第74話 もう一波乱


《オリヴィア・バロウ視点Side


「私は……」


 まるで魂の抜けたようなお顔で、お父様はなにか言おうとする。

 ――――しかし、


「……いや、なんでもない。少し風に当たってくる」


 フラフラとしながら椅子から立ち上がり、出口の方へと向かって行こうとする。


 まったく意固地なんだから――なんて私は思いつつ、手にしていたハンドバッグから一枚の紙切れ・・・を取り出す。


 そしてお父様に気付かれないよう、上着のポケットの中に忍び込ませた。


 ――バタン、という音と共にお父様が視察会場を後にする。


「……これでいいのよね、レティシア?」


 さぁて、あの子の予想通りならもう一波乱・・・あるはずだけれど――どうなるかしらね?




 ▲ ▲ ▲




 視察会場を出て、屋外に面する渡り廊下をヨロヨロと歩くウィレーム公爵。

 周囲に人影はなく、風がザアッと吹く音だけが静かに鳴っている。


「まさか……オードラン男爵が、あれほど……」


 彼はうわ言のように呟く。

 そんな時、



「……もし、そこの貴紳様」



 誰かが、ウィレーム公爵を呼び止める。


「なんだか具合が悪そうでありますなぁ。小生・・でよろしければ、手をお貸ししましょうか?」


「いや……結構だ。少し眩暈がしただけ――」


 ウィレーム公爵は顔を上げ、親切にも声を掛けてくれた男子学生らしき人物を見る。

 と同時に、口から出掛けていた言葉が途切れるほど驚かされた。


 何故なら――その男子学生は、あまりにも不気味な〝道化師の仮面〟で顔を覆っていたからだ。


「そう遠慮されますな。なぁに、あなた様には……少しばかり〝餌〟になって頂くだけでありますよ」




 ▲ ▲ ▲




 中間試験を終えた俺は、ひたすらレティシアとイチャイチャしながら試験開始地点へと戻っていた。


 ほとんど完勝って形で試験を終えたんだ。

 イチャイチャしながらゆっくり戻るくらいの余韻があってもいいだろ?


