私と、Misskey.ioのローカルタイムラインの話

 Misskey.ioのローカルタイムラインは繁華街の表通りのように人通りが絶えない。ミスキストたちはその通りを行き交いながら「スーパー偉業」「性癖」「おふとんかけてあげましょうね」などのリアクションを手の中に生成して相手に投げ合う。それは現実世界――Twitterと言い換えてもよい――で傷ついてやってきたミスキストたちがお互いを慰め支え合う、朗らかな電子の抱擁でもあった。

 そんな表通りを見渡せるカフェテラスで、私はココアとベイクドモチョチョを頂いている。.ioの運営の村上さんがコーヒーを飲めないと聞いて店主がココアの店にしたのだ。ベイクドモチョチョは場所によっては今川焼き、大判焼き、御座候と名前を変えるが、ここMisskeyではベイクドモチョチョなのだ。それは全く確かなことだ。

「どうしたの? なんだか今日はぼんやりして」

 テーブルをはさんで私の向かいには、ブラウンのショートボブに丸眼鏡の女性が座っている。私は勝手に彼女をミスキーガールと呼んでいるが、彼女に面と向かって呼ぶのは控えている。自分はMisskeyを代表しているわけではない、とあまりいい顔をしないからだ。

「最近改めて思うんだ。Misskeyは面白いなって」

 私がそう答えると、ミスキーガールはフフ、とほくそ笑む。

「そうね、面白くないと叫んでいる人たちをあまり見かけないからじゃない?」

 その言葉に、私は表通りに沿って建つビルの数々を見渡す。巨大なデジタルサイネージには今日も絵師たちのご自慢の「うちの子」たちが、瑞々しい肢体に作者の執着の凝縮したデザインの服をまとって笑顔を振りまいている。最近はSkebの決済サービスが普及して、「よその子」イラストやアニメアイコンの提供など、この通りにも自身の腕を振るったサービスを出店する個人商店が増えてきた。活気がどんどん溢れていくのが目に見えて分かる。

 ミスキーガールの目の前に、高々と積まれたパンケーキが運ばれてきて、ミスキーガールはそれをスマホで撮影し始める。

「あれ、インスタにでも上げるの?」

 私が訊くと、彼女は首を振り振り、べぇっと舌を出す。

「Misskeyに上げるに決まってるじゃん。.io楽しいよって、『にじみす』とか『すしすきー』に上げるの」

「すしすきーにもアカウントあるんだ。意外だな」

「まあ? あなたが考える『Misskeyを代表するような女性』だから?」

 彼女が意地悪く笑うのを、私は苦笑いで受け取って、また表通りに視線を向ける。

 .ioの表通りの行き交いにはミスキストだけではなく、なぜか生き生きと街に暮らす不思議な生物がたくさんいる。ふるふると黄色い身を揺らしながら歩くblobcatやミヂョミヂョと地を這うツチノコ村上さん、海でもないのに問題なく転がり続けるウニや、最近ではサカバンバスピスという古代生物が表通りの空を悠々と泳いでいる。

 そんな生物たちと、.ioのミスキストは問題なく共存している。もちろん.ioの人々だけではなく、.designや.art、「にじみす」や「すしすきー」などの代表的なサーバーや個人サーバーからの観光客、はたまた学園都市キヴォトスやトレセン学園の女学生たちが.ioのウインドウショッピングを楽しんでいたりする。

 そんな様子を眺めて、微笑ましく胸を温かくして、私はぐっと椅子に背を持たれて空を見上げる。Misskey.ioの空は翠色をしていて、太陽は真珠色に照っている。夜になると深く濃い碧色になって、エメラルドの光を放つ月が昇る。

「そういえばさ、最近Twitterって行ってないんだけど、どうなってんだろうね」

 ミスキーガールがパンケーキにナイフを入れながら訊いてきたので、私はしばらく考えたあと、ため息交じりに言ってしまう。

「私はもともと詩人界隈にいたのだけれど、このまえ少し見に行ったら、みんな何事もなく過ごしていたよ。だから少し気になって、『MisskeyだとTwitterは滅ぶ滅ぶと大騒ぎだけど、そっちは大丈夫?』って訊いたんだ」

「そしたら?」

 ミスキーガールがパンケーキを食みながら訊くのに、私は答える」

「ある一人の詩人がね、『このまま何事もなく滅びます』って答えたんだ」

 私はそう言って椅子のひじ掛けに頬杖を突いた。ミスキーガールはしばらく黙ってパンケーキを食べ続けたあと、ナイフとフォークを置いて、腕組みする。

「Misskeyが盛り上がるのは面白いし、楽しいし、嬉しいことだけれど、そうね、なにかが滅んでいくさまというのは、切ないね。一つの滅びを無邪気に喜べるほど、わたしは意地悪じゃないかな」

 その言葉を聞いて、私は思わず口元が緩んだ。

「僕が感謝するのも変な話だけれど、君の優しさに触れることができるのは、嬉しい」

 そう返すと、ミスキーガールは得意げに微笑んで、ふたたびナイフとフォークを手に取って、言う。

「その気持ち、形にしてくれると嬉しいなー」

 私はハハハ、と笑って頭を抱えていた。

「じゃあ、こんどMisskeyの決済システムがアップデートされたら、ドライブ容量をプレゼントするよ」

 Misskeyのミスキストたちは今後も「支え合う」のだと思う。それが、数値を競い合う今までのSNSとの違いだと言える。これからまた利用者が増えたらどうなるかは分からないが、いまはその「支え合い」に、存分に甘えて、また自分も誰かを支えたいと思う。

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りは今日も「偉業」のカスタム絵文字が飛び交って、翠色の空に浮かぶ真珠色の太陽のもとで、ミスキストはみな、暮らしの孤独を庇いあいながら、表通りを活気づけていた。

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