私と、Misskey.ioで旅の記録をノートするアカウントの話

 Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りでココアの香りが漂えば、その近くにはカフェテラスがあるはずだ。そこではベイクドモチョチョを目当てにやってきた新規ユーザーや他のサーバーからの客たちが待ち遠しそうに座り、数カ月で10000ノートを越えてしまったようなミス廃がスマホとノートPCとタブレットを同時に駆使して時間を潰し、NSFWブランドの服を纏った男の娘や女の子に目を奪われた絵師や怪文書書きがアイデアを聞き出そうと街へ繰り出していく。カフェテラスで過ぎていく、全く無駄で、何物にも代えがたい時間と空間。

 ここにいる人たちは皆、私がミュートしていない人たちだ。ミュートしている人をさらにブロックすれば向こうからのリアクションも断たれて、同じMisskey.ioにいながらにして完全に別の世界の人となってしまう。

 とりわけフォローするほどではなかったが、ローカルタイムラインでよく見かけていた人が、いつのまにか姿を現さなくなったりする。そういうとき私は、ああ、ブロックされたのかな、と気づいて、すこし悔やんでしまったりする。自分にも言動に棘があることは少なからずあるし、価値観の不一致を無理にねじ伏せようとするつもりなんて毛頭ないから、先方のブロックに文句をつけるなんて気持ちは全くないけれど、自分に非があるところもあったのだろうなと思い当たる節を数えて、寂しくなったりする。そもそも相互フォローでも何でもないから繋がりに恋々とする理由もなく、できることなんて、反省して今後の言動に気を付けるぐらいだけれど。

 今日も私が座るテラス席では「ミスキーガール」が同席している。ブラウンのショートボブの耳元をかき上げながらココアを飲み、丸眼鏡のブリッジを指で直してはスマホに食い入るようにノートしている。私は彼女を「ミスキーガール」と目の前で呼んだことは無いけれど、Misskey.ioで懇意にしているひとだったから、心の中でそう呼んでいる。

「知ってる? この人」

 そう言ってミスキーガールはスマホの画面を私の方に向けた。最近Misskey.ioで活発にノートを投稿している、日々の旅行記を発信しているアカウントだった。食事はキャンプで、宿泊はテントで。ときどき警察に職務質問されたりしながらも、行く先々の人々の生き生きとした生活の写真や、夕闇や朝焼けが美しい風景をとめどなく投稿している。私より後にMisskey.ioに登録していたらしいが、フォロワーがあっという間に1000人を超えていた。

「見てる? あの人のノート」

「まあ、そこかしこに流れて来るし、見てるというか目に入るというか」

 そのアカウントの写真はローカルタイムラインの表通りのデジタルサイネージにも表示されるようになった。その風景写真に見とれて足を止めて見入っているミスキストも多い。

「フォローはしてない?」

「してないね」

 私がそう言うと、ミスキーガールはふうん、と言ってスマホをしまった。

「嫉妬してる?」

 意地悪そうにミスキーガールが笑うのに、私は努めて鼻で嗤って虚勢を張る。

「それこそInstagramとかのほうが向きなコンテンツだと思うのだけれど、どうしてMisskeyの、それも.ioでやってるんだろうね」

「それはほら、あれ」

 ミスキーガールがまたココアを飲んで、一息ついて、私に正対する。

「旅人って一つの場所にとどまってられないんじゃない? たぶん彼の中では名を売ることよりも、色々なSNSの空気に触れて、そこで体験する様々を自分の糧にしたいんじゃないかな」

「へえ」

 私は何となく心に引っかかりを感じて、黙ってしまう。こんな、何の棘もないコンテンツを提供し続けているアカウントさえ、時として私の心をひどく苛立たせることもある。こちらの嫌悪感に正当な理由が無いとしたら、大人しく身を引いてブロミュするのが筋だ。それをするなと誰かに否定されるいわれもない。

 私が誰かにブロックされることと私自身が誰かをブロックすることはまったく理由が違うと信じたい。私は私をブロックする人を尊重したい。それがMisskey.ioのマナーだと思う。

「訊くけどさ」

「なに?」

 私の問いにミスキーガールは軽く首を傾げながら応じる。

「君は私をブロックしたくなったことがある?」

 私が問うと、ミスキーガールは軽く笑った。

「どうしたの急に? あるわけないじゃん」

 そう答えたあと、私が黙っていると、ミスキーガールは表通りのほうを眺め、自分の指先を見つめ、少し口をとがらせて、眉根をひそめた。

「ねえ、嫌だよ、ブロックしないでよわたしのこと」

 そう迫るミスキーガールに、私も笑顔で答える。

「しないよ。君のことは好きだ」

 私がそう言うと、ミスキーガールはご機嫌な表情になって、言葉を確かめるように深く頷いた。

「それならいいけれど」

 表通りの巨大なデジタルサイネージには、ノートのハイライトが更新され、村上さんの発信する情報にミスキストが振り向いて、ときに拍手したりしていた。ローカルタイムラインの表通りのほかに、こんどはMinecraftのサーバーにも.ioを冠した街ができるかもしれない。

「ねえ」

 ミスキーガールが呼びかけて、わたしは彼女に振り向く。

「もし誰かにブロックされたかもしれないって気にしてるんだとしたら、失ったものより、いま手にしているもの、目の前にあるものを大切にしなよ。そこのベイクドモチョチョとかね」

 そう言った次の瞬間、ミスキーガールは私の手前のプレートからベイクドモチョチョを奪い取って、ひと口で頬張ってしまった。

「あっ」

「大切にしないとこうなります。身をもって勉強になったねえ」

 そう。私も相互フォローの人々とのホームタイムラインでの息遣いを楽しみ、日常報告のノートにリアクションシューティングしてくれる人々との情緒の遣り取りに感謝しなくてはならない。それが出来ることがMisskey.ioの最大の発明であり、他のSNSでは体験できないかけがえのないものなのだ。

 翠色の空に真珠色の太陽が平和に浮かぶ昼下がり。旅先での記録をMisskey.ioに報告する彼に、ミスキストは「素敵」「かわよい」「最高」「阪神」といったリアクションを投げて称賛する。私は手元から「うまそう」のカスタム絵文字を、旅先の彼がバーベキューで焼くボロニアソーセージのノートに向かって投げつけて、そういえば昼ご飯を食べてないなと思い出したりした。

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