 俺たちの後ろにはレオニールが付いて来ているから、二人きりというシチュエーションじゃないのが残念ではあるけど。


 今頃は他のFクラスのメンバーも、開始地点に戻ってるはずだ。


 このまま何事もなく終わって、ウィレーム公爵が俺たちの仲をすんなり認めてくれれば言うことなしなんだが――


 なんて思っていた矢先、


『――あ~、あ~、マイクテストマイクテスト。聞こえるでありますかな、アルバン・オードラン男爵、それからレティシア・バロウ』


 突然、ダンジョン全体に声が響いた。

 それも聞き覚えのある、クソ忌々しい声が。


 レオニールもすぐに気付いたらしく、


「! この声……〝串刺し公スキュア〟か!」


 奴の名を呼ぶ。


 そう、間違いない。

 この人をおちょくったような、ふざけた喋り方をするのは奴しかいないだろう。


『Cクラスへの完勝、誠におめでとうございます。実に見事な戦いっぷりでありました。そんな勝利の立役者である目障りなご夫婦に、謹んでお報せがあるでありますよ』


 パチパチパチ、と拍手する〝串刺し公スキュア〟。

 そして続け様に、


『――ウィレーム・バロウ公爵の身柄は、この〝串刺し公スキュア〟が預かった。奥方様の父君を無事返してほしくば、小生の要求を呑むように』


 脅すように低い声で、レティシアの親父さんを拉致・監禁したとカミングアウトしてきた。


『小生の要求は一つ、アルバン・オードラン男爵の〝首〟であります。オードラン男爵の生首を用意すれば、ウィレーム公爵を無傷で解放すると約束しましょう』


「……ほぉ、こりゃまた大きく出たもんだな」


 思わず感嘆――を通り越して呆れ果てる俺。


 いやまあ、これまで〝串刺し公スキュア〟が起こした事件を顧みれば、これくらいはやってのけるか。


 アイツのやり口から考えても、ウィレーム公爵の誘拐がハッタリってワケじゃないんだろうな。


 相変わらず豪胆と言えば豪胆な奴。

 それ以上に阿呆とも言えるが。


『制限時間は一時間。小生も魔法映写装置スクリーンであなた方を見ておりますから、その場で首を刎ねてもらえば結構。では、良いショーを期待しておりますぞ』


 ――ブツッ、と音声が切れる。


 やれやれ、面倒くせぇなぁ。

 なんだってここまでして、俺たちに突っかかってくるのかねぇ。


 ま、別にいいけど。

 何度だって俺たちを引き裂こうとするなら――何度だって叩き潰すまでだ。


 それに〝串刺し公スキュア〟の奴、勘違いしてるらしい。

 ウィレーム公爵を人質にしたことで、自分が圧倒的有利になったってな。


 だが――お生憎。


「……レティシアの予想通り・・・・になったな」


 ニヤッと笑って、俺は妻に言う。


 彼女も落ち着き払った様子で、


「ええ、やっぱり現れたわね。でも彼は、自分自身にとって最悪の選択肢を取ったみたい」


「ウィレーム公爵以外の貴族を人質にされた方が、まだよっぽど面倒だったな。で、首尾は?」


「姉さんに任せてあるから、心配いらないでしょう」


「そっか。じゃあ後は俺の仕事だ」


 まるで〝いつも通りの夫婦の会話〟のような、予定調和と言わんばかりのノリで会話する俺とレティシア。


 ――彼女は、この事態を予見していた。


 中間試験でウィレーム公爵や他の貴族たちが学園を訪れる、そのタイミングで必ず〝串刺し公スキュア〟が動くはずだと。


 言われてみれば確かに、俺たちを貶めるのにこれ以上の状況シチュエーションはないわな。


 これまで起きた事件の傾向パターンを考えても、トラブルを起こすにはもってこいのタイミングだったし。


 だからこそ――レティシアにとっては全て予想の内。


 こんな事態なんて、中間試験が始まる前からとっくに想定していた。

 勿論、そのための準備も。

 

「パウラ先生に頼んで、〝旗〟のすぐ傍に魔法陣を用意してもらっているから。魔力を通せば一瞬で飛べる・・・はずよ」


「わかった。ちょっくら行ってくる」


「……アルバン」


「ん?」


「お父様、よろしくね」


 ――お父様、じゃないんだな。


 嬉しいね。

 そこまで信頼してもらえるのは。


「ああ、ちゃんとご挨拶してくるさ」




 ▲ ▲ ▲




「……貴様、こんな真似をしてどうなるかわかっているのだろうな」


 仄暗い部屋の中で椅子に縛り付けられ、ウィレーム公爵は〝串刺し公スキュア〟を睨む。


 拉致・監禁されても気高さを失おうとしないのは、流石はあのレティシア・バロウの父親だな――と〝串刺し公スキュア〟は感じた。


「そう怖いお顔をされますな。そもそも、小生とウィレーム公爵様の利害は一致しているではありませんか」


「利害、だと?」


「アルバン・オードランとレティシア嬢の離別――もとい破局を、あなた様もお望みだったはず」


「……」


「それにご聡明なあなた様のことだ、とうの昔に気付いておいでなのでしょう? 私の陰には貴いお方・・・・がいることを」


 確信めいた口調で言う〝串刺し公スキュア〟。

 それに対し、ウィレーム公爵は無言で返す。


「だからヨシュア・リュドアンにレティシア嬢を任せようとした。しかし残念無念、そのヨシュアは期待外れもいいところ……。となれば、小生が手をお貸しする他ありますまい」


「それで……オードラン男爵を殺すというのか」


「殺す? とんでもない、彼には自死を選んでもらうのですよ。愛する妻の父親を助けるために、自分で自分の首を斬り落として……ね。最高の催しショーになるとは思いませんか?」


