私と、MFMアーティストの話

 巨大な世界樹の枝葉に煌めく木漏れ日を浴びて、にゃんぷっぷーやウサギやツチノコ村上さんが草原の風に遊んでいる。かけっこなのか鬼ごっこなのか決まっているわけでもなく、お互いの心通わすままに大樹の下で走り回っている。草木のそよぐ音だけがあたりを満たして、外界から平穏を守っている。ときどき、にゃんぷっぷーが樹上に光る太陽に目を輝かせては、木陰の平和に感謝する――。

 そんな風景が、Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りに建つ、ビルの屋上にホログラムで映し出されている。これもノートに組み込まれたMFMアートである。

 MFMアートは今はMisskeyの中でしか見れない創作物だ。作家たちはカスタム絵文字を自在に組み合わせてノートの中に小宇宙を作り上げる。その超絶技巧にミスキストたちは感嘆のため息を漏らし、憧れて自ら作り始める者もいる。

 表通りに面したカフェテラスからそのビルは少し遠かったので、テラス席でぼんやり眺めながら、とはいかなかったが、今日はすこし勝手が違って、なぜかMFMアートがカフェテラスの店内にディスプレイされていた。

 ガラス張りのドームの植物園に咲く南方の花々。にゃんぷっぷーがその一つ一つに如雨露で水をやっている。花や葉は出来合いの絵文字ではなく、たくさんの抽象記号の色と形を数値指定し、レイヤーで重ねて造形されていた。見ただけでその途方もない作業の丁寧さが見て取れた。しかも、ホログラムではなさそうで、まるで実在するものを目の当たりにしているようだった。

「すごいでしょ」

 立ち尽くして見とれていた私に、店主が声をかける。

「作ってもらったの?」

「いや。ここで講座を開きたいっていうから、サンプルを展示させてあげたの」

 訊いた私に店主は、店内の奥のほうを指さす。そこでは、大きなテーブルを囲んで、講師然とした人の号令のもと、生徒が手元の端末で目の前のホログラム装置にMFMアートを作り出していた。

「あれなの?」

「そう。MFMアーティストによるMFMアート講座。場所を貸してもらえませんかって訊かれたから。どうぞどうぞ、って感じのクオリティだよね」

 そう言って店主はカウンターの奥へと引っ込んでいった。私はココアとベイクドモチョチョを頼んで、その講座を遠目に眺められる席に座った。

 講師をしているMFMアーティストは、中性的、といったら失礼かもしれないが、あまり性徴を感じさせない雰囲気の人だった。テーブルの周りを歩いて生徒のホログラム映像を指さしながらアドバイスする。そのときに見せる笑顔はディスプレイのMFMアートの稠密さからは想像できない朗らかさだった。

 講座が終わったようで、生徒たちはそれぞれの目前に映し出されたMFMアートをスマホで撮影したあと、ホログラム装置の電源を切っていった。おそらく生徒たちは教わって作ったMFMアートを、帰ってから自分の部屋のホログラム装置に映し出したり、ノートに載せてリアクションシューティングを待ったりするのだろう。Misskey.io内であれば、プログラムでどこででも再現できるのがMFMアートの魅力でもある。

 講座を終え、荷物をまとめ始めたMFMアーティストに、私は話しかけたくなって席を立ちあがった。

「お疲れ様です。素敵なMFMアートですね」

 私に声をかけられて、MFMアーティストは少し驚いた表情を見せたが、すぐに先ほどの朗らかな笑顔を見せて、頭を下げた。

「ああ、ええ、ありがとうございます」

「あれは3Dプリンタですか?」

 私がディスプレイを指さして訊くと、MFMアーティストは軽く首を横に振った。

「いえ。テーブルの上に載せた特殊な板にPCをつないでMFMアートを入力すると、リアルタイムで立体化されて現れるんです」

「本当に生きてるみたいですね」

「ええ、実物ですよ、.ioの中での『実物』ではありますけど」

 私は吃驚して、MFMアーティストに訊く。

「実物?」

「ええ」

「たとえば、触っても?」

「大丈夫ですよ」

 許可を得て、私はディスプレイに近づいていく。ガラス張りのドームに恐る恐る触れてみると、中のにゃんぷっぷーが振り向いて頬を膨らませて怒り出した。私の指をガラス越しに押し戻そうとして顔を真っ赤にしている。

「へえ」

 私はただただ感心するばかりだった。

「可愛いもんですね」

「恐れ入ります」

 MFMアーティストは微笑んで会釈した。

 そのとき、外のローカルタイムラインの表通りを、バカデカ絵文字のMFMアートを載せたトラックが疾走していった。街行くミスキストの視線は集まっていたが、騒音がひどいことこの上ない。

「ああいうのはどう思います?」

 訊かれて、MFMアーティストはゆっくり首を振った。

「ああいうのはサイレンスになってしまいますから」

「チャンネルで好きにやるなら良いと?」

 質問を重ねると、MFMアーティストは首を傾げて、やはり首を振る。

「私は自分のMFMアートを色々な人に見てもらいたいので。承認欲求モンスターなんです」

 私はMFMアーティストにココアを一杯おごらせてもらった。普段はあまり自分からは自己紹介したりはしないのだが、ディスプレイの作品に感心したことを率直に伝えるために自分も創作活動をしていることを話したりした。

 盛り上がった会話が落ち着いて、私は満足とともにこんな言葉を漏らした。

「Misskey.ioはやっぱりいい。いろんな表現が自由に生まれてくる」

 するとMFMアーティストは少し表情をこわばらせて、首を振った。

「それは私たちの表現したいものがたまたま表現を許されているからであって、他者から目の敵にされるものへの表現の情熱を抱いてしまった人にとっては、やはり苦しいと思いますよ」

 そしてMFMアーティストはひと口ココアを飲んで、ゆっくり頷く。

「いけないことだとか、間違っているとか、言われないというだけで、自分の表現に自信を持っていいとさえ言えると思います。私も色々な表現を試してきて、その度に色々な人から批判をされて、そしてそれに耐えられなかった。だから、いまこうしてMFMアートで自分の表現が受け入れられて、皆さんからたくさんリアクションシューティングしてもらえることが、それだけですごく嬉しいんです」

 その言葉に、私は最近個人的に気になっていたことを訊く。

「表現は限りなく自由であるべきだと思いますか」

 MFMアーティストは腕組みして、首を傾げて、そのまま首を振る。

「思想とか哲学とかは、正直よく分かりません。私はMisskey.ioのルールに従って、自分のMFMアートを追求するだけです。ただ、気になることがあるとすれば」

 と言って、MFMアーティストはディスプレイを指さした。

「あの作品、カワイイですかね?」

 その問いに、私は自信をもって笑顔で答えた。

「そりゃもちろん、カワイイ。何物にも代えがたく」

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