第11話 運命、即ち因縁
剣が衝突する音がグロウタウンの街中に響く。大通りの中央で人目も気にせず剣を振い、互いを殺さんとする矢車菊と薔薇…
「正直言って、学生の頃の君の方が好きだったよ!今よりね!」
「私はいつだろうと貴様の事など嫌いでしかない!」
何の騒ぎかと駆け付ける人々も仲裁に入らせない、それ程過酷な争いなのだ。気がつけば人だかりで円形の闘技場になってしまっている。
「…そろそろ止めた方がいいんじゃ…」
「止めようとしたらこのザマだ。ナターシャがいないとすぐ争い始めるんだ…」
ナターシャが研究に没頭している隙に二人は剣を抜き始めたのだ。最初は何とか踏み止まってくれたが、次第に口論になり現状に至る。仲裁に入ろとしたら切り傷を負ってしまった。セントーレアはもはや俺を捕縛する任務など忘れ、普通にアグリーツァでの生活を楽しんでいるように見える。もっとも、今目の前で起こっている争いが楽しいものであるとは思えないが。
「あの二人の剣、操れないのか?」
「無理だよ…魔眼でもあれば話は別だけど。そっちこそ、糸とか仕込んでないの?」
「次からはそうする。…次があるといいけど…いや、無い方がいいか」
今のあの二人に手を出せばもれなくお陀仏だ。例えるなら、金属片が飛び交う竜巻の中心に飛び込むようなものだ。二人ともわざと周囲を巻き込む戦い方をしているように思える。
「いっそのこと満足するまで喧嘩させたほうがいいんじゃない?」
「どっちかが死ぬぞ、それ」
「二人にとっては本望かもね。ゼノはどっちかが死んだら悲しい?」
急に恐ろしい質問をするじゃないか、と動揺しつつも俺は答えた。
「そうだな。俺は人のことすぐ好きになってしまうから、誰にも死んでほしくない。リンもナターシャもセントーレアもローズも、みんな好きだ。家族みたいなものだと思ってる。冒険で出会った初めての仲間だからかもしれないが」
「わーお…大胆…」
「生きてるか死んでるかだったら、生きてる方がいいだろう」
「そうだね。けど、アレは止めようとしたら死んじゃうかな…そもそも、何で殺し合いになるの?」
言われてみればさっぱりだ。二人が互いのことを知っている点については驚いた。
「さぁ…思えば、俺達って初対面の時点で結構繋がりがあったんだな」
「言われたみればそうかも。私とローズは叛逆の騎士団繋がりで、そのローズはセントーレアと知り合いで、そのセントーレアはゼノの知り合い…会話の内容的に、二人はハイドレストでナターシャのお母さんの下で教わった…なんだ、全員繋がってるんだね」
これがローズの言う運命というものなのか、それとももっと別の何かなのかは分からない。当の本人はどう見ても話し合いをするような面持ちではない。
「このまま二人の死闘を見届けて…それからどうするんだ?これからの予定は?」
「冒険者である以上、西の彼方の魔王を討伐することが最終的な目標だけど…最近は被害も大きいってよく聞くし、あんまり悠長にしてるとこの街も支配されちゃうのかも」
「おとぎ話だとよく聞くが、実際はどんな奴なんだ?」
「アグリーツァの全ての魔物を統べる魔族の王…最近は自ら出向くことは無くなった代わりに、強力な魔物がグロウタウンの外を彷徨うようになった…死に際に魔物に魔力を分け与えたとか、封印がどうとか憶測が飛び交ってるけど実際はよく分からない。ただ、放っておくと魔物がやがてアグリーツァを出てリヴィドやレグーナ、ケルニオンにセクレドまで侵略される…っていう風に思われてる」
「剣を守ってた奴は魔物の中だとどれくらいの強さなんだ?」
あの絶妙に気持ち悪い生命体にはかなり恐怖を植え付けられた。
「初めて見る奴だったからなんとも…結構厄介な部類だとは思う。一人だとかなり苦戦するかも…」
「あれより強い魔物とは出会いたくないな…次こそ本当に死んでしまうかもしれない」
「ゼノは私が守るよ」
「ありがとう。俺もいつか君を守れるようになりたい」
「楽しみにしとくね」
多分あまり期待していないと思う。それでも俺の言ったことは本心であり、恩を返すという意味でも守れるようにならないといけないのだ。
「…あの二人、どうしようか」
今後を考えるのなら、ローズが勝利してセントーレアが死んでくれると俺は自由なのだが、流石にそこまで非情ではない。その考えはあまりにも効率だけを重視し過ぎだ。俺は利己主義者にはなりたくない。
「ナターシャを呼びたいところだけど…流石にこれ以上彼女の研究を邪魔するとこっちの命が保証できないかな…怒ると手つけられないし…」
あの遺跡の中で一瞬だけ見たナターシャの怒る姿は今でも覚えている。確かに怖い。普通に怖い。特に目がヤバかった。
「…二人の知り合いとして、もう一回試してみるよ」
リンは不安そうな顔をした。
「ヤバくなったら帰ってきてね?」
「それは約束できないな。プライドってものがこの俺にも欠片くらいだが存在してる」
「…父さんみたいだね」
尊厳などベルナに何度破壊されたか分からない。鎖に繋がれ、監禁され、彼女の言いなりになって抵抗できない日々…その中でも砕けた自尊心の欠片が俺を突き動かしたからこそ、今ここにいるのだろう。
