私と、「ミスキーガール」の話
私の目の前で、女の子が悩んでいる。どんな子かと言えば、Misskey.ioに居そうな子だ。そんな子が存在するのかと言われれば、存在しないかもしれないと答えておこう。ここはMisskey.ioだ。私自身だって生体サーバーなのかもしれないし。
ルッキズムがどうこうという議論はMisskey.ioでは無粋なので容姿を描写したいと思う。ダークブラウンのショートボブに丸眼鏡をかけ、縦リブのニットセーターにハイウエストのサブリナパンツ、ローカットのコンバースを履いたくるぶしのアンクレットには.ioのロゴが刻まれていた。
そんなのミスキストにおらんやろ、おまえさんの趣味の投影やんけ、と仰られるミスキスト諸氏もおられるだろうが、そうなのだと思う。ここはMisskey.ioだ。私も、貴方も、そもそも存在しているかどうか怪しい。だがみんなが理想の風景を作り出し守っていこうと、日々リアクションシューティングやネタノートに邁進している。この子もそうした意識の生み出した存在なのかもしれない。
今夜も.ioのローカルタイムラインという名の表通りは行き交いが激しい。村上さん、しゅいろさん、藍さんのスリーショットが街頭ビジョンに流れ、与謝野晶子と石川啄木が街頭でフリースタイルバトルを繰り広げ、blobcatが現金の詰まったレターパックを運んでいた。ミスキストたちは手に手にカスタム絵文字を手にしてお互いにリアクションシューティングを投げ合い、その間じゅうカポポ、カポポ、と新しいノートが生み出される音が鳴りやまない。そんな場所の傍に立つこのカフェテラスで今日は、私とその女の子が席を同じくしている。仮にその子を「ミスキーガール」としておこう。もっと気が利いた呼び名があったらご教授頂きたい。
「悩ましいね」
私が呟くと、ミスキーガールは腕組みしたまま首を横に振った。彼女はMisskeyの将来を憂いていた。今は良くても、いずれあのSNSのように暗い未来が待っている、と。
「Misskey.ioも同じ轍を踏むと思う。どうしたら楽しい.ioの雰囲気を守れるんだろう」
ミスキーガールはテーブルの上のココアをじっと見つめながら、眼鏡が湯気で曇るのもお構いなしに、真剣に考えている。私もつられて眉間にしわを寄せて色々考えてみる。あまり賢いことは言えないが、それでも誠実に答えようと努める。
「私も最近Misskey.ioにやってきた一人だけど、.ioに集まってきたミスキストには他のSNSと異なる性質があるね。それは『.ioも永遠ではない』『.ioもいずれ政治経済宗教スキャンダルが押し寄せる』『それをなんとか防ぐ方法を講じなければいけない』ということを強く自覚しているということだ。明るい未来ばかりが待っているのではないという自覚があることは、今まで様々なSNSが生まれてきた歴史の中で大きく異なる特徴だと思う。いまの私たちは知っているからね、ひとつのSNSが滅びゆく姿と、滅ぶ原因とを」
私が喋るのが済んでから、ミスキーガールは首を傾げた。
「政治経済宗教スキャンダル。長い。一言で言い表してよ、共通する特徴は?」
その問いかけに、私は数瞬ほど頭をめぐらせた後、恐る恐るひと言を提案してみた。
「差別利益」
私は語の確かさを口の中で確認するようにベイクドモチョチョをひと口、じっくり味わいながら飲み下した。
「そう、『差別利益』かな。相手と自分が異なる存在であるという差別意識が、自分、もしくは誰か特別な意図を持った人間の利益になるんじゃないかな。それらに共通する点ということを考えれば」
私が言うと、ミスキーガールは片方に傾げていた首をゆっくりともう片方に傾けた。
「差別利益。うーん。ちょっと違うんじゃない」
「じゃあ代案だしてよ」
「そんなものはない」
彼女の言葉に、私は思わず微笑んでしまっていた。
「ないのかい」
「笑い事ではないよ」
ミスキーガールはそう言って組んでいた腕を解いて、ココアを口にした。
「.ioが楽しいと思うなら、それを守る方法を考えないと」
彼女はカップを置いて椅子の背にもたれ、緑色の空を仰ぐ。エメラルド色の満月が煌々と光を湛えて、.ioの狂気を導いているようだった。私は街灯の光を受けて艶めく彼女のきめ細やかな肌を見つめながら、気持ちの良い酸素を吸っていた。
「でも、改めて思わされるんだけれど、君みたいな素敵な女性が私とココアを共にしてくれるなんて.ioでなければ体験できないだろうね。そもそも君が実在するのか疑ってしまいたくなってしまう」
私の言葉に、ミスキーガールは背もたれから起き上がって、私の方へ前のめりになってみせる。洞窟の中の泉を思わせる、透き通った灰色の瞳だ。
「実在するかもしれないし、しないかもしれないでしょうね。それはメスガキやケモショタと同じくらい、実在するかもしれないし、しないかもしれない」
「実在する可能性あるかい、ケモショタ」
「人間が想像する以上、すべてにゼロは無いでしょう? そもそも.ioで実在性ってそんなに大切?」
「……まあ、無粋だ」
「貴方だって存在するかどうかわからない。それが.io。さらに言えば、貴方だってメスガキかもしれない。それが.io」
「無限の可能性の緑の大地、Misskey.io」
「そういうこと」
そういってミスキーガールはベイクドモチョチョを手に取って半分に割り、中のカスタードクリームを舌を伸ばして掬った。
「あら」
私は思わず声を上げてしまった。すると彼女は少し意地悪に笑ってみせる。
「こういうはしたない姿は二人だけのときだけにしてもらいたい?」
その笑顔に、私は肩をすくめるしかなかった。
「そういう独占欲の表れだったのだろうね、いまの声は」
私がため息をつくと、ミスキーガールはクリームを掬ったベイクドモチョチョを口に含んで、きちんと食べて見せてから、言う。
「あらゆる人間関係を、最初から無いものであると、そして永遠に守っていかなければいけないものと考えましょう。それが両立できれば自然と心に余裕が生まれる」
「それは.ioにも言えることだね」
彼女の言葉に私がそう返すと、ミスキーガールも肩をすくめてみせた。
「そうでしょうね。それはそう」
そうして二人でココアをお替りして、新しいベイクドモチョチョのフレーバーを試そうとメニューを開く。ここはMisskey.ioだ。ココアの香りもベイクドモチョチョの甘さも、存在するかもしれないし、しないかもしれない。しかしそれはあらゆる事物に共通することだ。貴方だってそうなのだ。
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