私と、グローバルタイムラインの幹線道路の話

 この曇り空の下に居場所がない。雨でも降り込めてどこかへ流し去ってくれないかとさえ思う。鈍重な積雲は微動だにせずFediverseの上空を厚く遮っている。

 今日はMisskey.ioのローカルタイムラインの表通りから遠出して、グローバルタイムラインの幹線道路の見物に来た。あちこちでデモの各群が行進している。いまのところ、散発的なシュプレヒコールが四方から放たれるが、大きな波になる様子なはない。

 両側十車線を跨ぐ大きな陸橋の上から、私は、ショートボブに丸眼鏡の女性――秘かに私がミスキーガールと呼んでいる――と二人で、その様子をじっと見つめていた。手にはカフェテラスからテイクアウトしたココアのグランデの紙コップと、ベイクドモチョチョのカスタード味。湿気が籠った寒々とした風にすっかり冷めきっていたけれど、今日はこれ以外のものを口にする気力が無かったので、ちょうどいい。

「こんな曇りの日にわざわざここに来なくても」

「うん」

 ミスキーガールの言葉に、私はただ頷くだけ。

 頭の中はまるでがらんどうで、目に入る様々なメッセージのプラカードの言葉を理解することができない。頭痛がひどい。でもこの情景をいちど見渡しておかなければならないと思ってここに来た。かといって、一人で来る勇気がなくて、ミスキーガールを連れてきてしまったけれど。

「どうしてここに来ようと思ったの?」

 ミスキーガールの問いに、私は首を傾げながらも、言葉を探す。

「……正しさってさ」

「うん」

「正しさって、自分で訴えていかないと駄目でしょう? みんな価値観が違うから、どれだけ相手を納得させられるかが鍵になってくると思うんだ」

「うん」

 私の言葉に、ミスキーガールはただ頷いてくれる。私は目下の幹線道路を指さす。

「ここにいる人たちは、みんな正しいと思うんだ。自分の正しさを証明するだけの根拠を説明できる人たちだと思うんだ」

「うん」

「そういうときに、私はいつも言葉が足らなくて、間違っているんだよな」

「うん」

「私はMisskey.ioが好きなんだと思う」

「うん」

「それが間違っていると言われると、そうなのかな、って不安にもなる」

「うん」

「私は怪文書というか、詩というか、創作の人間だから、面白そうなものを書いて、面白いねって言ってもらえたら、ありがとうって感謝することはできるのだけど、私は言論の人間じゃないから、世の中の問題に対する批評とか、価値観が違う人たちとの議論や、折衝とか、論破とか、苦手というか不得意なんだ」

「うん」

「だから、いざ自分が好きなものに対して、その問題点や批判の意見をもらっても、それがなぜ良いかとか、問題ないかとかを説明できなくて、相手の意見をひたすら受け入れてしまってたんだよな」

「うん」

「だけど、相手の意見をすべて受け入れることを反省だと思っていたけれど、結局心の底では、反省できてないというか、譲れないというか、そういうものがあって」

「うん」

「Twitterのときも、そうやって自分の好きなもののいろんな間違いを反省してきて、でも結局自分の核心の部分を変えられずに罪悪感を覚えて、それに我慢できなくてTwitterから逃げてきて」

「うん」

「またMisskey.ioでも、同じことになるのかなって」

「あなたねえ」

 私の言葉をさえぎって、ミスキーガールが深くため息をついた。

「まだ問題の途中だよ? わたしたちがこれからいくつもの問題に直面するとしても、まだ結論を出すときではない。少なくとも、わたしたちがTwitterからMisskey.ioに『避難』したときと状況が同じということは全くない。けれど、すべてが薔薇色になることなんて絶対にない」

 陸橋の欄干をベイクドモチョチョを持った手で叩きながら、ミスキーガールは私から視線をそらさない。

「わたしたちは考え続けなければならない。たとえ苦しくても。それは楽しいMisskey.ioをひとり一人が守るために必要なこと」

「こんな議論さえ許されないかもしれない」

 私が言うと、ミスキーガールは首を強く横に振った。

「これは議論ではないよ。わたしたち一人一人の『自省』だよ」

「自省。自省か。できるかぎり続けていきたいことだね」

 私は小さく頷くが、それでも首を傾げがちだった。ミスキーガールは眉尻を下げながらも微笑んで見せる。

「少なくとも、他者から自省を『促される』前に、自分からやっていこうよ」

「それでも間違いを犯してしまったとしたら?」

 私が訊くと、ミスキーガールは私の頬に指を伸ばして、すっと撫ぜた。

「私たちは間違い続けて、謝り続けて、少しずつ賢くなって強くなる。少しずつでもいいから、死ぬまで良くなっていこう、ね」

 グローバルタイムラインの幹線道路の曇天がこのタイミングですっと割れて日差しが射しこむ、ということはない。依然として世情と同じく雲は分厚く垂れこめている。それでも私は考え続けなければならないだろう。楽しくやるためにも試行錯誤が必要なのだ。

 私はベイクドモチョチョを頬張って、グランデのココアをぐっと飲み干して、ミスキーガールからごみを受け取って、ゴミ箱を探しに、グローバルタイムラインをあとにした。ゆっくり、ゆっくり歩いていこうと思う。

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