第81話 全部キミのため
――エイプリルがマティアスにホの字だと判明した、次の日。
「それでレティシア、どうやってマティアスの奴に探りを入れるつもりなんだ?」
教室へと向かう途中、俺は隣を歩く妻へと尋ねてみる。
「そうね……とりあえず遠回しに恋人や許婚の有無を聞くのが先決かしら」
「遠回しに、ねぇ。そのまま直球で言えばよくない? エイプリルって子と付き合っちゃえよって」
「ダメよ、アルバン。それでもしマティアスが嫌がったりすれば、エイプリルが悲しむわ」
「そこはホラ、〝
「…………アルバン、もし本当にそんなことをしたら、私あなたと一ヵ月は口をきいてあげませんからね」
「え!? あッ、う……!? ご、ごめんなさい……絶対言いません……」
「よろしい」
レティシアはピシャリと言うと、
「……でも、ちょっと意外だわ」
「ん? なにがだ」
「あなたがエイプリルとマティアスの恋路に関心があることよ。てっきり他人の恋なんて興味ないものと思っていたから」
「あぁ……興味なんてサラサラないね」
そう答えると、レティシアは「え?」と少し驚いた顔をする。
俺は口元に微笑を浮べながら、
「俺がこの話に関わるのは、全部キミのためだよレティシア」
そう……ぶっちゃけた話、俺はエイプリルとマティアスの恋愛模様になんざ興味ない。
だって他人の恋愛に首を突っ込むなんて、どう考えても面倒くさいじゃん?
どうぞ俺の視界に入らないところで勝手にやってくれって感じ。
でも――レティシアは違う。
彼女は本当に、心からエイプリルの力になってあげようとしている。
目を見ればわかるよ。
レティシアは本気だって。
妻が本気を出してるってのに、夫の俺がどうして怠けていられようか?
ああそうとも。
突き詰めて言えば、俺はただレティシアの力になりたいだけなんだ。
「レティシアがエイプリルを応援するなら、俺もレティシアを応援する。レティシアがやるなら俺もやるし、レティシアが本気になるなら俺も本気になる。妻と夫は一心同体、だろ?」
「アルバン……」
レティシアは青く透き通った瞳を大きく見開き、俺を見てくる。
ん、少しは驚いてくれたかな。
なら僥倖。
妻の驚喜する表情ほど、夫にとっちゃ嬉しい光景もないからさ。
「だから、俺にできることなら遠慮なく言ってくれ。力になれることは少ないかもだが、キミのためならなんでもするよ」
「――相変わらず、そういうことを臆面もなく言うんだから」
クスッと笑うレティシア。
俺はワザと肩をすくめ、おどけてみせる。
「何度だって言うさ。キミこそ、そろそろ慣れてくれてもいいんじゃないか?」
「あら、夫の甘言に簡単に慣れてしまわないことも、夫婦生活を円満に送るコツではなくって?」
「ハハ、言えてる」
「ウフフ」
笑い合う俺たち夫婦。
ホント、彼女のこういう
そんな仲睦まじい会話をしていると、俺たちはあっという間にFクラスの教室に到着。
いつものように、ガラリとドアを開ける。
すると――
「ヒ、ヒソヒソ……」
「ヒソヒソ……コショコショ……?」
「ヒソコショ……!? ガッデム……!」
「コショ……ヒソ……乙女がどうのこうの……」
「カァー!」
シャノア、ラキ、エステル、カーラ&ダークネスアサシン丸は教室の隅で背中を丸め、めっちゃ小声で井戸端会議を開いていた。
……なにを話しているのかは、だいたい察しがつく。
いや、こんなん誰でも完璧に察しがつくわ。
だって何度も何度も、チラッチラッとマティアスの方へと視線を送ってるし。
それも時折「キャー!」という浮ついた歓声を上げてるんだから、間違いないだろう。
おまけに――女子たちと男子たちの距離が、えらく遠い。
男子たちは男子たちでマティアスの傍でたむろし、明らかに不審な者を見る目で女子たちのことを見ている。
そんな、なんとも言えない空気感が流れているFクラスを見て、
「ハァ……あの子たちったら……」
レティシアはやれやれと言った様子で、女子たちの方へと向かっていく。
俺も俺で、男子共の方へと近付いていった。
「よぉ……おはよっす、オードラン男爵」
マティアスが机にぐったりと頬を突き、やる気のない声で挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう。なんか朝から疲れた顔してるなぁマティアス」
「なあ、俺ってなんかしたか? 朝っぱらから女子共がさぁ、まるでスキャンダル起こした有名人を見るみてーな目で俺のこと見てくんだわ」
額に「なんで?」の文字を浮かばせながら、縋るように俺に聞いてくるマティアス。
俺は「あぁ~……」となんとも間延びした声で返し、
「したと言えば、したかも? とにかくアレだ、お前が色男なのが悪いんだ。俺からはそれしか言えん」
「はぁ? なんだそりゃ?」
マティアスは眉間にシワを寄せ、露骨に訝しむ。
だってしょうがないだろうが……。
俺が余計なこと言うと、口を滑らせかねないんだからさ……。
下手に口を滑らすと、絶対レティシアが怒られちゃうし……。
周囲のローエンやイヴァンたちも口々に「お前なにをしたんだ?」と不思議そうに首を傾げるが、マティアスもマティアスで「知るか」と遠い目をするしかない状態。
悪いな……レティシアが動くまで、もうしばらく好奇の目に晒されてくれ……。
――――――――――
꒰ ´͈ω`͈꒱
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