私と、2023年3月末日の話
Twitterが衰退しているという噂は以前から聞こえていたが、このほど決定的な事態が起こったらしく、しゅいろさんからもFediverseへの利用者大量流入の可能性を示唆するノートが発信され、Misskey.ioの人々もざわめき始めた。
翠色の空の下、ローカルタイムラインの街並みは一見いつも通りに見えたが、多くのミスキストがそれぞれにTwitterの衰亡の予感とMisskey.ioの未来についてノートしていた。カスタム絵文字で表通りのデジタルサイネージやショーウインドウを彩るMFMアーティストたちも、街頭に狂気の文字列を振りまいて笑いを誘う怪文書職人たちも、「NSFW」ブランドのアイテムを魅力的な「うちの子たち」に着せて連れて歩く性癖絵師たちも。
私はいつものようにその行き交いを眺められるカフェテラスでココアとベイクドモチョチョをいただいていた。夕方、多くの企業の終業時間が近づくと同接人数はぐっと増えるが、今日においては、それが帰宅の偉業を讃え合う人たちなのか、それとも新規登録者の増加なのか、それが判じえずにいた。
そこに、カフェテラスの店主がパフェを片手に私のテーブルに向かってきた。ご馳走してくれるのかな、と思ったが、店主は私の向かいに座り、パフェを自分で食べ始めた。
「仕事はいいんですか」
「手がつくわけないだろう」
店主はまるで掃除機みたいにパフェを口にかきこんで、あっというまにグラスを平らげてしまった。メイド服の子がココアを運んできて、なんだか申し訳なさそうに頭を下げてパフェのグラスを下げると、店主はココアを一口飲んで私に向かって言う。
「せっかくのMisskey.ioのいい雰囲気が新参によってかき乱されるかもしれないんだよ、君? 心配にならない方がおかしいじゃないか」
「Fediverseへのユーザーの大量流入が起こったとして、Misskey.ioの利用者としては歓迎しないといけないでしょう、よほど利用の態度が悪くなければ」
私が返すと、店主は甘いココアで苦い顔をしながらブンブン首を横に振った。
「やなんだよお、政治やビジネスの話をするやつらは、いっつも弱者は切り捨てられて当然だと思ってる、胸が痛むんだよ一緒にると」
「でもそうやって問題の議論を避けていると詐欺師に大切なものが掠め取られてしまう」
そう応じると、店主は少し驚いた顔で間を置き、鼻で嗤った。
「なにいってんの、様々な問題を受け止めきれずに疲れ切ってMisskey.ioにやってきたくせに」
反論できなかった。
そこにまた、眼鏡をかけたショートボブの女性――私は勝手にミスキーガールと呼んでいる――が私のテーブルに向かって、手にキングサイズのアイスクリームを運びながらやってくる。
「聞いた? びっくりだよ、本当にみんなTwitterからこっちに来るの?」
そう訊きながら私の横の席に座り、彼女は紙のカップを抱えるようにしてアイスを食べ始めた。
「みんなってことは無いだろうけれど」
私が言っても、ミスキーガールは黙って首を傾げるだけだった。
「不安かい」
重ねて訊くと、彼女はアイスを飲み下して、ゆっくりとため息をついて答える。
「まあね。なんか、レスバとかハッシュタグデモとかに嫌気がさしてこっちに来たから」
私も彼女と同様だった。私は冷めたココアに口を付けたあと、彼女に改めて諭すように言った。
「でも僕も君もMisskey.ioでは新参者だ。今から入ってくる人たちと大差ないMisskey歴になるわけで、彼らにご高説を垂れる立場ではないよ」
その言葉に、彼女はアイスを食べる手を止めて、私を横目でにらんだ。
「それがどうにもできないのが腹立たしいって、貴方も本音では思ってるでしょう」
「……異論はない」
そう返して、私は自分が情けなくなった。アイスを食べ終わったミスキーガールは腕組みしながら目をつむっているし、店主はネコミミの頭を抱えて俯いている。黙ったまま三人の時間がカフェテラスの風にさらされていた。
「実を言うと、さっきTwitterを見てきた」
私が口を開くと、ミスキーガールが素早く振り向いた。
「どうだった?」
「うーん。私の相互の人たちは、いたって通常どおりだったかな。私だけ何を意気込んで飛び出したんだろうと少し拍子抜けした」
そう言うと、ミスキーガールは首を傾げて訊いてくる。
「そういえば、あなたがTwitterの『正しさの競争』に疲れてこっちに来たのは知ってるけど、一番大きな要因と出来事って、何だったの?」
その問いに、私はココアを飲み干して、少し考え、鼻で笑った。
「まあ、正確に言えば『正しさの競争』に“負けた”のだけれど、ある著名人の言行不一致を知って、それに幻滅したのが大きなきっかけかな。正しいことを主張するには嘘をついて、嘘がバレたら反論できる、そんな賢さが正しいんだろうな、って、思っちゃったんだよな」
私が言うと、ミスキーガールもカフェテラスの店主も、遠い目をして、三人してぼんやり黙り込んでしまった。
ローカルタイムラインの行き交いでは、ミスキストたちが奇妙な熱気に取りつかれているように見えた。一つの大きな企業体の斜陽と小さなコミュニティの勃興に、歴史の目撃者たらんとする情熱が――悪く言えば野次馬根性が――そこかしこのミスキストに垣間見えて、私は胸騒ぎがした。
「あぶないな」
「どうしたの?」
反応したミスキーガールに、私は伏し目がちに答える。
「ミスキストがMisskey.ioを買いかぶり始めている。Misskey.ioもまだ歩き始めたばかり、私たちも仲間に加えてもらったばかりなのに、なんだか気持ちばかり大きくなってTwitterより優秀なつもりでいる。これは危険な兆候だ」
その言葉に、店主が身を乗り出して、言う。
「そんなもの、村上さんがいれば大丈夫、私たちが支えれば大丈夫だよ」
「法人でもない有志の個人に、日本のSNSの命運を背負わせるのは過酷だと思いませんか?」
私が返すと、店主は目を泳がせてしまう。
「過酷……まあ過酷かもしれないが」
「不安だよ、どうすればいいの」
ミスキーガールが割って入るので、私は自分の考えを打ち明けた。
「どうすればいいかは分からない。何が起こるかなんてわからないのだから。できることと言えば、何かが起きたときに私たちが村上さんと協力して問題にあたること、じゃないかな。……できることは限りなく少ないかもしれないけど。でもMisskey.ioでお客様であることは、たぶんTwitterと同じ轍を踏むことになると思うから」
明るい翠色から暗い碧色に空が移ろい、Misskey.ioの夜が更けていく。私たち三人はローカルタイムラインの行き交いのそばで、ただ自分たちの無力に打ちひしがれていたのだった。
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