第35話 女子会(※レティシア視点)


「そ、それにしても、レティシア様とオードラン男爵は、本当に仲良しですよね……!」


 エプロン姿でカウンターに立つシャノアが頬を赤らめながら言う。


 ――私は今、行きつけである彼女の喫茶店のカウンター席で腰を落ち着かせている。


 ゴロツキたちに狙われることもなくなったこのお店は、なんだか少し活気が戻ってきた様子だ。


 以前にも増して茶葉のいい香りに包まれ、私たち以外にもちらほらとお客さんの姿が。


 とってもいいことだわ。

 美味しい紅茶はより多くの人々に親しまれてこそだもの。


 もっとも――今日の私は、ただ紅茶を楽しみに来たワケではないのだけど。


「まあ確かに、私と彼の仲は良好ね」


「……良好というより、理想のお馬鹿夫婦って感じにしか見えませんわよ……?」


 隣の椅子に座るエステルが、「はぁ」と若干呆れた様子で言った。


 そう、今日は私一人でシャノアの喫茶店に来ているのではない。


 レティシア、シャノア、エステル、ラキ、カーラ、この女子五人でやって来ている。


 私が彼女たちをここへ誘ったのだ。

 所謂”女子会”という形で。


「あら、それは貶しているのかしら?」


「褒めてるんですのよ、一応。あなた方みたいにぶっちぎりでヤバい夫婦、きっと世界中探しても見つかりませんもの」


 ティーカップを持ち上げ、紅茶を口に含むエステル。


 彼女の癖なのか、カップを持つ手の小指がピーンと突き立っているのがなんだか面白い。


「ここの紅茶、美味しいと思わない?」


「……確かに美味いですわね」


「わかる♪ めっちゃ香りが芳醇だよね☆」


 エステルの向こう側に座るラキが話に割り込んでくる。


 この女に紅茶の香りや味がわかっているのかは甚だ疑問だけれど。


「それでそれで、アルくんはどの紅茶が好きなのかな?★ 教えてシャノアちゃん♡」


「教えなくていいわよシャノア。知りたければ自分で調べろと言ってあげなさい」


「ふ、ふえぇ……」


 板挟みにあってカタカタと震えるシャノア。

 あら、困らせるつもりはなかったのだけれど。


「カァー!」


「……ダークネスアサシン丸……お店の中では静かに……」


 一番端に座るカーラ。

 彼女は相変わらず存在感がない。


 なんなら、彼女の肩に止まっているカラスの方が存在感があるかもしれない。


「……それで、レティシアちゃん……今日はどうして、私たちを誘ってくれたの……?」


 カーラが尋ねてくる。


 誘われた彼女たちからすれば、至極真っ当な質問。

 その問いに対し、


「私たちはもうではないからよ」


 私はとても簡潔に答える。

 美味しい紅茶を飲みながら。


「むしろ逆――。これから先、私たちは言わば運命共同体となるわ。となれば、考え方の相違一つが退学に直結しかねない」


「「「……」」」


「あなたたちにも色々と思う部分はあるでしょう。けれど、これだけはハッキリさせておきたいの」


 ……ティーカップの中が空になる。

 私はゆっくりとカップをソーサーへ置き、


「私はFクラスを――いいえ、アルバンを退学処分になんてさせない。だけどそのためには、皆の力が必要なの」


 クラスメイトは”キング”に絶対服従――。

 

