第5話 ナターリヤの基礎魔法概論
一方その頃、セントーレア、ナターシャ側はというと…
「これで粗方片付いたかな」
「そうみたいだ。いい腕だ。貴方はきっと最高の魔法使いになるだろう」
セントーレアがナターシャを褒める。しかしナターシャは顔色を変えない。
「私は魔法使いになんてなれないよ」
「どうしてだ?私と同じく三色使いではないか。それも、私よりも魔法に詳しい」
元々セントーレアは騎士であったが、レグーナの中では魔法の腕も上位の者だ。ナターシャは武芸や身のこなしではセントーレアに劣るが、魔法ではかなりの差をつけている。
「私たちが普段使うのは魔法じゃなくて魔術。魔法とは本来不死を実現する能力のことを指す。つまり、不老不死でない者は魔法使いとは言えない…ま、お母様の学説だけど」
「お母様は学者なのか?」
「あれ、気付いてない?マリー・メリア・ベルナールって言ったら分かる?」
この名前にセントーレアは驚きを隠さないでいた。一瞬考え込むようにして、ふと何かに気がついたようだ。
「!?…ということは、あなたはベルナール先生の…!?」
「正解。お母様のことは知ってるよね。有名人だから」
「驚いた…ベルナール先生に娘さんがいたなんて…」
二人は会話をしながら道を進む。
「先生呼びってことはハイドレスト生?やるね。通りで優秀なわけか…」
「レグーナから留学していたんだ。いつも成績はギリギリだったがな。それより、あの人が誰かと結ばれていたなんて気付かなかったよ…」
「私も父親の顔は見たことがないんだ、複雑な関係らしくてね…こっそり出会ってるらしいけど、私はまだ父の名前すら知らない。200年来の初恋の人らしいよ。リンに言わせたら、ロマンがあって憧れるらしいね」
「他人にはすっかり興味を無くしたと思っていた。でも、あの人はまだリヴィドに居られるのだろう?なぜ娘のあなたがここに?」
「学園で教わるようなことは、お母様から既に全部教えてもらったからやることが無くなった。学園で退屈な四年間を過ごすくらいなら、あのバカと冒険してた方が楽しいから」
「その…故郷が恋しくなったりは?先生に会いたいとか…」
「うーん…あんまり無いかな。お母様は真の意味で魔法使いだから、私さえ生きてればいつでも会えるし、私もそう簡単に死ぬつもりはないからね」
「良い信頼関係だ」
二人はリンとゼノのように、すぐに意気投合したようだ。談笑しながら暗い道を魔法で照らしていく。…ナターシャに言わせれば魔術だが、少なくとも一般には浸透していない呼び方だろう。
「そうだ、グロウタウンに帰ったら一緒に手紙を書こうよ。ドラゴン便が届けてくれる。レグーナではドラゴンなんて滅多に見れないでしょ?」
「一度だけ、女王陛下に献上された幼い翼竜を見たことがある。翼の生えたトカゲのようだった」
「言い得て妙だね。龍が成体になるには100年単位の時間が必要だし、幼体は本当にトカゲにしか見えない。でもアグリーツァなら大人の龍にも出会える。素敵でしょ?」
「ああ。レグーナではドラゴンは神聖な生き物だからな。一角獣と同じように」
その後も二人は世間話や身の上話、故郷の話などに花を咲かせ、盛り上がっていた。セントーレアはハイドレストでの学生生活のことや、レグーナに戻ってからの暮らしを、ナターシャは母親との思い出や、アグリーツァでのリンとの冒険の話を互いに聞かせていた。
「…行き止まりか?」
しばらく歩いていると壁に突き当たった。少し泥っぽい岩壁が二人の魔法の照明を反射している。
「何もないところを魔物が守ってるとは思えない。少しは知性が残ってる魔物だったから尚更ね。隠し通路か或いは…」
ナターシャがゆっくり壁に近寄り、そっと手を伸ばす。すると、壁に複雑な模様が浮かび上がる。
