第13話 終焉への支度
エルフの森の洞窟の中でセントーレアとナターシャが火を囲っていた。
「…思い詰めなくてもいいと思うよ」
「…すまない。どうしても自分の罪と向き合うことができないんだ」
「結局、何がローズを怒らせたの?あなたの話した内容だけじゃ、あそこまで怒らないと感じたのだけど」
セントーレアが俯き、ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら話し始める。
「私の母と父はどちらもリヴィドの最高戦力としてエンジェライア殿に忠誠を誓っていた。だがレグーナに移り住んでからは話が変わるだろう?」
「シックスガーディアンってことは…母方がフィリドールか。父親は?」
「レイエス・シグマス・セザール。陰の魔法使いの一族だ」
ナターシャは瓶詰めされたグロテスクな肉塊を取り出して炎で炙っている。セントーレアはそれを訝しげに見ていた。
「ああ…」
「…移り住んだ母と、リヴィドに残った父は手紙でやり取りをしていた」
「なるほど。セザール家なら機密情報は筒抜けってわけか…」
「…いや、機密情報をレグーナに流してしまったのは私だ。…かの叛逆者が処刑されてはいないということを、手紙に書いてしまった。あの男に一度だけ会ったことがあったんだ…当然レグーナでの検閲に引っかかり、先代のレグーナ王に情報は行き届いた。…私はたった一人の親友ばかりか、両親をも裏切ってしまった」
少し焦げ目の付いた肉塊を無言で差し出すが、セントーレアは首を横に振った。
「…今でこそ生ける伝説の彼は少し前までは死んだと思われてた…なるほどね。リヴィドにとっては秘密兵器として隠しておきたい彼の存在が筒抜けになったわけか…そりゃ怒るのも仕方ないね」
「私の軽率な行動が私の大切な人達を傷つけた。私はローズから逃げるようにしてレグーナに帰った。母は私を優しく抱きしめてくれたが…内心失望していただろう。母は二度とリヴィドに足を踏み入れることができなくなり、父もリヴィドを離れることができなくなったのだ。死よりも辛いことだろうな」
ナターシャは興味無さそうに肉を食べるが、決して適当に聞いているわけではなかった。
「私も少しだけ分かるよ。お母様を失望させてばかりだから。…正直、逃げるみたいにアグリーツァに来たからね」
「帰りたくなることは?」
「あるけど…今はまだ帰るつもりはない。自力で不老不死になって、お母様に死別の悲しみを与えないようにできるまではね。それまでは…娘のことは忘れてて欲しいかな」
「不思議な考え方だ。私は…全てを捨てて尚、母と父に会いたいと思ってしまっている。…滑稽だよ」
セントーレアの目の端に涙が浮かぶ。呼応するかのように雨がぽつぽつと降り始めた。
「まだ全部捨てたわけじゃないでしょ?…後悔するだけの心が残ってる。無くしたりしたら…その時は、ベルナールの娘として、あなたの先生の代わりに裁いてあげる」
「そうか…なぁ、参考までに聞きたいのだが、私はどうするべきなのだろうか」
「さぁ?あなたはどうしたいの?」
「…分からない。初めはゼノを捕らえてレグーナに帰還するつもりだった。しかし…皆と過ごしていると、ハイドレストでの四年間を思い出して…いや、それ以前のことを思い出してしまうんだ。互いに家の秘奥を継承した者同士だったからというのもあるだろう。すぐに馴染んださ。だが今ではこのザマだ。親友から逃げ出したばかりか、親も、その親からもらった名前すら捨てた。そして今では罪のない少年の人生を狂わそうとしている」
セントーレアの言葉は重く、冷たい空気を纏って吐き出された。救いを求めるような悲壮さと、諦めのような嘲笑を含んでいた。
「レグーナ王宮親衛隊のセントーレアとして生きるか、裏切り者のマキナとして生きるか、まだ悩んでるんだね」
「ハハ…酷く無遠慮じゃないか。これでは何も否定できん」
