第6話 運命の糸に導かれし剣

「…何の音だ?」


壁の向こう側から聞こえる、地鳴りのような低い音。心なしか揺れているようにも思える。


「結構近いね。二人が無事だといいけど…」


何か嫌な予感がする。確証は無いが、冷水をかけられたような、背筋の凍る感覚に近しい。


「…急ごう。もう魔物も出てこなくなったし、ここからは走っていこう」


「待って」


リンが後ろを振り向く。闇が広がるばかりで何も無いが、その闇の中から何かが飛び出してきてもおかしくはない。


「さっきからずっと同じ場所を歩いてる」


「!?…どういうことだ?」


「この壁の傷、さっきも見た。最初は気のせいだと思ったけど、流石に5回目くらいになると違和感がね…」


なんということだ。まさか閉じ込められたとでも言うのか?


「ただ確かめる方法が無い。亡者だって無限じゃないのに、この壁の傷を基準として何周しても、多少数が減ってきたとはいえ相当数現れた。気づかないうちに戻ってきてるなんてことはない。少なくとも、場所ではないってことになっちゃう」


「確かに、魔物が律儀に交代して出てくるとは思えないな」


となると何者かの魔法による仕掛けということか?


「いっそのこと壁を壊してみる?」


武闘派な子だとは思ったがここまで脳筋だとは思わなかった。…流石に冗談だよな?


「流石に…とも言い切れないけど、まだその時じゃない。一つ試したいことがあるんだ」


そう言いながら俺は指先から細く練った白い魔力の糸を出した。というより、俺ごときの魔法ではせいぜいこんなことしかできない。


「この糸を持って進んでくれ。もしまたこの傷を見つけたら…あとは分かるな?一度戻ってきてほしい」


「…!ゼノってば天才!よくそんなこと思いつくね!?」


そんなに凄いことではないのだが、リンに褒められて悪い気はしない。いや、自分より遥かに優秀な彼女に認められた気がして内心かなり喜んではいる。だがそれはそれとしてあまり呑気にしてられない状況ではあるのだ。


「ありがとう。俺だけじゃ何もできないから、リンだけが頼りだ」


「まっかせて!それじゃあ行ってくる!ここで待っててね!」


「あっ…まぁいいか」


心配性なもので、もう少し確認したかったのだがもう走っていってしまった。まぁ…最悪の場合は糸を手繰っていけばいいか。


「糸は出続けてる…今のところは順調だな。それにしてもなんて運動神経だ…俺もベルナに監禁されてなかったらあれくらいは走れてたのか?」


そんなことを考えながらリンの帰りを待っていた時だった。


「っ…また揺れ…ん…?糸に何か触れた…?あれ…リンが立ち止まったのか?」


大きな揺れを感じ、糸を出し続ける指が強く横方向に引っ張られる感触、そして急に糸が出なくなった。


「何かあったのか…?」


「おーい!帰ってきたよ!やっぱり同じところだったね」


「リン!?」


「どうしたの?そんなに驚いて。これも計算の内だと思ってたんだけど…」


「いや違う!糸はどうした!?」


おかしい。僅かでも彼女が動けば糸は引っ張られるはず。なのに、彼女が後ろから来るまでの間、糸は出ていない…


「糸?ほら、ここに」


「…それをこっちに。回収するよ」


「どうするつもり?」


「この糸の術式の魔力配列を俺の体に刻み込む。これが地図代わりになるはずだ」


「へぇすっごい…そんな気の遠くなるような技術、どこで身につけたの?」


「暇すぎた時期があってね…こんな弱々しい魔法で遊んでたらいつのまにかできるようになってたんだ。…っと、できた」


手の甲に刻んだ糸の軌跡は、先程リンが走った跡を正確に表している。


「ここから途切れてるね」


「開始地点がここだから…二度目の曲がり角を曲がった直後?」


「あー。だいたいそれくらいで凄く揺れてこけそうになったんだ。ゼノも感じた?」


「ああ。揺れの正体が糸を切った者と同一だとすると…とんでもない大きさの生き物ってことになるぞ…?」


その地点まで、足の遅い俺では全力で走っても10秒以上はかかるだろうが、その距離でも揺れをはっきりと感じたとなると相当巨大な生物が移動したことになる。


「そんな大きな魔物なら見逃すはずがないと思うけど…あ!分かった!地中に潜ってるとか?それなら見えないはず」


「なるほど。糸が切れたのは…リンの足音がしたから一度出てきたとか?」


「多分そうだね。じゃあそこに行ってみよう。どうせここで待ってても何も変わらないからね」


リンからなるべく離れないようにしてその地点へと向かう。緊張と恐怖で胸が圧迫される。この狭く、薄暗い遺跡で一生を終えることになったらどうしよう。まだベルナデッタに飼われていた方がマシかもしれない…いや、そんなことを考えてはいけない。それが嫌だから冒険に出たのだ。どんな死でも受け入れよう。


