そっちが呼び出したのだから、もう少し悪びれたらどうなんだ?」


「へーへー、悪かったよ。オードラン夫妻との面談なんて想定外だったもんでね」


 マティアスはそう言って、僕の隣にドカッと座る。


 ――今、僕らは王立学園の中庭にいる。

 周囲に人気はない。


 ……この待ち合わせ場所は、ある意味思い出の場所だ。


 Fクラスの皆が集まって、オードラン男爵こそFクラスの〝キング〟に相応しいと決めた場所――


 あの時、皆をまとめたのがマティアスで、僕は全身怪我だらけで惨めな姿だったな。


 振り返ってみても、アレがほんの数ヵ月前の話だとは思えんよ。


 僕自身の境遇も含め、オードラン男爵夫妻と出会ってからは色々なことがあった。

 いや、色々なことがあり過ぎた。


「……」


「なーに感慨深そうなツラしてんだよ、イヴァン」


「いやなに、ここでFクラスの〝キング〟を決めてから、本当に色々なことがあったなと思ってね」


「そーだな。あの時、お前よく学園に残ったと思うよ。マジで意外だったわ」


「意外――と言うなら、キミと僕がこうして肩を並べて話しているのが意外だろう。僕は初め、キミとはそりが合わないと思っていた」


「ハハハ、俺も思ってたね。お高くとまったスコティッシュ公爵家の跡取りなんかとは、絶対仲良くなれないって思ったモンよ」


「それが今では、こうしてお互い椅子に座って話しをしている……。人生とはわからないものだな」


 人生――なんて単語を口にするには、僕は若輩者過ぎるとは思う。

 だが、そう感じるのは確かなのだ。


 王立学園に入学する前には、まったく想像もしていなかったことが次々と起きているのだから。


 そんな僕の言葉を聞いて、


「…………人生、人生か」


 ハハ、と小さくマティアスは笑う。


 どこか、嘲笑うような声で。


「そうだな、お前は呪縛・・から解き放たれたんだもんな。……俺の人生は――」


「マティアス……?」


「いや、悪い。なんでもない。それより、お前を呼び出した理由だけどな」


 マティアスは膝に肘を突いたまま話を戻し、


「今んとこ誰にも言ってなかったんだが……お前には、先に伝えておこうと思ってよ」


「伝えるって……なにをだ?」




「俺――この学園を〝退学〟するわ」




――――――――――

@akifumik様

別作品になりますが、ギフトありがとうございます……!

この場を借りてお礼申し上げます……!<(_ _)>


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


☆評価は目次ページの「☆で称える」を押して頂ければどなたでも可能です。

何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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