「フフ、失礼。あまり人の心とかよく分からないんだよね。ただ一つ、少しは楽になる言葉をかけてあげようかな。『決断の時が迫っているとしても、最後の瞬間まで悩むことはできる』…聞いたことあるでしょ?」
「…先生の最初の授業で聞いた。…そうか…そういう考えもあるのだな…」
彼女は涙を拭った。もう一度ナターシャが肉を差し出すと、今度は受け取った。
「悲しみなんて通り雨だよ」
……………………………………………………
「時は来た。リヴィドに遅れをとったアグリーツァ開拓も今や巻き返しの時です。水龍もいない、叛逆者もいない。集いし兵よ、神の名の下に、かの少年を救いなさい」
仰々しく、威厳をもった言葉がベルナデッタによって紡がれる。狂犬は再び放たれる。
「同じ轍は踏みません。今度は最初から全力で参ります。邪魔をするならしてみなさい、父親としての威厳を見せてみなさい。そして知るがいい、己が父親として相応しくないという事実を!」
一つの国がたった一人の人間に矛を向ける瞬間は、たとえ千年遡ったとしてもこの瞬間だけであろう。
「「レグーナ万歳!猊下万歳!」」
歓声と喝采が響き渡る。ベルナデッタはカトレアを連れて船に乗り込んだ。
「カトレア、覚悟するのです。向こうも総力を挙げて当たってくるでしょう」
「シックスガーディアン、叛逆の騎士団…叛逆者…ご心配なく。私はセントーレアと違ってしくじりません」
女王の乗船を終えた船が出航する。
「セントーレア?…ああ…そんな人もいましたね。あなたは私を失望させないように頑張りなさい」
「はっ。必ずや」
……………………………………………………
極東セクレド、氷雨家の屋敷にて
「…氷雨流奥義…極雨」
「あと一歩、踏み込みが深ければ当たっていたかもしれないな」
「…参りました」
病弱そうな色白で白髪の若い女と、金髪の女が刀と剣を持って稽古場にいた。そこに割って入る男が一人…
「いつのまにユイに勝てるようになった?ヘルミナ、随分と腕を上げたじゃないか」
二人が男の方を見る。
「ゼロ!」 「お兄様!」
「よっ。変わらず美人でなによりだ。目に入れても痛くないってな」
この一見すると好青年に見える男がゼロだ。ゼノとよく似ているが、目が違う。冷たい目だ。しかし今は少しだけ暖かみがある。
「照れるじゃないか…ボクが恋しくなったのかい?」
「もったいないお言葉です…して何用で?」
「二人をアグリーツァに招待してやろうと思ってな。ローズとリン、そして…ユイ、俺たちの息子がそこにいる」
「!?あの子が…!?でもどうして…!?」
ユイと呼ばれた白髪の女はたじろいだ。ヘルミナと呼ばれた方も少し驚いている。
「レグーナの女王に拾われてやがった。今はアグリーツァまで逃してるが…まさかこんな事になるなんてな。時間稼ぎもそろそろ限界だと思って支度を急いでるんだ」
「すぐに行きましょう。アグリーツァにいるのですね?」
「…ローズは元気かい?」
「ああ、でも俺の正体がバレた。何ならリンと息子との関係も多分バレた」
ゼロは少しふざけているように見えるが、二人は特に咎めなかった。
「いつかは話すべきだと思っていたさ。それで?子どもには自分で自分の名前を付けさせると意気込んでいたわけだけど、彼はどんな名前になったんだい?」
「ゼノ。ゼノ・ルイスだ。まぁ下手すれば最後にレグーナが付くかもって状況なんだがな。俺は死んでも嫌だね。まぁ死ねないんだがな、ハハハ!」
「言ってる場合か。ボク達の手を借りたいってことは、相当手を焼く相手だってことだろう?」
「全盛期なら余裕で勝てたんだがな。ああ、勘違いするなよ。子どもを作ったことに後悔は微塵もないさ。最強の名も重いんでな。っと、騎士団にも声はかけてあるが、やっぱりお前らを一番頼りにしてるからな、ガキどもにカッコいいとこ見せてやろうぜ?」
「私はお兄様の命に従います」
「ボクも異論無い」
「じゃあ、支度済ませとけよー。なるべく早く出発したいからな」
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