第7話 再会と依頼
「ハッ…!ここは…?」
セントーレアが目を覚ました。リンとナターシャが借りている宿のナターシャの部屋のベッドに横たわる彼女は鎧を脱がされ、やや肌寒そうな薄着を着ている。
「起きた?ここは私の部屋だよ」
「…どれくらい時間が経った?」
「ほんの少し。さっき帰ってきたところだよ。だからまだ日は跨いでない。不思議だね。私たち、今日出会ったばかりなんだよ」
「もう一ヶ月くらい旅を共にしたような感覚だ。あの遺跡にいた時間はそれほど長かったのだな」
「……ごめんなさいセントーレア。大人しくあなたの言う通りに一度撤退するべきだったよ。あなたを危険な目に遭わせちゃった」
遺跡でのことを思い出したのか、ナターシャが心から謝罪した。
「…いいんだ。全員無事か?」
「うん。2人はリンの部屋にいるよ」
セントーレアが体を起こし、ベッドから出ようとするがナターシャがそれを止めた。
「まだ動かない方がいい。内臓がやられてるかもしれないし、確実に骨は折れてるだろうから。しばらく安静にしてて」
「…私がゼノを見張っていないといけないんだ。すぐに行かねば」
「大丈夫。リンがついてるから」
「だが…」
「邪魔するのも悪いじゃない?」
「……分かった。しばらく寝ておくよ。それにしても…怒るとあんな風になるんだな」
ナターシャが自分の髪のように頬を赤く染めた。
「お母様によく似たんだよ…」
「材質が一切分からない…どうやって作られたのかも…」
手に入れた剣をありとあらゆる手段で調べているリンはまるで鑑定士のようだ。
「左手でしか使えないってことは黒との親和性が高いってことになるけど…自分の魔法なら反発しないなんてゼノって不思議だね」
「リンの魔法も不思議だ。どうやって剣を操ってるんだ?」
彼女の動かす剣は生き物のように自由自在に動く。まるで剣の姿をした鳥だ。
「考えただけで動かせるよ。まぁ、その分思考を割いちゃうから、独立した複雑な動きを同時にさせるのは難しいかな」
考えるだけで…凄い才能だ。
「その鎌は動かせる?」
「一応できるけど…手で使う方が好みかな」
「そうなんだ…」
「…眠くなってきた?」
「…ちょっとだけ。色々あったからな」
そう言うリンの瞼も重そうだ。彼女も疲れているのだろう。
「どこかに宿はとってある?」
「いや…まだだな」
そういえば宿をとる時間が無かった。いや待て、そう考えるとアグリーツァに来てからそこまで時間が経っていないのか…時間の流れとは恐ろしいものだ。
「ならここに泊まっていかない?」
まさに渡りに船だが、それでいいのだろうか。
「いいのか?」
「うん」
「なら遠慮なく…床で寝るよ。おやすみ」
「えっ!?…もう寝てる…!?…仕方ないなぁ……」
この日、俺はまた酷い夢を見た。ベルナがあの怪物を連れて俺に会いにくる夢だ。夢の中のベルナは俺を見るや否や拘束魔法を使って俺の動きを封じ、『私を愛していると言いなさい』と狂ったように繰り返していた。拒否するとその怪物が口を大きく開けて俺を飲み込もうとする。しかし黒い鎧の騎士が極東の刀を持って現れ、怪物の頭を斬り落として夢が終わった。
「…またか…どんどん酷くなってるな…」
もう朝か。…ん?床で寝たはずだが…ベッドで寝ている。起きあがろうとすると左腕に温もりを感じた。リンが軽く抱きついている。
「狭いならほっといてくれてもよかったのに…優しすぎる奴だ」
思うところがないわけではないが、ベルナよりはマシだ。彼女なら先に起きていて、俺が目を開けた瞬間彼女の眼球が目の前にあるのだから恐ろしい。
「さて…どうしようかな」
特に予定は無い。二人は何か依頼を受けるのだろうか。セントーレアは安静にしておくべきだろうし、何かするとしたら三人か。とりあえず部屋を出て下の階に降りた。昨日は利用しなかったが、下では料理を提供しているらしい。アグリーツァでは何が主流なのだろうか。レグーナではパン派と麺類派で争いが絶えない。実にどうでもいい。ちなみにベルナは日替わりでパンとパスタを作る。
宿代に入っているので自由に食べていいらしい。意外とあの二人は稼いでいるのだろうか。とりあえず船の女…ローズにアクセサリーを売って手に入れた金はまだ潤沢にあるので自分とセントーレアの分の宿代はきっちり払った。
