私と、Misskey.ioを襲う低気圧の話

 Misskey.ioにも低気圧は容赦なく襲ってくる。そういう日のローカルタイムラインの表通りは現実世界と同様に陰鬱としている。

 メスガキやケモショタたちはNSFWブランドの傘やコートを身にまとって空模様を気にしながら歩いている。デジタルサイネージでは藍さんが気象予報士のように今後の雨雲の様子と.io内で気を付けるべき行動を案内している。頭痛持ちのミスキストたちも送り合う「偉業」のカスタム絵文字に勢いがない。

 今日もローカルタイムラインに面したカフェテリアにやってきたのだが、私も実を言えば低気圧の影響に弱く、よろめくようにして席に着いたのは事実だ。頭痛がひどい、腰が痛い、めまいがする。圧倒的に弱い体でMisskey.ioの人の行き交いを眺めている。

「ずいぶんと具合が悪そうじゃないか」

 そこに現れたのはカフェテラスの店主だった。それに応える私の眉間にはしわが寄っていると思われた。

「……こんなに天気が下り坂なのに、元気にしてる方が変じゃないですか」

「それは人それぞれだろう? 雨のほうが好きという人は大勢いる。ただ」

 そこまで言って店主は息を深く吐いて、私の向かいに座った。

「Misskey.ioの挙動が最近重いのは事実だろうね」

 自分のネコミミをしきりに撫でながらそう言う店主に、私は額をさすりながら訊く。

「この空模様もサーバーへのなんらかの攻撃の影響なんですかね」

「さあ、分からない。急激に新規登録者が増えたことも影響に考えられるし、早合点で犯人捜しをすることは良くないことだろうね」

 まるで猫みたいに顔を吹きながら店主はそう答える。私は節々が痛む腕を組んで首を傾げてしまう。

「私たちに出来ることは何でしょうね」

「少ないだろうね。まさか利用するななんて村上さんは言わないだろうし。せいぜい軽々しく個人間の揉め事を通報したりしないようにして、できることなら寄付をするぐらいじゃないかな」

 店主がそう言うと、店の奥からメイド服の子が私の頼んでいたココアとベイクドモチョチョを運んでくるのが見えた。が、そのトレイには頼んだ覚えのない料理も乗っていた。それがテーブルに置かれるのを眺めながら、私は目の前の店主に尋ねる。

「なんです、これ」

「新しくマヨコーンの軍艦巻きを出すことにしたんだ」

 店主は誇らしげに答えて見せる。

「……それは村上さんが画像を上げていたからですか?」

「もちろん。さあ、食べてみて」

 目の前に並ぶココアとベイクドモチョチョと、マヨコーンの軍艦巻き。

 高い。圧倒的にカロリーが高い。ただでさえ普段のココアとベイクドモチョチョも高カロリーだが、加えてマヨコーンとなると際限がないし、そもそも食べ合わせが悪い。低気圧と高カロリーは相性が悪く、見ているだけで悪寒がする。

「その、ちょっと、すいません……ゆっくり食べていいですか」

 私が精いっぱい答えると、店主は首を傾げて見せる。

「どうしたの? 普段ならげんこつハンバーグも行けるぐらい大食いなのに」

「いやちょっと、低気圧で体調が悪いってさっきから言ってるでしょ」

 少しいらだちながら私が答えたそのときだった。ローカルタイムラインの人の行き交いが少しづつ遅くなり、ぴたっと止まったのだ。

「なんだ?」

 店主もさすがに異変に気付いて椅子から立ち上がり、表通りのほうを眺めた。すると突然、まるで蛇口をひねったかのように人通りが勢いよく走り始め、その流れがカフェテラスにまで襲い掛かったのだ。

「はじめまして!」

「初投稿です!」

「hello world!」

「ベイクドモチョチョください!」

「ココアとパフェください!」

「キングサイズのアイスください!」

「あ! マヨコーンだ! 下さい!」

 大量のノートの奔流に流されないように、私は身を低く屈めてひたすら耐えた。そして、カフェテラスへ押し寄せる流れが収まったころに顔を上げると、周りの客は消え、店主は地面に倒れており、テーブルに置かれていたココアもベイクドモチョチョもマヨコーンの軍艦巻きも、一切が消えて無くなっていた。

 代わりに、皿の上に乗っていたのは、すやすやと眠るblobcatだった。

 その黄色い艶のある体が、呼吸のごとにフルフルと震えて、私の脳裏に、美味しそうだな、という好奇心を抱かせた。そしてなぜか、ココアについてきたはずのスプーンだけがそばにあった。

 Misskey.ioの翠色の空に、淡い雲が疾走している。私は辺りを見回し、周囲に自分を見ている人間が居ないことを確認した後、手にしたスプーンを、blobcatに差し込んだ――。

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