 王立学園の新校則はクラス内に”序列”を設け、支配者と被支配者を明確にした。


 一度支配される側となったならば、服従せねばならぬと。

 ”キング”の命は絶対であると。


 だが――そんなのは悪政・・だ。


 力で人を屈服させることはできる。

 暴力で言いなりにすることはできる。


 だがそれでは、決して人心は得られない。


 どれだけ力を誇示しても、圧政の果てに待ち受けるのは破滅だけなのだ。


 ましてや、彼女たちのように才ある者たちを従えるなら……やるべきことは一つ。


 私は椅子から立ち上がると――


「だからお願い。三年間だけ、あなたたちの才能をアルバンに預けてほしい。決して不条理な扱いはさせないと、私が約束するから」


 彼女たちに向かって、頭を下げた。


 命令ではない。

 これはお願い・・・


 アルバンの妻として、私が彼女たちにできる精一杯の誠意だ。


「「「――――」」」


 シン、と静まり返る四人。

 私が頭を下げたのが余程意外だったのかもしれない。


「んなっ……お止めなさい!」


 そんな静寂を最初に破ったのは、エステルだった。


「このお馬鹿! ”キング”の妻が、臣下に頭を垂れてどうするのです!」


 彼女は私の肩を掴むと、力づくで頭を上げさせる。

 もの凄い怪力で、肩に痕が付きそうだ。


「いいこと!? 耳の穴かっぽじってよーくお聞き! ”王妃クイーン”というのは優雅で高飛車で、おロイヤルでおスマートにドッシリ構えて、ガツンと頭から的確な命令をする! これでいいんですのよ!」


「エステル……」


「もっと高貴さにおパワーを込めなさい! 私のライバルとして相応しい振る舞いをしてくれないと、張り合いがなくてよ!」


「……私、いつの間にあなたのライバルになったのかしら?」


「んぅえっ!? べ、べべべ別にいつでもいいではありませんのっ!」


「……エステル様の言う通りですよ、レティシア様」


 エステルに続き、今度はシャノアが口を開いた。


「わ、私たちは、既にアルバン様を”キング”と認めた身です……。そ、それに私は、お二人に命を救われていますから……お、恩返しできるなら、なんだってやってみせます……!」


「ウチもウチも! アルくんの命令ならなんでも聞くよ☆」


 続け様に手を上げるラキ。

 ハキハキと明るく喋る彼女だが、すぐに据えた瞳でこちらを見つめる。


「……でも、”王妃クイーン”の座を諦めたつもりはないから。アルくんの心を浮つかせないよう、精々注意しててね……♪」


「望むところだわ。だけど、協力してくれることには感謝しないとね」


「べっつにー、どういたしまして★」


「カァー!」


「……ダークネスアサシン丸、静かに……」


 肩のカラスをなだめるカーラ。

 彼女はチラリと目だけ動かして私を見る。


「……アルバンくんに服従するのは、私も同じ……。……だけど、あなたたちには貸し・・がある……」


 貸し……。

 そういえばアルバンが後に教えてくれた。


 捕らえられた私とシャノアの居場所がわかったのは、カーラのお陰だって。

 彼女に借りがあるとも。


「わかっているわ。なにか望みがあるなら言って頂戴」


「……なんでも、いいの……?」


「私とアルバンにできることであれば」


「……」


 しばし沈黙するカーラ。

 すると何故かモジモジとし始め、


「……実は私、趣味で小説を書いてて……」


「……? はあ……」


「……レティシアちゃんは、知らないかもしれないけど……誘拐事件が報じられて以来、学園の裏ルートで”アル×レティTL小説”が凄く流行ってて……」


「……う、ん……?」


「……私が書くと、皆とっても喜んでくれるの……。……だから、書き続けてもいいように、本人の許諾が欲しいなって……」


「あっ、え、うん、それは、構わない、かしらね……?」


「! あ、ありがとう……よかった……! アル×レティに栄光あれ……!」


「カァー!」


 ……よくわからないけれど、快く協力してくれるなら問題ないわよね……?

 

 一応、これで女子五名全員と意思交換ができたワケだし……。


 そうね、良しとしましょう。

 全てはアルバンのためだもの。




 ――この時はそう思っていた。

 だけどこの判断を、後に少しだけ後悔することとなる。


 ……ええ、そう。


 まさかアルバンと私の恥ずかしい恋愛小説が、学園の中で広まるなんて思ってもみなかったのよ。


――――――――――  

★おすすめレビューのお礼(8/8時点)m(_ _)m

@chutarow様

作品のレビューコメントありがとうございます!


初見の読者様も、よければ作品フォローと評価【☆☆☆】してね|ω`)


☆評価は目次ページの「☆で称える」を押して頂ければどなたでも可能です。

何卒、当作品をよろしくお願い致しますm(_ _)m


※次話は明日の8:45に予約投稿済みです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る