「ここか。確かに地面が抉れてるな。移動した先はこの壁の向こう側…」


「やっぱり壊してみる?」


「崩落が怖いけど…やってみるか。それで、どうやって壊す?掘っていくわけじゃあるまいし…」


「そんなの、ゼノが適当に黒と白ぶつけて暴発させれば一発だよ。いくら親和性が高くても体外で接触すれば『ボンッ!』ってなると思う」


「え?ならないよ。ほら」


白と黒の魔力を混ぜてみせるが特に何も起こらない。もし爆発するならあのリヴィドの港の絵を紡いだ時に死んでいたかもしれない。


「えー…なら仕方ないか…ナイフのストックが無くなっちゃうんだけどな…」


そう愚痴を言いながらもリンはベルトからナイフを数本抜き、壁に突き刺した。


「離れてて」


少し大袈裟に下がる。数秒後、熱波と轟音を伴ってナイフが爆発し、壁が崩れ去った。


「何それ怖い」


「父さんの得意技…らしい。…道になってるね。進もう」


リンの後ろを歩く。念のために糸を残しながら進むが、この糸がどれだけ魔力を消費しているのかまったく分からないまま使っている。そもそも使える魔法が少ないので魔力が枯渇した試しがないが、自分に限って膨大な魔力を保有しているはずがない。


「これは…扉?」


しばらく進むとまた壁に突きあたった。ランプの柔らかな光が壁面に刻まれた文字を露わにする。


「文字が書かれた壁にしか見えない」


「そういうのは大抵の場合扉なんだよ?」


「なんて書いてあるんだ?」


「『剣の主は未だ死なず』…それか、『英雄はこれより誕生す』、だね」


「まったく違う意味に聞こえるけど?」


「古代文字って面倒なんだよ。召喚儀式に使う魔術文字は特にね。死ぬことは生まれ変わることと同じっていう認識だし、剣の達人はもれなく英雄扱い、まだないものはこれから生まれるっていう風に置き換えることができちゃうから…」


「召喚術って大変そうだな。…ともかく、とこれが扉だとしたらどうすれば開くんだ?」


リンが少し困ったような顔をした。…まさかこれくらい常識だったのだろうか?


「えへへ…こういうのはナターシャに任せてたから…ちょっと待っててね?こんな時のために色々常備してるんだけど…あった!」


その小さなポーチに何が入っているのか、と思わせるほど物が触れ合う音を鳴らし、小さな黒い鍵を取り出した。


「何それ?」


「『冥界への鍵』。ちょっとした掘り出し物だよ」


そう言ってリンは鍵を壁にかざした。扉が泡のようにゆっくり消え去っていく。


「…差し込まなくても使えるのか…」


「そこそこの確率で解錠することができる遺物。運が悪いと部屋のドアすら開けられないこともあるけど、運が良ければ禁忌の封印を解くこともできる。ね?ロマンあるでしょ?私のお気に入りの遺物なんだ」


そうこう言っている間にも扉が溶けるように崩れ去っていった。相変わらず暗いが、向こうで何かが動いている。…声も聞こえる気がする。


「…ナターシャ落ち着いてくれ!不毛な争いだぞ!」


「落ち着いてられないよ!アイツ、私の傑作を壊しやがったんだ!」


セントーレアとナターシャだった。どうやら合流したようだ。少し心が安らいだ。


「ナターシャ!セントーレア!」


「…!リン!ちょうどよかった!あの気持ち悪いミミズ野郎を八つ裂きにして!」


セントーレアはともかく、ナターシャが何故か昂っている。海色の目がより濃く、明るく輝いて薄暗いこの空間でもはっきりと見えた。


「はい?何言ってんのナターシャ?それに何で魔眼を使って…」


「追憶装置を壊されたんだ!許せるわけないでしょ!?」


「えぇ!?また作ればいいでしょ!?」


「白の魔鉱がどれだけ貴重か知ってるの!?魔石と黒の魔鉱の次に貴重なんだよ!ああもう!こんなことになるんだったらカッコつけるんじゃなかった!」


「あー…うん、あはは…」


リンはもはや何も言えなくなっていた。この子にしてこの親友あり、と言ったところか。奇しくも二人は新入りに良いところを見せようとして失敗しているわけだ。それをリンも気付いてか、こちらを見て微妙な笑みを浮かべた。


