第21話 シャノアの喫茶店②
彼らの姿を見た途端、シャノアの母親の表情は明らかに険しくなった。
「……いらっしゃいませ」
「相変わらずボロくて寂れた店だなぁ。こんな店、とっとと畳んじまえばいいのによ」
「……」
「それで? いい加減
「どうせ大して客も来ないし、不味い飯しか出せないんだろ? はぁ~あ、いつ来ても茶葉の匂いで吐き気がすらぁ」
「――ちょっと」
ピクッと、レティシアの耳が動いた。
聞き捨てならない、とばかりに。
「あなた方の話を聞いていると、紅茶が不味くなるわ。飲食する気がないなら、とっとと消え失せて頂けないかしら?」
「……なんだと?」
「あら、ごめんあそばせ。紅茶の香りも楽しめない下賤な輩と、同じ空気を吸いたくないものですから」
「テメェ……王立学園の生徒か? ハッ、だけど残念だなぁ。学園じゃどんなに偉かろうが、城下町の中では――」
男の一人が、レティシアへと近づき腕を伸ばす。
俺は――その腕をガシッと掴んだ。
「汚い手でレティシアに触るな」
「なっ、コイツ――があああぁぁ! は、放せ! 折れるッ、腕が折れるぅッ!」
手に徐々に力を込め、男の腕を握り潰していく。
骨が軋んでミシミシと音が鳴る。
碌に身体を鍛えてない奴の骨なんて、細い棒きれみたいなモンだ。
折ろうと思えば、簡単にポキッといける。
――あと少しでも力を込めれば、腕がへし折れる。
そんなタイミングで、俺は手を放してやった。
「ひっ……ヒュー、ヒュー、お、俺の腕、折れてねぇよなぁ……!?」
「こ、このガキ、よくも――!」
「面倒くさいなぁ」
「うっ……!?」
「面倒くさいから、殺すか」
ちなみに脅しではない。
こんな虫けら以下の連中を殺すのなんて、目を瞑ってでもできるし。
俺にとって、コイツらは”蟻以下”だ。
どうやら男のたちも、俺の眼差しから危険を察知したらしい。
「ク、クソっ、覚えとけよ……!」
「あなた方も覚えておきなさい。私、レティシア・
「バロウ――って、まさかバロウ公爵家か!? じゃあこっちは、近頃噂でよく聞くオードラン男爵……!?」
おぉ、レオニールが言ってた通りだな。
俺の名前って、本当に平民たちの間で広まってるんだ。
正直、あまり嬉しくはないが。
「知ってるなら話が早い。お前らもマウロ・ベルトーリと同じ目に遭わせてやろうか?」
「ひ、ひぃ……!」
男たちは完全に恐れをなし、脱兎の如く逃げ出していった。
やれやれ、一昨日来やがれってな。
事態の一部始終を見届けたシャノアはしばしポカンとしていたが、
「え、えと、あの……ありがとう、ございました……」
「気にしないで。ところで、あの人たちはなんだったの? 何度かここを訪れている様子だったけれど」
「……地上げ、ですよ」
未だ暗い表情のまま、シャノアの母親が言った。
「彼らはこの辺りを支配するゴロツキ集団の一員です。以前からこの土地を狙って、嫌がらせをしていたんです」
深くため息を吐く母親。
その吐息からは、酷い心労が察せられた。
「彼らが出入りするようになってから、お客さんも減ってしまって……。正直、もう店仕舞いを考えています」
「だ、駄目だよお母さん! ここはお父さんが遺してくれた大事な店じゃない……!」
「わかってるわ。でもいいのよ、私はシャノアが無事に学園生活を送ってくれる方が大事だもの」
「…………ふぅん」
二人の話を聞いていたレティシアは、小さく唸る。
さも悪役令嬢らしく。
「ねえシャノア、一つ質問させて頂戴」
「は、はい……? なんですか……?」
「あなた、Fクラスの”
「い、いえ……興味なんてないです。私は人の上に立つような人間じゃないので……」
「そう。ならあなたは
レティシアはそう言うと、ティーカップの中の紅茶をクイッと飲み干す。
そしてカチャリとソーサーの上に置くと、
「私、このお店がとても気に入ったわ。今日からここは私の行きつけにします」
「え……えぇ!?」
「そうすれば、さっきの方々も迂闊に近寄れないでしょう」
「そ、それはそうかもしれませんが……!」
「アルバン、あなたも付き合ってくれるかしら?」
「勿論。レティシアが好きな場所は、俺も好きな場所だからな。それに……ここの紅茶は確かに美味い」
▲ ▲ ▲
――翌日。
流石に件の決闘があった次の日なので、Fクラスの空気は絶妙に気まずかった。
授業中、皆俺の方をチラチラ見てくるし。
レオニールに至ってはニコニコしながらガン見してくるし。
まあ仕方ないっちゃ仕方ないが。
そんな中でも普通に授業を進めてたパウラ先生は鋼のメンタルを持ってると思うよ、本当に。
で、放課後。
さっそくとばかりに、レティシアはシャノアと共に喫茶店へ向かっていった。
よっぽどシャノアの紅茶を気に入ったのだろう。
珍しくはしゃいでいる様子だったもんな。
――だが、残念なことに俺は別行動。
個人的に、どうしても今日中に片付けたい作業が幾つかあったからだ。
それこそ剣の手入れとか。
なので、部屋の中でお留守番。
例のゴロツキ共だが、昨日の今日で喫茶店にやって来る心配はないだろう。
それって俺たち――というかバロウ公爵家に喧嘩を売るようなものだし。
レティシアもそれがわかってて、わざと”バロウ”を名乗ったんだろうしな。
全く、したたかな悪役令嬢様だ。
「やれやれ、今頃二人はあの紅茶の香りに包まれてるのか~。羨ましい」
部屋の中で剣の手入れを終えた俺は、思わずそんなことをボヤく。
俺もあの美味しい紅茶飲みたいなぁ。
明日もレティシアが行くなら絶対一緒に行くぞ、絶対にだ。
「さーて、剣の手入れは終わり。次は――」
とっととやることを終わらせるべく、次の作業に移ろうとする。
しかし、
”コン、コン”
――という、部屋の扉をノックする音が俺の動きを止めた。
何者かが尋ねてきたらしい。
「……? 誰だろ?」
もうレティシアが帰ってきたのかな?
いや、いくらなんでも早過ぎる気がするのだが……。
不思議に思いつつ、扉を開ける。
すると、そこに立っていたのは――
「ハァイ、アルバン・オードラン。遊びに来たよ☆」
ニヤニヤとした笑みとツインテールが特徴の女。
Fクラスの中で5番席に座るクラスメイト――ラキ・アザレアだった。
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