 ククク、と笑って〝串刺し公スキュア〟はクルクルと踊り出す。

 愉快愉快、と身体で表現するように。


 それを見たウィレーム公爵は「フン」と鼻を鳴らし、


「悪趣味極まるな……。第三王女・・・・は、いつからこんな下郎を飼うようになったのやら」


 ――その言葉を聞いた瞬間、〝串刺し公スキュア〟の踊りがピタリと止まる。


 彼は道化師の仮面で覆った顔をゆっくりとウィレーム公爵へと向け、


「……幾らバロウ公爵家ご当主とはいえ、今の発言は不用意でありますな。我が主を蔑む気でありますか?」


「王家への侮辱になるとでも? 我が娘の一人さえも謀殺できない愚か者に、ヴァルランド家を名乗る資格などあるまいて」


「……貴様」


 〝串刺し公スキュア〟の言葉遣いに殺意が宿る。

 だが――その時、


『えー、校内放送、校内放送! ウィレーム・バロウ公爵を誘拐した犯人さんへ! 私はパウラ・ベルベットと申します!』


 キィーンという甲高いハウリングと共に、学園全体へ女性の声が響き渡る。


 声の主はFクラスの担任であるパウラ先生だ。


『鮮やかなお手並みでウィレーム公爵を拉致したキミへ、レティシア・オードランさんから伝言です! 〝今すぐお父様を解放して降参しなさい。でないとサイクロプスよりも恐ろしい人がそっちに行くわよ〟――』


 そんな伝言を聞いて、〝串刺し公スキュア〟はなんとも不思議そうに首を傾げる。


「サイクロプス……? なにを突然、世迷い事を――」


『〝でもどうせ降参しないでしょうから、手早く送ってあげるわね。いつぞやにイヴァンを使って私たちを陥れた、意趣返しと思いなさい〟――だそうです!』


 イヴァンを――という一言を聞かされて、ようやく〝串刺し公スキュア〟は勘付く。


「ま、まさか……!」


 〝串刺し公スキュア〟はウィレーム公爵の上着をゴソゴソと探り、ポケットに入れられた紙切れ・・・を見つける。


「――ッ! これは――!」


 その紙切れには、魔法陣が描かれてあった。


 それもかつて――自らがサイクロプスをダンジョンの中に飛ばすために使った、〝転移魔法〟と同じ魔法陣が。


 気付いた時にはもう遅かった。

 〝串刺し公スキュア〟が破り捨てるよりも速く紙切れが魔力を帯び、紫色に発光する魔法陣を床一面に描き出す。


 そして――その魔法陣の中心から、徐々に浮き出てくるように一人の男が現れた。


 片手に剣を握り、全身に怠惰な雰囲気をまとった――アルバン・オードランが。

 

「よう……久しぶりだな、〝串刺し公スキュア〟」


「なっ……ど、どうして……!?」


「お前が現れるのなんざ、レティシアはとっくにお見通しだったってこと。あの時・・・サイクロプスを目の前に呼び出された俺とレオの気持ちが、少しはわかったか?」


 冗談じゃない――

 サイクロプスなんて比較にもならない脅威が、目の前に召喚されてしまった――!


 道化師の仮面の下で、〝串刺し公スキュア〟は血相を変える。


 彼はアルバンと直接対峙する準備などしてはいなかった。

 まさかこんなにも早く、それも目の前に突然現れるなんて事態を想定してはいなかったからだ。


 〝串刺し公スキュア〟はようやく全て理解する。

 自分の動きは、なにもかもレティシア・バロウに読まれていたのだと。


 〝餌〟に釣られたのは――己の方だったと。


 慌てふためく〝串刺し公スキュア〟を正面に捉え、アルバンはユラリと剣を動かす。


「ボチボチお前とも決着ケリをつけなきゃと思ってたからさ……ここで終わりにさせてもらうぞ」



――――――――――

クライマックス!(^ω^≡^ω^)


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


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何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m

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