「言っている場合か!次の攻撃がいつくるか分からないんだぞ!」


「そいつは隠れてるの?」


「地中から襲ってくるんだ…!今も隠れているはず…!」


「なぁ、あの剣は…」


空間の中央、奥の方に結晶に刺さった黒鉄の剣があった。となると、先ほどの壁面の文字の剣の主はまだ生きていて、その怪物とやらが守っているのだろう。


「聖剣なのか魔剣なのかは分からない。ナターシャがあれを引き抜こうとした直後に地中から揺れの正体が姿を現したんだ」


そう言った直後、大きな揺れを感じたかと思えば俺のいた場所の地面から何やら気味の悪い生命体が飛び出してきた。リンが咄嗟に俺を引っ張ってくれなかったら死んでいたかもしれない。


「イテテ…助かったよリン。…あれが…?」


蛇とミミズを足して二で割ったような不気味さだ。日が当たらないからだろう、皮膚が妙に青白く、目は退化して皮膚に埋もれている。足も小型化し、ギリギリ四足歩行ではあるが、ほとんど這っているようにしか見えない。翼なのか背びれなのか分からない物が背中に付いている。


「うわ、なにあれ気持ち悪っ!さっさと殺しちゃおうよ」


リンがそう言いながらナイフを投げる。頭部に刺さりはしたが怯む様子はない。それどころか怒り狂ってセントーレアへと突撃した。


「ぐッ…!?がはッ…!!」


間一髪で避け、食われることはなかったが、長く太い尾を打ち付けられてセントーレアが悶えた。


「危ない!」


怪物はナターシャと虫の息のセントーレアを無視してこちらに突撃してきた。今度は俺がリンを助けることができた。しかし、体勢を崩して彼女と共に後ろに倒れてしまった。


「ゼノ…ありが…」


「また来てる!!」


「ひっ…!」


リンの弱々しい声が聞こえた頃にはもう目の前に巨大な口があった。怪物は口を大きく開き、俺とリンを丸呑みしようとする。今度こそお終いだ…セントーレアとナターシャは離れた場所にいる。リンは俺と重なって逃げられない。その上鎌を取り落としてしまっている。


一か八か…黒でも白でも、どちらでもいい…


恐怖で目を閉じた。死を覚悟した。


…しかし、その瞬間はやってこなかった。


「……え…」


ナターシャの声が聞こえた。そっと目を開く。


「止まった…?」


怪物が口から血を流してピクリとも動かない。だが、そのことと同じくらい俺を驚かせたのは、あの水晶に刺さった剣が俺の突き出した左手な握られており、怪物の口に突き刺さり禍々しい魔力を放出して一瞬にして命を奪ったことだ。


「ゼノが…剣の主…?」


剣を引き抜き、リンを立たせて俺も立ち上がった。


「私は触れることすらできなかった。この違いは何?何かこの剣と因縁があったの?」


「分からない。俺は別に特殊な生まれじゃないぞ」


剣を振って怪物の血を落とし。右手に持ち替える。


「痛っ…」


右手で持つと激痛が走った。慌てて左手に戻す。魔力の反発を感じた。右手の白とは相性が悪いのか?


「大丈夫?」


リンが心配そうな顔をする。


「左手なら大丈夫。…利き手で握れないのは残念だけど。それよりセントーレアを…セントーレア!?」


怪物の攻撃で倒れ込んでしまっている。


「大丈夫。気を失っているだけ。…帰ろう。傑作は壊されたけど、色々興味深いことがあったし、何よりその…聖剣?魔剣?が手に入ったし」


その言葉に無言で頷き、ナターシャの後ろを歩いて遺跡を出た。結局残してきた糸は使わなかったが、彼女が道を覚えていたので問題ない。剣をベルトに挟み、セントーレアをリンと共に肩を組んで運んだ。


「この剣、リンの方が上手く扱えると思うんだが…」


「その剣がゼノを選んだんだから、使ってあげないと可哀想だよ?それに、私はナイフと鎌しか得意じゃないんだよね〜。ほら、怪物を倒したのはゼノでしょ?」


「…二人とも死んでいたかもしれない」


「生きてるんだから気にしない気にしない!この世に起こる全ての事象は運命によって導かれる。だからゼノが剣に選ばれたのには意味があるんだよ」


「そうかな…」


「きっと、いや絶対そうだよ!…そうだ、初めての冒険は…どうだった?」


ふむ…そう言えば彼女とは出発する前に出会ったばかりか。随分と打ち解けたように思える。彼女の社交性あってこそではあるが。しかしまぁ、正直に言えば…


「…人生で最高の思い出だったよ」


「えへへ、そうこなくっちゃ!」




























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