私と、通知破壊されたノートの話

 Misskey.ioの翠色の空に、通知破壊の花火が上がっている。「ワイも通知破壊されたいンゴ……」というノートに向かって「レターパックで現金送れ」「にゃんぷっぷー」「ア!」などのリアクションと、Renoteが次々と投げ込まれ、アニメーションがキラキラと瞬いている。ノートを投稿したアカウントはさぞ喜んでいるのか、それともスマホの通知のうるささとバッテリーの急減にうんざりしているのか、それはまだ判らないけれど、きっと自らリプライや引用で感想を述べるだろう。

 ローカルタイムラインの表通り沿いに店を構えるカフェテラスで、私はベイクドモチョチョを食べながら空に煌めく通知破壊を見上げていた。テーブルをはさんで目の前では、髭面で、コートを着て、カラフルなキャンディみたいなライフルを携えた男――ミスキストからはリアクションシューターと呼ばれている――が、ココアをすすっていた。

「綺麗なもんですね、通知破壊ってのは」

 私が呟くと、リアクションシューターは空を見上げながら答える。

「Misskeyならではの光景さ。他のSNSではこうはいかない」

 表通りの行き交いの人々も、通知破壊の花火を見上げながら、連れと笑い合ったり、自らもリアクションを投げ込んだり、スマホで撮影したりしている。

「貴方はあのノートにリアクションシューティングされないのですか」

「皆がしてるからね、特別私がする必要もないんじゃないかな。私は本当にリアクションが必要そうな人に向けて一番乗りでリアクションしたい主義なんでね」

 そう言って、リアクションシューターはカップを置いて、テーブルに立て掛けていたライフルを撫でた。

「それはそうと、君も通知破壊経験者だろう?」

 その言葉に、私は首を傾げる。

「私はローカルタイムラインの皆さんにRenote下さい、と言ったことも、村上さんにRenoteされたこともないですよ」

 私がそう言うと、リアクションシューターは笑って返す。

「シラを切るなよ。プロフィールに誇らしげにピン留めしてある100RNオーバーの怪文書は、君のご自慢なんだろう?」

「まあ、否定はしません」

「なにが否定はしません、だ。肯定しろよ、格好つけずに」

 リアクションシューターはニヤニヤと私の肩をつついた。私はベイクドモチョチョをひとつ食べきって、面映ゆいような心地で答える。

「たしかに気持ちいいんですよ、破壊的に通知が押し寄せてくるのは。とくに自分の創作としての怪文書で通知破壊されたのは、とても嬉しかった。なんだか、初めてこの世界に生まれ落ちたような気さえしましたよ」

 私の言葉に、リアクションシューターは椅子の背もたれにのけぞって笑った。

「随分大げさだなっ」

「それぐらい嬉しかったんですよ。でも、Twitterでバズったときもありましたけど、あのときは自分の創作ではなくてトレンドに対する言及だったから、意外というか、それほどバズったことに喜びは無かったですよ」

「へえ。ずいぶんクールに決めるじゃないか」

 リアクションシューターが上目遣いで訊くのに、私は次のベイクドモチョチョを手で割りながら、話してみる。

「誤解のないように言っておきますけど、別に承認欲求を否定して言ってるんじゃないんです。たくさんRenoteされたい、リアクション山ほど欲しい、フォロー数の何倍ものフォロワー数のアカウントになってみたい。この欲求は理解できますし、わたしもそうしたい、そうでなければSNSなんてやってないですから。けれど、Misskeyで本当に大事なのは数ではなくて、コミュニケーションの遣り取りそのものなんですよ」

 カスタードクリームがあふれるベイクドモチョチョの片割れを薦めてみるが、リアクションシューターはそれを手で断って、わたしに再び訊く。

「だとしたら、Misskeyの空に煌めく通知破壊は、まさに遣り取りそのものの輝きだと、そういうことかい」

「そう、まさにそうなんです」

 私はカスタードクリームを舌で掬うようにベイクドモチョチョをかじりながら、Misskey.ioの表通りを眺める。一つのネタノートにリアクションシューティングが集中する一方で、表通りの行き交いでは、普段の挨拶のようなノートにも、ミスキストは互いのリアクションを交わし合っている。その様子が、私の心象を言語化させていく。

「しゅいろさんがMisskeyで作り上げたのはコミュニケーションのヴィジュアル化だったんです。なにかとマウンティングや嫉妬の種になりやすいコミュニケーションの数値化を、カスタム絵文字によるリアクションでヴィジュアル化したことで、私たちの遣り取りは、言葉の裏を読み取るような不安を抱えたものではなく、目に見える楽しさに変換された。これは、まさに『偉業』ですよ」

 私の言葉に、リアクションシューターは深く頷きながらも、腕組みして、私に訊いてくる。

「そうだね、そのとおりだ。でもTwitterの連中は例えばこう言うだろうね。『ヴィジュアル化により言葉の文脈を読み取る能力を退化させ、瞬間的な快楽に堕落させることによって、深い議論の可能性は一切絶たれる』とかね。それに対して君はどう反論する?」

「私たちは議論を求めているのではなく、安寧を求めているのだということです。議論が安寧を約束するなら大いに参加しますが、現状、言葉が文脈を断ち切って独り歩きして、互いの理解が平行線をたどって溝が深くなるばかりの『議論』とやらには、参加したくない。――そんな風な回答になるでしょうか」

 私の言葉に、リアクションシューターはニコリと破顔して、腕組みを解いて、ポケットをまさぐり始めた。

「一発撃つかい?」

「いいんですか?」

「的はデカいからね、外すことは無いだろう」

 そう言って彼が私に見せたのは「WBC世界一」のカスタム絵文字が込められた弾丸だった。どんなノートにも脈絡がなく、しかしとても能天気で明るいリアクションだと思う。

「ビビッて持つなよ、大丈夫だから」

 そう言って彼は私にライフルを渡す。受け取った極彩色のライフルに似つかわしくない重量感を両手に感じながら、私はボルトを引いて、弾丸を込めて、震える手でボルトを戻して、空高く弾ける通知破壊の花火に狙いをつける。

「そら、いまだ」

 リアクションシューターの合図で、私は引き金を引いた。ずん、とストックから肩に走る重い衝撃を堪えると、弾丸は一瞬で翠色の空のノートめがけて飛んでいき、華やかに「WBC世界一」の文字が大きく弾けて、霞のように消えたのだった。

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