私と、ツチノコ村上さんの話
Misskey.ioのローカルタイムラインの表通りを、ネコミミを生やした丸々太った蛇のようなライトブルーの生き物、いわゆる「ツチノコ村上さん」が這っている。それも何匹もである。ミスキストの行き交いを上手に避けながら、ときにビルの隙間から、ときにデジタルサイネージの陰から現れ、堂々と道を征く。
様々な絵師たちによって生み出されたツチノコ村上さんが、様々な絵師たちの「うちの子」たちに可愛がられ、また村上さんのコスプレをした子たちに一緒に写真を撮られたりしている。
ツチノコ村上さんに若干のミュータントのような印象を受けながら、ローカルタイムライン沿いのカフェテラスで、私はいつものようにベイクドモチョチョとココアを頂いていた。テーブルをはさんで向かいにはショートボブに眼鏡の女の子――私はミスキーガールと秘かに呼んでいる――が、キングサイズのアイスを食べながら、表通りの様子を眺めていた。
「すごいね、ツチノコ村上さんの流行たるや」
ミスキーガールが言うのに、私は思わず首を傾げてしまう。
「一匹二匹なら可愛いけど、こう増えると、生命体としての圧があるね」
「考えすぎじゃない? かわいいでしょ、うるさく鳴くわけでもないし」
アイスを掬って彼女が言うのに、私は首を振ってしまう。
「キャベツやパンダみたいに人間に繁殖を促してもらうことで種を存続させようとする戦略なのかもしれない」
「ブリーダーもいないのに? 雀や鳩なんかと同じ野良の生き物みたいなものでしょう」
「ただこうしてミスキスト絵師たちによってさまざまに創造されていることを考えれば、ツチノコ村上さんの存在は明らかにミスキストに気に入られていて、その増殖になんらかの意図があることは否定できない」
そう私が言うと、ミスキーガールは鼻で嗤う。
「自分がお絵描き下手だからって嫉妬してるんじゃない?」
「失礼な、私はネットミームの影響力を懸念しているだけだよ」
私が腕組みして言っても、ミスキーガールは相手にする様子もなく、ツチノコ村上さんが可愛いからか、アイスが美味しいからか、ひたすらニコニコしている。
そこに、一匹のツチノコ村上さんが、カフェテラスへと振り向いて私たちのテーブルの足元へミヂョミヂョと近づいてきた。ミスキーガールの表情は晴れやかに上気した。
「わあ! かわいー! どうした、おーよしよし」
彼女は何も恐れることもなくツチノコ村上さんの額に触れ、鼻先をつつき、尻尾を撫ぜた。私はなるべく近づきたくないという態度を見せながら、その様子を見つめていた。
ツチノコ村上さんは、見たところライトブルーの毛皮に覆われているようだったが、哺乳類のように四肢の生えている様子はない。蛇のようだが遠目から見た通りの寸胴でクネクネと動く様子はなく直進運動しているように見える。なにを餌としているかは判然としないが、ときおり舌をチロチロと出す様子から見て咀嚼はするのだろうか。見た目からでは生態が予想もつかない。
「どうしよう、飼おうかな」
彼女が言うのに、私は露骨に顔をしかめていたと思う。
「よしなよお、何を食べるのかも判らないのに。そもそもすでに飼い主がいるかもしれない」
「首輪もついてないのに?」
ミスキーガールはそう返したが、そもそも首も見当たらない生物に首輪をつけることができるのだろうか? その他、様々な懸念が浮かんで、私は彼女に反論を重ねようとした。
そのときだった。ローカルタイムラインの表通りの向こうから、頭にツチノコ村上さんを乗せた集団がぞろぞろと歩いて来るのが見えた。
「あ、あれ可愛い、わたしもやってみよ」
そう言って、ミスキーガールがツチノコ村上さんを抱え上げた時、私は嫌な予感がして彼女を止めた。
「待て。ちょっとそれは、多分」
「え? なに?」
「あれをよく見てごらん」
私は改めてツチノコ村上さんを頭に乗せている集団を指さした。みな目が虚ろだ。足取りも決して生き生きとはしておらず、操り人形のような印象を受ける。
その集団は、停車していた一台のリムジンバスに、無言で次々に乗っていく。そして運転手は、満席になった様子を確認して、辺りを見回した後、こちらを睨んで、出発した。バスの後方にはMisskey.ioのロゴが大きくプリントされていた。
「どこかに連れていかれていたかもしれない」
私がそう言うと、ミスキーガールは顔を引きつらせてツチノコ村上さんを地面に放した。ツチノコ村上さんはミヂョミヂョと這いながらカフェテリアから離れていく。ミスキーガールは自分の手のひらをじっと見つめたあと、ハンドバッグからハンカチを取り出して、しきりに拭き始める。
「あれ、きっと」
ミスキーガールはそう言って、生唾を飲み込み、黙った。私は一言、つぶやく。
「生体サーバー」
ローカルタイムラインの表通りをツチノコ村上さんが征く、這う、転がる、足を生やして歩く、メンダコのように空中を泳ぐ、履帯を付けて戦車のように走る。しかしそれらの表情はひたすらに遠い目をしている。まるでサバンナのような多様な生き物の進化を表しながらも、人間のようなか弱い生物の精神性を決して受け入れない冷徹さのようでもあった。
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