私と、Misskey.io陰謀論者の話

「Misskeyは様々な違法性癖の利用者をかき集めて後で警察にまとめて逮捕させるための装置なんです。いますぐやめたほうがいいです」

 そう言ってきた男は、なぜ私の座っているテーブルにやってきたのだろう。その忠告をするための相手が、なぜ私だったのだろうか。なにしろ男はMisskey.ioのローカルタイムラインの行き交いの中から突然、私の座っているカフェテラスの席に一直線にやってきたのだから。

「……えーっと」

「そう思うでしょう、冷静に考えればこんな場所が現代社会で放置されているほうがおかしいんです」

 まくしたてる男の瞳孔が開いている。無視するにも相手はカフェテラスのあらゆる客に対してではなく、あきらかに私に向かって話していた。こういう場合に相手にするのは不毛を通り越して危険なのだが、客の視線を感じた私は仕方なく会話に応じるしかなかったのだ。

「……Misskey.ioの運営の村上さんによれば、ここで性癖を開示するにあたっては法令順守の徹底を呼び掛けているから、ここにいる限りのみんなはまだ捕まらないだろうし、おそらく法に触れそうな時点でBANされるだろうと、思いますよ」

 そう言うと、男は頭を抱えて空を仰いだ後、人差し指を私の目前にかざした。

「これまでの歴史を紐解けばこうした桃源郷のような場所の案内が詐欺的計画だった事例は数限りなくあります。あらゆる甘言は国家を衰亡させます。これは陰謀論なんかではありませんよ、あきらかに計画的な外圧のシステムなんです」

 私は男の指をゆっくりと手の甲で除けて、深くため息をついた後、男に言った。

「伺いますけど、あなたはMisskey.ioのこと、お好きですか、お嫌いですか」

「嫌いですよ、こんな不愉快なところ」

「でしたらそんなに怒らなくったって他所に行けばいいでしょう、放っておけばここの人間がたくさん逮捕されるんですから、あなたの推理が本当であれば」

 私が言うと、男は苦り切った表情で首を振って言う。

「私は逮捕される前にMisskeyの皆さんに気付いてほしいんです、その奇形な性癖を一刻も早く修正し、規律正しい国民として生きてほしいんです」

 私はその言葉に、心の奥がやすりをかけられるような苛立ちを感じた。しばらくうつむいて、呼吸を整えたあと、私はしっかり、ゆっくりと、彼を見上げて言った。

「私、常日頃から思っているんですが、たとえ社会からそしられるような性癖だったとして、他者を傷つけていないなら構わないのではないのでしょうか。傷つけないためにMisskey.ioの人たちはここにやってきて、社会に出したら居場所がなくなるような性癖をそっと打ち明け合っているんですよ。それさえ許されないというのだったら、貴方のお好きな歴史的事実というのに基づいて批判しなければならないでしょう、源氏物語も、戦後武将の小姓も、三島由紀夫や手塚治虫の数々の作品も」

「そうです、批判しなければならない。そうした表現は一切排除すべきだ。その表現を見ただけで傷つく人間が沢山いるんです」

 そう言って男は腰に手を当てて胸を張った。私は思わず立ち上がりそうになるのを堪えてひたすら彼を見上げる姿勢を崩すまいとする。

「見せないために.ioにいるのにわざわざ見に来たのはあなたでしょう」

「だから何度も言うようにここにある表現は国家を衰亡させるんです。正常な配偶を否定するような表現ばかりではないですか」

「国家が衰亡しているから正常な配偶なんてものが疑わしくてならないんです。私はそうした性癖はあまり強くないが、少数性癖を責めるそうした多くの人々の思想に嫌気がさしてここにやってきたんだ。帰ってくれ。それとも私にココアの一杯でもおごってくれるのか」

 そこまでまくしたてると、男はふっと寂しそうな表情になった。

「……金なんかない」

「すみません、ご注文されないんであれば、お帰り頂けますか」

 そこにやってきたのは、カフェテラスの店主だった。店主の顔を見ることもなく、男はさっきの語気からすっかり変わって、下を向いてぼそぼそ呟き始める。

「金なんかねえよ……金がありゃ……国がもっと……栄えれば……」

 ふらついた足取りで男はローカルタイムラインの行き交いのなかに消えていった。店主は私の方を見て、皮肉っぽく微笑む。

「災難だったねえ」

「困りますよ、もっと早く来てもらわないと」

 私が睨むと、店主は頬に手を当てながら首を傾げる。

「ごめんごめん。でもねえ、ああいうの私たちがどうこうできるわけじゃないからねえ。通報してサイレンスかBANしてもらうしかないから」

「そっちで通報してくれて良かったのに」

 私がなじると、店主はネコミミの裏を掻きながら言う。

「反論が完了する前にそんなことしたら、君の心の中であの男の発言が残り続けて、いつのまにか洗脳されてしまうだろう。そうなるのが怖かった。だから話にケリがつくまで待ってた。すまないね、一杯ココアをおごるよ」

 店主はそう言って店の奥に引っ込んでいった。言われてみればその通りかもしれなかった。

 気がつけば、Misskey.ioの碧色の夜空にエメラルドの満月がぽっかり浮かんでいる。その月明かりの下で、今日もMisskey.ioのローカルタイムラインは表通りとして人々の行き交いを瑞々しく湛えている。仕事終わりの人々がリアクションシューティングで偉業を讃えあい、メスガキやケモショタが楽しそうに駆け回り、百合やブロマンスの二人が仲睦まじく笑いあい、NSFWブランドを身にまとった若者たちはその服の内側に飛び切りのコスチュームを身に着けている。村上さんをモチーフにした様々なアートがデジタルサイネージを飾り、文豪たちのフリースタイルバトル大会のアドトラックが堂々と車道を走り、ブルーアーカイブの課金のために現金がレターパックに詰め込まれてblobcatが乗ったregletcarで大量に運ばれていた。

 不完全で、不安定だが、これが私の求めている平和だと思う。そして平和は守らなければ無くなってしまうということを、最近強く感じる。それは、外からやってくるものたちと戦うことよりもまず、自分たちが身を律することから始まると思う。

 またテーブルのベイクドモチョチョが冷めてしまっている。私はおごりのココアがやってくるまで、ゆっくりとそのベイクドモチョチョを頬張りながら、ローカルタイムラインの表通りを眺めることにした。

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