第20話 シャノアの喫茶店①
デートがてら城下町の中を進んでいた俺とレティシア。
しばらく歩いていると、
「――あら?」
不意にレティシアが声を上げた。
「? どうした?」
「見て、あの子って同じクラスの……」
釣られるように、俺も彼女の視線の先へと目をやる。
そんな俺の視界に映ったのは――同じFクラスで1番席に座っていた気弱そうな女、シャノア・グレインだった。
「本当だ、シャノアだな。城下町で一体なにしてんだろ?」
凄い偶然だな。
こんなに広くて人の多い城下町で見かけるとは。
彼女がなにをしているのか気になり、しばらく見つめる俺。
するとシャノアは周囲を窺うようにキョロキョロしたかと思うと、やや古びた建物の中へと入って行った。
建物の雰囲気からして、たぶん喫茶店だと思う。
「……喫茶店に入っていったな」
「不思議ね。喫茶店なら王立学園の中にもあるのに」
そう、喫茶店なら学園の中にも立派なのがある。
それこそ貴族用のゴージャスでお洒落な店が。
だから学園の生徒が進んで城下町の、それも古びた喫茶店に入る理由はないと思うのだが――
「ねえアルバン、私たちもあのお店に入ってみましょうよ」
「え? なんで?」
「学園の生徒が進んで入るほどのお店なのよ? もしかしたら、とっても美味しい紅茶を出してくれるかもしれないわ」
ああ……確かにそういう可能性もあるか?
レティシアは本当に美味しい紅茶とスコーンに目がないからな。
心なしかウキウキしてるのがわかる。
可愛い。
普段とのギャップが堪らん。
「それじゃ、ちょっと寄ってみるか。足休めにも丁度いい」
俺たちはシャノアの入った店へと赴き、入り口のドアを開ける。
カランカラン、という鈴の入店音が響くと――
「いらっしゃい、どうぞお好きな席に――って、あら。王立学園の生徒様でしたか」
店内のカウンターに立っていたのは、エプロン姿の女性だった。
年齢はおそらく四十歳前後。
髪の栗色で、優し気な顔立ちをしている。
どうやら彼女がこのお店を切り盛りしているらしい。
たぶん店主だろう。
「お越し頂けて光栄ですわ。だけど、ウチは貴族様にご満足頂けるようなお店では……」
「気にしないで頂戴。紅茶が美味しければ、お店の格なんて取るに足らない問題だわ」
「そう仰られましても……」
「それに、たった今同じ学園の生徒が入店したと思ったのだけれど?」
「え? ああ、それは――」
『――お母さん、準備できたよ』
カウンターの奥から、聞いたことのある声が聞こえてくる。
直後、エプロンを身につけた栗色の髪の少女が現れる。
シャノアだ。
「お店は私が見ておくから、奥で休んで――って!? オ、オオオオードラン男爵とレティシア夫人!? どうしてここに!?」
俺たちの顔を見るや否や、激しく慌てふためいて壁に背中をぶつけるシャノア。
まさかこの店の中で俺たちと会うとは思っていなかった、という顔だ。
「ごきげんよう、シャノアさん。あなたがこのお店に入っていくのが見えたから、てっきり美味しい紅茶を出してくれると思ったのよ」
「ふ、ふぇ……?」
「ああ、そういうことでしたか」
店主らしき女性はなにかに気付いた様子で、
「私とシャノアはここで暮らしているんです。この喫茶店は、私たちの家なのですよ」
――
――――
――――――
「……気付かなかったわ、シャノアが平民出身だったなんて」
カウンターの椅子に座り、やや驚いた感じで言うレティシア。
俺もビックリである。
まさかレオニール以外にも、クラスにもう一人平民の生徒がいたとは。
「俺もビックリだ。でも王立学園に通えてるってことは、シャノアも”名誉試験”を受かったんだな」
「は、はい。その、昔から勉強はちょっとだけ得意だったので……」
カウンターの向こうで調理しつつ、相変わらずオドオドとした感じで話すシャノア。
いや、なんでそんな自分に自信がなさそうなんだ?
”名誉試験”に合格するなんて、並外れて優秀な証拠だぞ?
ちょっとだけ勉強ができれば受かるってレベルのモンじゃないからな?
――しっかし、”名誉試験”を受かった人材が二人も同じクラスにいるとは。
もしかしてFクラスって、案外有能な生徒が固められてたりして?
……いや、流石にそれは考え過ぎか。
貴族連中なんて、我が強いくせにへっぽこばっかりだし。
「お、お待たせしました。紅茶とスコーンになります……」
シャノアは俺たちの前に紅茶とスコーンを出してくれる。
紅茶からはフワリといい香りが漂い、スコーンもしっかり焼きたてでジャムも添えられている。
「あら、この香りは……もしかしてセイラン高地のルヘナ茶葉かしら?」
「! す、すごい、よくおわかりになりましたね……!」
「私、紅茶には少しうるさいから。それにしてもこれはいい香りだわ」
ティーカップを持ち上げて香りを堪能し、紅茶を一口すするレティシア。
その所作は実にお上品だ。
「美味しい……。ルヘナ茶葉の深みのある香りやコクはしっかりしているのに、渋みが全然ない。スコーンともしっかり合うわね」
「本当だ。俺は紅茶に詳しくないが、こりゃ美味いな」
「あ、ありがとうございます」
「いい腕をしているのねシャノア。とても気に入ったわ」
どうやらレティシアはお気に召したようだ。
彼女が笑顔を作ると、シャノアも少し安堵した様子だった。
シャノアの母親も微笑を浮かべ、
「この子は昔から物覚えがよくて、調理に限らず色んな才能があったんです。だからできるだけいい学校に行かせて、将来は安定した仕事に就いて欲しくて」
「お、お母さん、私はこの店を継ぐっていつも言ってるじゃない……!」
「いいのよシャノア。このお店はもう――」
母親がなにか言おうとした――まさにその時だった。
「邪魔するぜ、女将さんよ」
カランカランと入り口ドアが開き、二人組の男が入ってくる。
……如何にもガラが悪そうな感じの。
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