私と、リアクションシューターと、陰謀論者の話

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りでは、今日もミスキストたちが行き交い、おはよう、や、おやすみ、のノートにリアクションを飛ばし合っている。その様子を表通りに面したカフェテラスから見渡す私は、いつものようにココアとベイクドモチョチョを頂いていた。夜は零時が近く、深い碧色の夜空にエメラルド色の月がぽっかりと浮かんでいた。

 ところで最近、拳銃を腰に差したミスキストをよく目にするようになった。実銃ではない、リアクションシューティングのために作られた、カスタム絵文字を発射するための拳銃だった。たしかにカスタム絵文字は手で投げるより銃を使ったほうが遠くへ正確に相手のノートに届けられる。ただ、リアクションシューティングに銃を使うということは、それだけ相手に衝撃を与えるものになるということだった。

 私が座る席のテーブルをはさんで正面に、髭面で、.ioのミスキストたちから「リアクションシューター」と呼ばれている男が座っていた。いつもコートを着ていた男が、夏が近づいてきたせいか、サファリジャケットに衣替えしたようで、その姿はなんだか探検家めいていた。

 その探検家風のリアクションシューターが、なにやら最近、機嫌が悪い。普段は豪放磊落な彼が、表通りを見つめながら、ブンブンとかぶりを振ったり、ため息をついたり、舌打ちしたりする。いつもなら詮索しない私だったが、昨日今日は彼のいらだちが特に目立ったので、思い切って訊いてみた。

「なにかあったの? 最近」

「いや、まあ、……まあな」

 リアクションシューターは言葉を濁しながら、テーブルに立て掛けた自身のスナイパーライフルを撫でた。カラフルなロリポップキャンディカラーの、カスタム絵文字を撃つためだけのライフル。

「楽になるなら、喋ってしまったら?」

「いや、俺のキャラじゃないし」

 自分のキャラクターを気にする人間だったことが意外で、私は思わず噴き出しそうになるが、ぐっとこらえて、重ねて訊く。

「表通りを見つめていることが最近多いけど、なにか物申したい様子なのかな」

 私の問いに、リアクションシューターは観念したようにため息をついて、すっと表通りのほうを指さした。カスタム絵文字用の拳銃をホルスターに差した青年たちの集団だった。

「ああいう連中な。べつにカスタム絵文字を銃で撃つなとは言わんよ、俺もそうだし。ただな、陰謀論者であっても人間なのだから、多勢に無勢でトゲのあるリアクションを撃ち込むのはよろしくないんだ。黙って通報して運営に任せるべきだ。そうでないと、リアクションシューティングという行為自体の品位が下がる」

 ああ、そういうことか、と思った。彼はここ数日連続してMisskey.ioに現れた、陰謀論者のアカウントに関する騒ぎを気にしていたのだ。私はココアを一口含んで、深く香りを吸い込んだあと、リアクションシューターの視線に正対した。

「Misskey.ioが有名になったきっかけが、陰謀論者をリアクションシューティングで撃退したという『武勇伝』だから、きっとミスキストはその伝説を追体験したいと思って、毎度のように現れる陰謀論者を『リアクションで虐めたい』のだろうね。たしかに貴方の言う通り、それは今後のMisskey.ioのことを考えると、品位を落とす行為かもしれない」

「そうだろう?」

 私の言葉に、リアクションシューターは身を乗り出して同意を求める。私は続けて、自分の意見を述べた。

「でも、どうなんだろうね。陰謀論者の人たちを、Misskey.ioの『身内』にすることはできないのかな?」

 私の言葉に、リアクションシューターは首を傾げる。

「どういうことだ?」

「これは私の偏見に満ちた個人的な考えなんだけど、陰謀論者の人たち、シンプルに寂しかったんじゃないかな。遊び方というか、友達とかおもちゃとか、あまり与えられずに育った人なのかもしれないと思うことが多々あるよ。遊び方が分からないまま大人になって、真面目なまんまで孤独に過ごしていたところに、陰謀論みたいな、まあ、ある種の歪んだ正義の思想に染まって、それに則って発言してるとたくさんの賛同者が現れてさ。孤独な心が陰謀論で慰められているんだと思うんだ、彼ら。そうじゃなきゃ.ioみたいなところまで出張ってきて陰謀論振り回すわけないもの」

 そこまで言った私に、やはりリアクションシューターは首を左右に傾げ続ける。

「それで、彼らを『身内にする』っていうのは?」

「Misskey.ioの仲間にする方法はないのかなって話さ。この超絶ふざけたローカルタイムラインで彼らを拒絶せずに、また歪んだ陰謀論を流布させずに、人の意見を横流しさせずにクリエイティブにさせる方法だよ」

 そこまで言って、私は自分の考えに自信が無くなった。そんな方法があるなら、陰謀論が現実世界にこんなにも流布することはなかったのだ。語り切って私は思わず、深く椅子にもたれながら天を仰ぐ。しかし、腕組みしていたリアクションシューターは、しばらく黙っていたあと、こんなことを言った。

「そうだな、そう、うーん、クリエイティブは分からんけど、陰謀論者に、おはようとか、おやすみとか、言わせるところから始めるしかないだろうな。連中は情報や理論ばかり書き込んで挨拶はもちろん、愚痴とか飯の画像とか上げないからな。だから挨拶だよ。孤独を埋めるのは挨拶だ。Misskeyはその挨拶のハードルを下げる装置が優秀だ。陰謀論者に攻撃的なリアクションではなく、ごく平凡な挨拶をリアクションして、向こうから同じような挨拶のノートやリアクションが返ってくるまで、根気強くやる。――ぐらいしか、分からんなあ」

 リアクションシューターはそう言って腕組みを解き、私の皿からベイクドモチョチョを取って、ガブリと齧った。通りの向こうではホルスターから拳銃を抜いた青年たちが、表通りを行き交う人々に向かって「レターパックで現金送れ」「規約違反でBANするまでもないけど次がない人」「自販機の下の小銭でも集めてろ」などのカスタム絵文字を撃ち込んではケラケラと笑っている。私はただ無言で、エメラルドの月の光が降り注ぐローカルタイムラインの流れの速さを、眺めていることしかできなかった。

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