俺は剣をぶつけ合うセントーレアとローズの前に立った。二人はそれでもお構いなしに剣を振り続ける。自分でも何をやっているのだろうと思った。しかしすぐに思い出した。…父親の背中を見てしまったからだ。あの勇猛果敢な後ろ姿を見せられたら、いくら意気地なしの俺でも立ち上がらざるを得ない。これはその一歩に過ぎない。
「…何をしているゼノ。下がれ」
「ゼノ、今は忙しい。この女を殺してからにしてくれない?」
二人が一瞬手を止め、こちらに振り向く。しかし次の瞬間にはまた剣をぶつけ合う。
「この…馬鹿どもが!!」
ありったけの声でそう叫び、ぶつかり合う剣の間に剣を振り下ろした。二人の剣が折れ、唖然としてこちらに再び振り向いた。
「ゼノ…?」
「叛逆者…?いや違う…見間違いか…?」
「二人とも頭を冷やせ。これ以上続けるならアグリーツァから出て行ってくれ。俺達の冒険に仲間内で殺し合う奴らはいらない」
冷ややかに言い放った。本当はやんわり止めるつもりだったが、突如ドス黒い感情が俺の心に渦巻いた。
「…一時休戦だ」
「…そのようだな」
心の中の黒い感情が退いていくのが分かった。緊張の糸が切れる。剣を納めた。
「…どうしてそんな事をするのか、はっきり教えてくれないか」
二人に渦巻いていた殺気も消え、バツの悪そうな顔だけが残った。
「マキナがリヴィドを裏切ったからだよ。こいつは売国奴同然の行いをしたんだ」
「私は元々レグーナで生まれ育った。リヴィドには留学以外の目的はない」
「まず…セントーレアってマキナっていう名前だったのか?」
名前を捨てて今の地位にいることは分かっていたが、実際の名前は俺には知る由もない。
「マキナ・エヴリン・フィリドール。リヴィドの昔っからの貴族だ。母親がレグーナに移り住んだのさ」
「今の私はセントーレアだ。フィリドールとは何の関係もない。よって貴様との因縁もすでに無くなった」
「ならどうして私に恨みを抱く?まだハイドレストでの生活が心残りなんじゃないか?」
剣こそ無くなったものの、二人は相変わらずこれっぽっちも和解できていない。これでも彼女達なりには譲歩しているつもりなのだろうが。
「レグーナ王宮親衛隊として、国内に潜む諜報員は排除せねばならない。貴様がレグーナの内政や軍事を嗅ぎ回っていることなどとっくに知れている。今更誤魔化せると思ったのか?」
「いいかい?君はあの女王に洗脳されているんだ。リヴィドを敵に回しているんだぞ?ベルナール先生にどれだけ恩があると思っているんだ?私たちの青春、悲願、苦楽の四年間を忘却の彼方に追いやるつもりかい?」
また始まった、と言いたげにセントーレアが頭を抱えた。彼女にとってはローズの説教じみた上から目線がうんざりなのかもしれない。
「…一度互いに頭を冷やそう。これからのことは…また後で考えよう」
意外にもその提案はセントーレア本人が行った。どうやらある程度ほとぼりが冷めたらしい。
……………………………………………………
「陛下、エンジェライア様がお見えです」
「お通ししなさい」
王宮の庭園で茶を嗜むベルナデッタの元に訪れた女性…リヴィドの女王、エンジェライア・リヴィドはどこか少女らしさの残る人物であった。
「初めまして、ベルナデッタ・ルイス・レグーナ。エンジェライア・リヴィドよ。よく知っていると思うけれど」
女王同士の対談であるというのに、互いに一切の護衛を付けないのは実力への自信と言ったところか。
「かねてより貴女の高名は我が国内にも知れ渡っております。して、本日のご用件は?」
ベルナデッタは少々面倒そうにエンジェライアをあしらっている。彼女にとってはゼノを捕まえることが最優先なのだ。
「私の夫、ゼロ・スティングレイを返して頂こうと思って」
その言葉にベルナデッタが音を立ててカップを置いた。
「…貴女様の旦那様といえど、罪は償わなければなりません」
「ええ、そうね。だから実力行使で奪い返すことにしたの」
ベルナデッタが身構える。突如、影から狼が飛び出してベルナデッタの胸元を掠めていった。
「っ…!何をなされたのかご理解なさっているのですか?」
銀色の毛並みの狼がエンジェライアの手元に結晶を落とした。低い唸り声をあげ、ベルナデッタを睨みつける。
「ええ。…可哀想に、こんな姿になってしまうなんて…でも、こっちの方が私の目に届く範囲に置いておけるかもしれないわね」
「ここはレグーナの領土ですよ。私は教皇としても女王としても貴女を裁く資格があるのです。ご自分の行いを本当に理解なさっているのですか?」
「だから理解してるって言ったじゃない。裁きを下すのはアンタじゃない」
ベルナデッタがどこからともなく杖を取り出した。緑色の宝石が付いたあの杖だ。彼女は本気だ。卓上の向こうで堂々としている異国の女王を鋭い眼差しで見つめる。
「私の道を塞ぐ者には容赦しません」
「…どうして私の夫が必要なのかしら?」
「彼の息子にとって彼は父親として相応しくありません。これ以上干渉するなら容赦はできない」
エンジェライアは見限ったように背を向けた。この状況で無防備な、とベルナデッタはたじろいだ。
「私の決めることではないわ。私の子はリンだけだから。ゼノの親ではないの。ゼノのことは彼が決めることよ」
そう言い放つと、狼と共に霧のように消えてしまった。
「…早く海を渡らねば…どうして皆邪魔ばかりするのですか…!」
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