私と、リアクションシューターの話
さきほど、強烈に死にたくなったのでMisskey.ioに来た。死ぬためではなく生きるためだった。だがいっこうに希死念慮が治まらない。
ローカルタイムラインの表通り沿い、いつものカフェテラスでココアとベイクドモチョチョを頼んだが、手を付ける気力がない。狂気を尽くした怪文書のデジタルサイネージも、NSFWブランドを身にまとった女の子たちも、私の興味をそそらない。
思考は一層陰鬱になる。Misskey.ioは「正しさ」から逃げてきた者たちの掃き溜めなのかもしれない。その逃亡者が新たな緑の大地で自分の正しさを回復して.ioのなかで人より優れようとする姿に、私はどうしてもついていけない。しかしそれは私もなのではないかという反論があれば、弁明はできない。
いよいよ私もここまでだろうか、それならいっそ、と思ったそのときだった。吹き飛ばされるような衝撃が側頭部を襲い、私は椅子から転げ落ちた。一瞬の気絶から立ち上がって周囲を見回したが、カフェテラスの客たちが驚いた様子もなくこちらを見遣るばかりで犯人が見当たらない。怪我は何処だろうかと自分の体をあらためる。しかし傷らしいものもなく、どちらかと言えば体調も優れて、希死念慮も消えていた。
どういうことだろうと不思議に思っていると、ローカルタイムラインの行き交いの中から、ひとり、ロリポップキャンディみたいなカラフルなライフルを手にした髭面の男が、こっちに向かって歩いてきていた。
「命中みたいだったなあ」
「……あなたは?」
「みんなにはリアクションシューターと呼んでもらっている」
そう名乗った男は、私のテーブルの向かいの椅子を指さす。
「そこ、お邪魔していいかい?」
「ちょっと待ってください。もしかして貴方が私を、狙撃したとでも?」
「もちろん。『ぼちぼちいこうね』の弾丸が君のこめかみに命中。お陰で気分も軽くなったろう?」
そう言うと、リアクションシューターは私の答えも待たずに椅子に座った。
「どういうことなんですか。いったい何の理由があって私を狙撃なんてするんです」
私が訝しみながら訊くと、男は誇らしげな笑みで答える。
「リアクションシューティングに理由なんかいらないだろう? 君が暗い顔をしていた、元気になってほしいと思った、手元に『ぼちぼちいこうね』の弾丸があった。それで充分じゃないか」
そう言って、男は手を挙げてメイド服の子を呼び、ココアとパフェを頼む。その手にはずっと蛍光色で彩られたライフルが握られている。しかし、注文を聴いているメイド服の子も、カフェテラスの客たちも、彼が手にしている銃を気にする様子もない。
「どうした?」
リアクションシューターが首を傾げるのに対して、私は目の前の銃を指さす。
「その、ライフル」
「ああ、触ってみるか?」
「いいんですか?」
私の驚いた表情が笑いのツボにはまったのか、男は表通りの向かいにも響くような高らかな笑い声を上げた。
「いいよ、構わんよ。暴発しても出てくるのはカスタム絵文字だ」
そう言って彼は私にそのキャンディみたいなライフルを渡した。手ごたえはずっしりとしているが、肌触りは滑らかな樹脂のようで金属の冷たさはない。レバーを引いてチャンバーが空なのを確認し、元に戻して、改めて全体を眺めてみる。
「ボルトアクションライフルだ。マガジンもない」
「連射はしない主義なんでね。色々なカスタム絵文字の弾丸をその都度チャンバーに突っ込んで撃たせてもらっている」
そう言って彼はトレンチコートのポケットの中から、じゃらり、とライフル弾の形になったカスタム絵文字を見せてくれた。偉業、レターパックで現金送れ、えち、WBC世界一、などの絵文字が、このライフルに込められて、ミスキストのもとに届くのだろう。
「へえ。驚きの連続です。いるんですね、貴方みたいな人が」
私がライフルを返すと、男はボルトをもう一度引いて、中が空であることを確認してから、言う。
「ここはMisskey.ioだ。私みたいな人間も、君みたいな人間も、そして表通りを行く人間も、みなミスキストとして互いに尊敬できる存在だ。互いを傷つけない限りはね」
その言葉に、先ほどまでの希死念慮が私の脳裏をよぎった。それは本来逃げ込んできたSNSであるはずのこの場所への心酔ゆえの真剣な悩みだった。
「どうした」
リアクションシューターが訊いてくる。
「いえ、別に」
「さっきまで考えてた嫌な事を思い出したのか」
「まあ、そんな感じです」
そう答えると、男はパフェを一口食べて、私の表情から答えを読み取ろうとする。
「死にたくなったりしたのか?」
的中していたからこそ、私はその男を信用して心を打ち明ける気になった。
「価値観の衝突が起きている、Misskey.ioのなかで」
言うと、男はテーブルに立て掛けていたライフルを撫ぜながら、つぶやくように訊いてくる。
「どうして今まで起きていないと思っていた」
それもそうだと思った。
「そろそろ楽しい時期は過ぎようとしているのでしょうかね」
そう私が言うと、男は表通りの行き交いを眺めながら、言う。
「過ぎたり、また来たり、それの繰り返しさ。でも」
男がこちらに振り向いて、じっと見つめる。
「取り戻そうという気持ちが無いと、また来てくれることはないぜ」
リアクションシューターの言葉に、私は深くうなずいた。
「その通りですね」
冷めきったココアに口を付け、私は男をまっすぐに見て、訊いてみた。
「きっと取り戻すためには時間がかかることもあるでしょうけど、それまでの時間を堪えて過ごすにはどうすればいいんでしょうかね」
私の相談に、リアクションシューターはパフェを平らげながら答える。
「もっと、日常のノートに返ってくるリアクションを大切に味わってごらん。実際にはネタノートよりも、おはようとか、おやすみとか、昼めし食ったとか、そういうノートに返ってくるリアクションのほうが幸せの証しだ。それは他のSNSの画一化されたリアクションでは味わえないMisskey.ioだから楽しめる芳醇な情感の投げ銭だよ」
そう言ってリアクションシューターは会計を済ませてカフェテラスから去っていった。その後ろ姿を眺めながら、私は自分用のリアクションシューティングのピストルをどこで調達しようかしら、と、未来の時間軸に思いを馳せはじめていた。キャンディーカラーの、できればレボルバーで、まるで西部劇のガンマンのように、気持ちの沈んでいるミスキストに素敵なリアクションを打ち込めるようになりたい。翠色の空にツチノコ村上さんの飛行船が浮かんで、私たちをalways watching youしてくれていた。
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