第19話 決闘の後は、夫婦で城下町へ


「ハァ……ハァ……!」


 レオニールは息を荒げ、剣を握る手を震わせる。

 同時に身体を硬直させ、滴る汗が地面へと落ちる。


「勝負あり! レオニール・ハイラントくん――死亡です!」


 パウラ先生が決闘の終了を宣言した。

 つい数秒前、俺の放った斬撃が彼の身体に命中したのだ。


「さ、流石だな、オードラン男爵……。手も足も出なかったよ……」


「……ああ」


 俺はレオニールを見下ろすように立ち尽くし、その姿を見つめていた。


 ――どれくらい斬り合っていただろうか?

 少なくともイヴァンたちよりもずっと長い時間、彼と斬り結んでいたように感じる。

 

 ……手も足も出なかった、だって?

 冗談じゃない。

 

 俺は、途中からほとんど本気だった。

 油断すれば負けるかもしれない、そんな恐怖が心の片隅に芽生えていた。


 ――やはり断るべきだった。

 この決闘を。


 だがどうしても、心の中に疑念が湧いたのだ。


 ”今の俺と主人公レオニールならどちらが強いのか?”


 三対一で勝利し、慢心したからか?

 それとも手に剣を握っていたからか?


 ともかく俺は、レオニール・ハイラントの挑戦を受けてしまった。


 結果は――勝利。

 だが俺の心の内は、まるで穏やかではなかった。


 ……レオニールは剣の天才だ。

 紛れもなく。


 俺がセーバスの下であれほど努力を積んできたにも関わらず、実力差はほんの僅か。


 もしレオニールがあと少しでも強くなれば――。


 決闘が終了し、レオニールの拘束が解放。

 動けるようになった彼は剣を鞘にしまい、手を差し出してくる。


「でも、戦えてよかった。正直剣には自信があったんだけど、自分の実力ってのがよくわかったよ」


「……いや、レオは十分強かった。俺もまだまだ努力が足りないと思い知ったさ」


 俺は彼の手を握り、握手する。

 心の内を読まれないよう、顔に微笑を浮かべながら。


 ……やはり危険かもしれない。

 レオニール・ハイラントは、いずれ俺を超えてくるかもしれない。

 そしていずれ、ファンタジー小説と同じ結末を辿らせてくるかもしれない。


 俺は、コイツを野放しにしておいていいのだろうか――?


 ドス黒い感情が胸中を渦巻き始める。

 しかし、


「……うん、よし、決めたよ」


 レオニールはなにやら決心した様子を見せると、俺から手を離した。


「……? 決めたって、なにを――」


「オレは――あなたの”騎士”になる」


「はい?」


 彼はそう言うと、クラスメイトたちの方へと振り向く。

 そして――


「皆、聞いてくれ! オレは今より、アルバン・オードラン男爵の”騎士ナイト”となる! オレも――彼をクラスの”キング”に推薦する!」




 ▲ ▲ ▲




「……面倒なことになってしまった」


 ――放課後。

 がっくりと項垂れた俺は、レティシアと一緒に城下町へと赴いていた。


 王立学園は放課後の外出が認可されており、門限さえ守れば自由に城下町と行き来できる。


 そこで王都出身である彼女が、ぜひ町中を案内したいと言ってくれたのだ。

 決闘を頑張ってくれたご褒美、という意味合いもあるのだろう。


 レティシアは俺の隣を歩きながら不思議そうな顔をし、


「さっきからどうしたの? レオに推薦されてから、ずっと様子が変よ?」


「いやまあ、色々思うところがあって……」


「彼の剣術は、あなたも認めるほどなのでしょう? クラス内に味方もできたし、喜ぶべきだと思うわ」


 うん、わかってる。

 普通に考えればそうだよな。


 でも残念なことに、アルバン・オードランにとって最も警戒しなきゃいけない危険人物なんだよね、アイツは。


 いつ俺を破滅させるかわからないんだよ、マジで。


 なのにどうして、俺をクラスの”王”に推薦させるなんて言い出したのか……。


 わからん。

 も~わからん。


 それに人懐っこいレオニールのことだ。

 性格上、これからも俺に絡みまくってくるかもしれない。


 下手をすると、距離を置きたくても置けなくなってしまうかも。

 俺にとっちゃ、まるで爆弾を抱えて日常生活を過ごすようなもんなんだが?


 敵対関係にならなかったのはありがたいけど、まさかこんな展開になるとは……。


 これはもう先が読めなくなった。

 明確に言えるのは、この世界はファンタジー小説とは異なるルートを辿り始めたということ。


 やれやれ、これから一体どうなってしまうのやら……。


「そもそもレティシア、どうして俺をクラスの”キング”になんて推薦したんだよ」


「私はただ事実を述べたまでよ。あのクラスに、あなたよりも相応しい人物なんていないもの」


「俺はそんな面倒な立場に興味ないぞ」


「なら、皆仲良く退学する? あの様子じゃ絶対に”キング”なんて決まらないわよ」


「……それは勘弁だな」


 言えてる。

 あれだけ我の強い連中が一つのクラスに集められたのだ。

 たった一ヵ月で王様なんて決まるワケない。


 やれやれ、とんでもないクラスに編入されてしまったもんだ……。


「それよりアルバン、城下町はどう? あまり来たことがないのよね?」


「ん? ああ……かなり小さい頃に一度来たきりだけど……」


 もう記憶も定かではない。

 まだ両親が生きてた頃、たぶん五歳とか六歳とか、本当に幼い時だったからな。


 だから記憶補正もなにもあったもんじゃないが――


「オードラン領と比べてずっと賑やかだし、人や物の多さも比べ物にならない。街並みも鮮やかで圧倒されるよ」


「楽しい?」


「勿論」


「フフ……ならよかったわ」


 なんとも嬉しそうに、朗らかな笑顔を見せてくれるレティシア。

 彼女は普段あまり笑ってくれないが、時折見せてくれる笑顔は格別に可愛らしい。


「王都は私の故郷だから。アルバンに気に入ってもらえて嬉しい」


「……バロウ家が恋しくならないか?」


 レティシアの実家であるバロウ公爵家。

 その屋敷は王都の中にある。

 行こうとさえ思えば、行けてしまうのだ。


 誰だって、自分の家が恋しくなる時はあるだろう。

 だから俺としては、気遣いのつもりで聞いたのだが――


「全然。だって私の戻るべき家は、もうオードラン領にあるのだもの」


 さも当然のように、彼女は言い切る。


「それに……私にとっても最も恋しい場所は、アルバンの隣よ」


「……俺もだよ。キミの隣にいられるのが、一番嬉しい」


 互いに手を取り合い、微笑を浮かべる俺とレティシア。

 すると、


「ヒソヒソ……ねぇアレ見て、こんな道端で愛を囁き合ってるわ……!」


「ヒソヒソ……王立学園のカップルよね……?」


「ヒソヒソ……昼間から堂々と見せつけてくれちゃって……!」


 いつの間にか、周囲から熱視線を浴びていた。

 しまった、完全に二人きりの世界に入り込んでしまっていたな……。


「ン、ン゛ン゛っ! レティシア、ちょっと離れて歩こうか」


「そ、そうね。人並みなパーソナルスペースを維持しましょう」


 めっちゃ恥ずかしくなって、俺たちは顔を赤くしたままその場を去る。


 しかし、初の城下町デートはまだ始まったばかり。


 俺たち二人はほんの少し距離を開けつつ、足並みを揃えて町の中を進んでいった。


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