「当たり。やっぱり行き止まりに見せかけるだけの幻術の類だったね」
「どうする?解けるのか?」
「かなり複雑に組み込まれた術式だね…無理矢理壊してもいいけど、冒険の醍醐味が無くなっちゃう。解くのはあなたに任せるよ」
「私に?」
急に託されてか、セントーレアが少し驚いて言った。
「うん。見た感じ魔力の操作は貴方の方が得意そうだからね」
「やってみよう」
ナターシャがやったように、壁に手を当てて中の術式を把握し、魔力を注ぐ。数秒の後、開錠されるようにして扉が現れた。扉と言っても、人間が使うようなものではなく、霧のように霧散した光の集まりがそう見えるだけだ。門、と言った方が正しいかもしれない。
「初めてでこれができるなんて、探索者になってみるのも悪くないんじゃない?」
「ありがとう。使命を果たしたら検討してみるよ」
「…あんまり躍起にならないようにね。使命なんて、大抵の場合は呪いにしか…ううん、何でもない。さぁ、行こうか」
ナターシャが扉を開けて中に入り、セントーレアがそれに続く。とても広い、何やら一層不気味な空間に出てきたようだ。青白い蔓が壁を覆い、地下水を汲み上げているのか、妙な水気を纏わせている。
「私たちが一足早かったみたいだね」
「そのようだな…あれは…剣?」
部屋の奥には水晶のような結晶に突き刺さった禍々しい剣があった。いったいどれ程の時を経たのだろうか、壁を伝う植物が結晶を覆っているではないか。しかし、その剣だけはまるで植物を退けるかのようにしてそこに堂々と突き刺さっている。
「剣?おかしい…」
ナターシャが首を傾げる。
「どうしてだ?迷宮の果てには大抵、財宝や聖剣が眠っているものではないのか?」
「いや…ここは黒龍の遺跡だよ?こんなの、どう見たって人間が置いたものでしょ」
「確かに、とても人の手が入っているようには見えなかったが…待て、だとするとあの亡者達はどこから?」
「黒龍の遺跡って言うくらいだから、きっと黒の魔法で動く屍にされたんだよ。…死をも忘れるなんて、ある意味では本当の魔法なのかもね」
おぞましい話である。セントーレアの顔に嫌悪と恐怖が見えた。
「ああ、気に病む必要は無いよ。もし亡者にされたら、迷う事なく葬ってあげるのが冒険者に対する礼儀だから」
「…そうか。この剣はどうする?」
聖剣か魔剣か、煌々としたその刃は僅かばかりの光を反射して輝くのだ。不気味に見えなくもない。
「…まぁ、抜くしかないよね…待ってても何も進まないし、ここが本当に最奥かも分からない。この剣が隠し通路への鍵って可能性もある」
「本当に抜けるのか?童話では、岩に突き刺さった剣は選ばれし者にしか抜くことができないというのが通説だ」
そんなセントーレアの杞憂を無視し、ナターシャは剣の前に立つ。
「お母様の娘である私が選ばれし者じゃないなら、いったい誰が選ばれし者なの?」
ナターシャが剣の柄を握る。彼女が顔をしかめた。何かに気がついたようだ。
「…誰の魔法?こんな面倒な術式を組むなんて…よっぽど渡されたくないってこと?」
「抜けそうか?」
「…無理。そもそも触ることすらできてない。特定の血族にしか触れることができない魔法がかかってる」
「そんな…」
セントーレアが座り込むようにして落胆した。長い道のりと戦闘続きで疲労が溜まっているのだろう。二人は広大な暗闇の中で身を寄せ合った。
「少し休もう。あの剣バカなら無理矢理引っこ抜けるかも」
「剣を操る魔法だったか?確かに、それなら可能かもしれないな…ん…?この地鳴りは何だ?…近づいてくるぞ!」
ナターシャとセントーレアが跳ねるように立ち上がった瞬間、彼女達がつい先程まで座っていた地面がナニカによって抉られた。
「…なるほど。罠ってことか」
「早く出よう!何か分からんがここにいたら食われるぞ!」
