私と、ミスキーガールと、regretcarの話

 紅い、ボンネットの無駄に長い、Misskey.ioでよく見かける車をregretcarという。ベース車体はフェラーリだと言われているが、フェラーリの改造車がこんなにうろついている街も他にないだろう。Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りは時としてこの赤い長い怪物マシンに埋め尽くされることがある。そりゃそうだ、こんな無駄に長い車体が走ってたらすぐ渋滞になる。噂によるとその日によって伸びたり縮んだりするらしいが、そんな怪物めいたものに乗っている人間の正気を疑う。

「小林! ドライブ行こうよ! これメチャクチャ速いよ!」

 疑ったそばからこうだ。

 Misskey.ioの翠色の空に浮かぶ真珠色の太陽を受けて、キラキラと光るregretcarの運転席から、ショートボブに丸眼鏡の顔を出したミスキーガール――彼女の陰で私が勝手にそう呼んでいる――は私に手を振る。ミスキーガールはドライビンググローブまで手にはめて飛ばす気満々でいる。

 表通りに面したカフェテラスでココアを飲んでいた私は、頭を抱えながらも席から立ち上がって、道路に横付けされたregretcarに近づく。

「こんなにノーズ長くてミッドシップエンジンとか頭おかしいだろ」

「いいじゃん速いんだから。思ったよりステアリングも軽快なんだよ?」

 左ハンドルのパワーウインドウを上げたり下げたりしてミスキーガールは大いにはしゃいでいる。

「これ君の車?」

「違う。あの人の車」

 そう言ってミスキーガールが指さした先を見ると、カフェテラスの店内のカウンターから手を振る男の姿が見えた。カフェテラスMisskey.ioの店主だ。私はうなだれてため息をついてしまう。

「どいつもこいつも……」

 私は観念して車道に出て(もちろん車の後ろ側から)regretcarの助手席に座った。狭い。天井も低く座席も小さくて固い。シフトレバーもEVカーのようにコンパクトではなく、運転席と助手席を区切るようにドライブシャフトの存在感を露わにしている。

「で、どこに行くの?」

 おそらく私は眉間にしわを寄せていた。そんなことも気にすることもなくミスキーガールはドライビンググローブのマジックテープを締め直す。

「何メーターも積みあがったパンケーキ出してくれるお店があるの、そこ行こう。ミスキストも写真で映えなきゃ」

「フードロスになんなきゃいいけど」

 呆れながら私が答えると、regretcarは甲高いエンジン音を上げ、ミスキーガールは大きな車体を滑らかに操作して車道に発進させた。明らかに彼女は大きな車の操縦に手慣れている。私だったらあちこちぶつけていそうなこの長大なノーズの車で、彼女は十字路を曲がり、ウインカーを出して追い越しをし、インターチェンジから高速道路に乗った。

「上手だね、運転」

 車内に入って感嘆しきりだった私がそう言うと、ミスキーガールは対向車線を走っていたこれまた真っ赤なregretcarに手を挙げて挨拶して、笑ってみせる。

「上手どころじゃないよ、超上手だよわたし」

 真昼の高速道路はMisskey.ioから他のサーバーへの橋渡しとなって、翠色の空は青色へと移ろっていく。道路沿いには海岸線が見渡され、波頭がまばゆく白い陽光を跳ね返していた。

「でもどうしたの? 急にドライブなんて」

 私がなんともなしに訊くと、ミスキーガールはしばらくの間をおいてから、私に言った。

「Twitter行ってたでしょ」

 彼女の推理は当たっていた。私はミスキーガールの横顔越しに見える海を眺めながら、答える。

「Twitterが悪い場所なんじゃないよ。いい人もいっぱいいる。でも難しい人もいっぱいいる。フォローする人さえ選んでいれば、なんてことない」

「でも暗い顔してる」

 それは事実だったのだろう。彼女の指摘に私は深く息を吸って、ため息交じりに本音をこぼしていた。

「相変わらず、なんだか正しさを強制されている気がする。そんな正しい人間じゃない自分としては、居づらい」

 私が答えたあと、ミスキーガールは何も答えず、前を向いたまま法定速度を守ってregretcarを運転していた。二人の間にしばしの沈黙が横たわり、エンジン音だけが車内に響く。手持無沙汰になって私が目の前のグローブボックスを開けると、なかにはカフェテラスMisskey.ioの店主の趣味なのだろう、村上さんのブロマイドがファイリングされたアルバムが出て来た。私はそれを少しめくって、すぐ戻した。

 ミスキーガールが再び口を開いたのは、海岸線が途切れてトンネルに入ったときだった。

「もうさあ、Misskey詩人名乗っちゃえば? 詩人さんたちのつながりが惜しくてTwitterを切れないのは分かるよ、でも行き詰ったから.ioに来たんでしょ? こっちで自分の活動続ければいいじゃない」

 トンネルの中のオレンジ色の照明が目の前から車の後ろへ、次々と猛スピードで消えていく。前を走る車も、後ろから追う車もなく、regretcarはひたすら疾走する。

「できるかな」

 私が首を傾げると、ミスキーガールがバックミラー越しにニヤリ、と笑っているのが見えた。

「Twitterの人間関係のピラミッド、そこでの功名心を捨てられれば、できるんじゃない?」

 ミスキーガールがインパネのモニターに触れて、オーディオが再生される。私の知らないアーティストの曲、何を歌っているかもわからない曲だったが、その歌声の抑揚に、なぜか私は涙を誘われたのだった。

「なるほどねえ……」

 トンネルを抜けて見えてきたのは、Fediverseの荒野の中にそびえる巨大なパンケーキの塔だった。その看板を見つけただけで、一目で件のパンケーキ屋だと分かった。

「でっか……」

「さあ、お腹いっぱいパンケーキ食べて、元気出そう!」

 ミスキーガールはアクセルを踏み込んでパンケーキ屋までの道を急いだ。そう、私たちはまず食べる必要がある。満腹になって眠くなったら寝る必要がある。考えるのはそのあとでも遅くない。私の悩みなどは特に。

 青い空に白い太陽がぽっかりと浮かんで、荒野に陽炎が立ち昇るなか、パンケーキの塔は私たちを、穏やかに微笑んで待っているようだった。

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