第12話 落ちし王
「こんな所まで連れてきてどうしたの?」
その夜、俺はローズに連れられてグロウタウンの外にある丘に来ていた。街の灯りが淡々と見え、夜風が気持ちいい。
「…少年、いやゼノにどうしても伝えないといけないことがあるんだ」
ローズは改まって俺の方を向いた。夜に溶け込む黒い髪がたなびいている。
「良いこと?それとも悪いこと?」
「…君次第だ。私にとっては…少し複雑だ」
「いいよ。続けて」
ローズが深く息を吸った。随分と緊張しているようだった。
「私とゼノ、そしてリンは…」
そこで口を閉じた。口元が歪み、どうしても言い出せないみたいだった。
「…腹違いの姉弟なんだ」
一瞬、脳が情報を受け付けなかった。そのままの意味過ぎて、その言葉の意味を理解することができない。
「…え…」
「私達の父親はあの黒騎士…叛逆者ゼロ・スティングレイなんだ」
リンの探し求めた叛逆者と、俺のもはや探すことを諦めた両親が、あの男だったというのか…?
「…最初から知っていたのか?」
「いや、私もあの時知った。ゼノも心当たりがあるんじゃないか?」
「そういえば…」
ある。リンの写真だ。リンの父親と自分が似ていた理由…それは血の繋がりがあったからだ。そして、リンが言うには父親は随分と女性に言い寄られていたと。辻褄が合う。しかしそれと同時に、複雑な感情が込み上げてくる。先程のローズの言った意味が分かった。
「…今更父親面したって遅いよ…。どうしてもっと前から助けてくれなかったの…?」
涙が目の端に浮かんでくる。
「彼は息子をないがしろにするような男じゃない。ただ…自分の手に残った子が…彼女だけだったんだろう…」
「それは…」
何をどう言えばいいのか分からない。全てを受け止めることはできないのだと悟った。
「私が本部の人…銀狼のルシアというメイドに聞いたことだけど…彼の精神と肉体はもう…最強と謳われた時代には遥かに及ばないほどに力をすり減らしてしまった。不死でありながら子を残すという禁忌を三度も犯してしまったばかりに…もし私達のことがどうでもいいなら、力のためにむしろ私達を始末するはずだ。けれど、彼は私達を逃した」
「……」
夜風に涙が揺られて頬を伝う。
「…私達がこの地で集ったことには何か意味があるはずだ」
「それが運命っていうことなのか?」
「…ああ」
目を閉じて笑うローズにも涙が見えた。
「リンはこのことを知っているのかい?」
「どうだろう。何か勘付いてはいそうだけど、全てを知っているわけでは無いと思う。…帰ったら彼女にも…話さないとね。そのために…帰ろうか」
……………………………………………………
「…ここは…エンジェ?」
男が目を覚ますと、よく見慣れた天井が目に入った。
「お目覚めかしら。いい夢は見られた?」
透き通るような女性の声、夜なのか少し冷たい空気、ゆらゆらと揺れる松明の光…
「へっ…この世ほど良い夢もそう無いな。人によっては悪夢かもしれないが」
「そう…何か私に言うことは?」
「んー?任務完了!って感じ?」
リヴィドの女王、エンジェライアは明らかに怒っている。目が笑っていない。
「任務を完了したやつは自己封印で魔石になったりしないと思うのだけれど」
「手のひらサイズの俺は楽しんでくれたかい?」
「ええ。口の中に入れたりしてみたわ」
「ヒェッ…」
「冗談よ。でもそうね…自分では分からないかしら」
「んー…あ、そうだ。息子が俺そっくりのハンサムな野郎に育っててムカつくけど嬉しいってこととか?」
「そう。娘は?」
エンジェライアはまだ少し不機嫌そうだ。
「お前さんそっくりの美人に育ってて嬉しかったぜ?」
「なら許すわ。少なくとも、監禁はやめておいてあげる」
「やったね。自由にしてていいなら、仕事とは無関係に息子に会いにいくのも悪くない。そうだ!エンバージュ…クロードとユーリも連れてさ、騎士団のみんなも連れてって、ヘルミナとユイも連れてこうぜ!家族みんなで出迎えりゃあ驚くだろ?エンジェも行こうぜ?ヘルミナだってローズに長いこと会ってないし、ユイなんてあの日以来息子の顔を一度も見てないんだ。お前もリンの顔が見たくなってきたんじゃないか?」
「多忙な私に?冗談はほどほどにしてちょうだい。ただでさえレグーナと揉めてるのに」
やれやれ、といった表情でため息をついた。
「ああ、あの女王か。お前さんより頑固でこだわりが強い奴だったな。あと普通に強かった。遺物頼りではあるが、フェリシーより強いかもな。今の俺一人じゃ足止めが限界だ。近いうちにまた息子と娘達のために動くことになるだろうさ。あいつが家族に加わるのは少々気に食わないからな」
「けれど、まだ経験が足りない女王よ。言葉遣いも立ち振る舞いも、何もかも中途半端。もしフェリシーだったのなら、私はこの場には居なかったでしょうね。…ああ、彼女も全盛を過ぎたのだったかしら?」
「肉体は老いはしないが、精神は強靭さを保ってはいられない。俺もお前も、騎士団のみんなもな。ただ一つ言えるのは…衰えていく俺達にとって、今が全盛期なんだってことくらいかな」
「珍しくいいこと言うじゃない。今度の祭典で使わせてもらうわ」
「相変わらず適当な女王様だこと…」
……………………………………………………
昨夜のことはまるで夢だったかのように、ローズは特に変わりなく、俺が初めて会った時のローズのままだった。しかしリンは少し気まずそうにしている。やはり彼女が話したのだろう。