「いや…アイツは私達がいる場所を狙ったように見えて、私達が入ってきた入り口を埋めるためにあそこを襲撃したんだ」
「なに…?」
見てみると、確かに入り口が崩れた岩で塞がってしまっている。
「
「奴はどこに…!?」
考え込むナターシャの隣で、セントーレアは左右、背後、足元、果ては天井までも警戒していた。
「剣に不適合な人間を排除する罠?だとしてもあの黒龍が砂龍みたいな低級の魔物を自分の守護領域に?いや、それを言ったら亡者の軍団や他の魔物もそうか。だとするとここは黒龍がとっくに離れた場所ということ?それならここに剣があることも納得できる。けどそれなら、この迷宮を抜けてここに辿り着き、剣を刺した人間がいるということ?何のために…」
「危ない!ナターシャ!!」
「うわっ!…いってて…ありがとうセントーレア。考え事に夢中になってたよ」
ナターシャが二秒前にいた場所は彼女が落ちてしまうほど大きな穴が空き、その中で何かが蠢くのが一瞬見えた。
「あれは何なんだ?」
「正確な種族の識別はできない。でも一度目の襲撃で私たちが人間であることは認識してるはず。魔物はそれなりに賢いから無害な人間は襲ったりしない。人間の肉が不味いことはとっくに知ってるからね。それでもまた襲ってくるってことは、よほど知能が低下しているか、その逆…何かの基準があって私達に襲いかかるくらい知能が発達してるかのどちらかかな」
「両極端すぎる!絞れないのか!?」
セントーレアにとってこの事態はナターシャの話を聞いている余裕がないほどの緊急事態のようだが、一方でナターシャは未知との邂逅に胸を踊らせているように見える。
「仕方ない。あんまり面白味がないけど、このままってわけにもいかないか」
ナターシャがポシェットの中を片手で漁る。もう片方の手は魔力を遊ばせているようだ。やがて歯車が立体的に噛み合ってできた球体の装置のような物を取り出した。中心で荒削りな白い宝石が輝いている。
「それは何だ?」
「本来使えない追憶の白を少しだけ使えるようにする発明品。あ、誰にも言わないでね?お母様と違って私は苦労の産物を容易く他人に広めるような聖人じゃないから」
返事はいざ知らず、その装置を放り投げると中心の宝石がより一層輝きを増し、暗い広間を照らす。それとは別に、白色に煌めく半透明の像が現れた。
「まさに、追憶の白の象徴だよね。私って本当に天才。お母様も喜んでくれるよね」
動き出したナターシャの像、セントーレアの像…そして…
「…何この龍。まったく知らないんだけど」
「龍?これが…?」
龍というよりも巨大な蛇だ。頭部が丸く、脚や翼も退化している。目があるのかどうかすら分からず、横長に伸びた口が不気味だ。
「元素魔力を宿してて魔力炉があって翼と脚があれば龍ではあるっていう定義なんだけど…うーん、ギリギリかな…なんかガッカリ…まぁ、かろうじて極東の竜に見えないこともない…かな…」
「あまり呑気なことは言ってられない。次の攻撃がいつくるか…っ…!正面…!?」
セントーレアが僅かに揺れを感じたようだ。二人はゆっくり後退りし、様子を伺う。
次の瞬間、その不気味なドラゴンはナターシャの発明品を一口で喰らい、それが食べる物ではないと分かると吐き出した。装置は光を失い、歯車が外れて壊れてしまった。白い像も消えた。
「…こんの…!!」
「え?」
「ムカつく…!!人の発明品をなんだと思ってるわけ!?来いよミミズ野郎!八つ裂きにされても再生できるか試してやる!100年に一度の天才、このナターリヤ・アークス・ベルナールがお前を冥界に突き落とす!」
「えぇ…?」
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