共通した父を持つ3人、今更ながらどこか互いに似ているような気がしてくる。だからだろうか。彼女達といると、他のどんな人といるよりも安心できる。ベルナという最大の危機が迫っていたとしても、この一時の安息は確かなものだ。
さて、現在俺達はグロウタウンを離れた森の奥深くへと進んでいる。理由としては、冒険者たる者冒険は欠かせないというリンの信条と、グロウタウンはベルナがいずれ侵攻してくる可能性が高いというローズの意見があったからだ。
「ナターシャ…上手くやってるかな…」
「大丈夫さ。マキナはああ見えて優しい奴だ。私以外には、ね」
「友達だったんだね」
俺は友達などいなかった。作ればきっと次の日には消されていただろう。幼い頃の俺はベルナの洗脳に気が付かなかったため、他の人を好きになろうとも思わなかったのもある。だから少し羨ましい。
「母親が知り合い同士だったんだ。だからその縁があって昔からね。随分と変わってしまったものだよ…リヴィドの由緒正しい名家は一つ失われてしまったばかりか、レグーナの騎士として生きているじゃないか」
「今でも和解することは諦めていないの?」
「そういう運命なのだと悟ってしまった。諦めているかは別として、だけどね」
「いつか…分かり合えると良いな」
「いつか、ね」
あまり期待していないようにも、いつになってもいいと思っているようにも見える。
「…止まろう」
先頭を歩いていたリンが俺とローズを静止した。前方には何も見えないが、何かしらの危機なのだと悟り、剣を構えた。
「…なるほど。少しお喋りに夢中になり過ぎたみたいだね。囲まれてるとは…知性の高い生き物か」
姿の見えないそれの足音は少しづつ近づいてくる。草を踏む音が幾重にも重なる。やがてその足音は減り、最後には一人分の音だけ残った。
「侵略者よ。この聖なる森に何の用だ?」
耳の長い、民族衣装を着た男…エルフだ。
「別に荒らしに来たわけじゃない。どうかこの森を通らせてはくれないだろうか」
「巡礼の旅を終えていない者は通すことができない。引き返すか、森の神の供物となるか…待て、後ろの少年、顔を見せよ」
「…俺?」
エルフは俺の方を指差した。少なくとも、後ろには誰もいない。
「…!その顔…その剣…!失礼した。エンバージュ殿がこのような辺境の地へと赴かれるとは思っていなかった。非礼を詫びよう」
「え?何?何の話?」
困惑していると、ローズに脇を小突かれた。そして小さな声で耳打ちした。
「好機だ。上手く演じるんだよ」
「え、ええ?」
「皆の者!武器を下ろせ!魔神王のお通りだ!歓迎せよ!」
周囲を囲んでいたエルフ達が弓を下ろし、膝をついて道を開けた。
「良い旅を。エンバージュ殿」
「う、うむ…」
これでいいのか、と思いつつも足早に進んだ。彼らが見えなくなるところまで来ると、一気に緊張の糸が切れた。
「なに!?何なのアレ!?」
「何か勘違いしてたみたいだけど…」
リンと俺の視線がローズへと向く。彼女も少し戸惑っているらしい。
「魔神王エンバージュ…リヴィドの魔神のはず…なぜこの地に名が広がっている…?」
「その魔神が何なのか聞かせてくれ。名前だけならどこかで聞いたと思う」
「二百年と少し前…戦争中のリヴィドをベルナールと初代リヴィド女王の3人で導いた、ただの少年…一度は戦死したと思われた彼は五年の時を経て、強大な力を蓄えた。その力をリヴィドのために…いや、リヴィド女王のためにだけ使う善の魔神だ」
「それがゼノと似てて…剣も?」
確かにあのエルフは剣にも注目していた。
「剣は分からない。ただ…船上での戦いの時の龍は覚えているな?あれはリヴィドの守護龍ハイドレストだったんだが…何故叛逆者が使役していたのか…そして似ている顔…」
「まさか…父さんがエンバージュってこと?」
合って欲しくない辻褄が合ってしまったように感じた。
「それだと時系列が変なことになる。叛逆者は確かに不老不死だ。しかしまだ50年も生きてはいない」
何とかそこは抑えたようだ。父親が魔神などまったく御免だ。
「謎は深まるばかり、ってことか…何だか私たち、身内のことに巻き込まれてばかりだね」
「思えば家族のことばかり考えていた。いつ父親に会えるのだろうと、リンも同じだろう?」
「まぁね。ローズは…」
「今はお姉ちゃんだろう?」
「あはは…ゼノの前で?」
リンの口元が緩んだ。二人が何故微笑んでいるのか一瞬理解できなかった。
「彼にも伝えたさ」
「そっか…」
リンが俺の方を向く。木々の間から差し込む光が俺たちを照らした。
「これからは私達のこと…お姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」
そう言って、今まで見せた中で最も輝かしい笑顔を見せた。ローズも口元が緩んでいる。先程までの緊迫感との差に脳が混乱してしまう。
「お姉ちゃんってよりは…姉さんって感じかな。…リン姉さんとローズ姉さんか…」
そのことを初めて意識した時、旅の意味を見つけたような気がした。俺の冒険には確かに意味があったのだと、自分で認められた。そのことが何より嬉しかった。
「運命の悪戯に盛大に感謝をしなくてはな」
思えば何という運命の巡り合わせだ。あの時、決意を胸にあの窓を飛び出さなければ、俺達は決して再会することは無かった。
「…運命に感謝を」
俺たち3人は今、この世界で誰よりも幸せだと自覚しながら森を抜けた。
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