「ふあぁ〜…起きるの早いねゼノ…」
「まだ寝てていいぞ。悪夢で目が覚めただけだ」
パンを寄せていると、リンがおぼつかない足取りで階段を降りてきた。彼女も疲れているだろうに、健気なことだ。
「何見てるの〜?」
「貰い物の装飾品」
「魔石製?そんなサイズのが実際にあるんだ…まぁでも今更驚きはしないかな。だってゼノ、不思議な人だもん。でもそんな貴重な物を贈ってくれるなんて、どんな人?」
正直に言うべきだろうか?こんなに恩がある人に隠し事をしたままというのも非情が過ぎるというものか。
「実は俺…レグーナの女王様から逃げてここに来たんだ。この魔石はその女王から…」
「え?あのベルナデッタから?何か凄い罪でも犯したの?」
強いて言うなら女王の心を奪った罪とでも言うべきか。拾われた時はまだベルナは女王では無かったので時効にして欲しいところだ。
「…ベルナに好かれ過ぎてて命がもたない。あと冒険に出るのが夢だった」
全く比喩も遠慮もせずに言ったものだが、事実ではある。
「…ああ…何となく分かったよ。本当、父さんみたいだね。父さんも女誑しだからよく刺されてた。不老不死じゃなかったら十回は死んでると思う」
さらっととんでもないことを…
「まぁ、父さんは楽しそうだったらしいからいいんじゃない?」
「娘として、父親が母親以外の女性と付き合いがあるのはどうなの…」
「だって見た目が同年代と変わらないから親として見れないんだよ…」
また写真を取り出して見せてくるが、まぁ確かに、親子というよりは少し歳の離れた兄妹くらいにしか見えない。加えて容姿が俺と酷似しているので自分がその写真に写っているような感覚に陥る。
「…父さんも女王様とロマンスを繰り広げてたらしいから…リヴィドの女王とね」
「何をやったらそうなるんだよ」
運命の悪戯か…俺とよく似た男は別の国の女王に追われていたわけだ。
「でも結局はこの人と結婚した…でいいのかな。リヴィドで重婚が認められてるのかは知らないけど」
写真の女は幸薄そうな微笑みを男に向け、一人だけこちらから目を逸らしている。手は幼いリンの肩に置き、うっとりとして男を見つめている。
「…食べないのか?結構美味しいぞ」
「朝はね…飲み物くらいなら頂こうかな。檸檬を丸ごと搾ったやつが大好きなんだ」
これまた絶妙なものを…
「今日の予定は?何か依頼を受けるのか?」
「受け付けまで行って、面白そうな依頼があったら受けようかな。セントーレアは療養中だし、ナターシャも気乗りしないみたいだから受けるとしても二人で行くことになると思う。…ナターシャは気分屋だし、傑作が台無しになっちゃったから…」
「早く元気になるといいが…」
「大丈夫だよ。一日ほっとけば大抵のことは忘れてるから」
それはそれでどうなんだ、と思いつつパンを齧った。不思議とレグーナで食べる物より美味しいと感じた。ベルナの料理は美味いが変わり映えしないのだ。
檸檬ジュースをコップ一杯飲んだリンは先に外で待っているらしい。食器を戻して俺も外に出た。暖かい日差しだ。海の近くだからか磯の香りも微かに匂ってくる。
「おねーさん、何か私に向いてる面白い依頼は来てない?」
リンは受け付けのお姉さんに親しげに話しかける。彼女の受け答えを見るに、いつものことのようだ。
「リンさんですか。実は今人手が不足していて…他の依頼より優先してほしい依頼があるのですが、誰も受けてくれないのですよ」
誰も受けたがらない依頼?それはまた物騒な…。
「どんな依頼?」
「現在海路が停滞しておりまして…海に謎の怪物が現れたと報告があがっています。貨物船を丸呑みしたと…その怪物を討伐し、海路の安全を取り戻すことが主な内容となります」
その言葉に一瞬、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。ローズの船は無事だろうか…ベルナの精鋭部隊の総攻撃を一人で無力化した彼女なら大丈夫だと信じたいが…
「この依頼は誰が出したの?」
「アグリーツァとリヴィドの仲介人、ローズマリーという方が報酬を提示していますので、その方が依頼主という形になるかと…」
「報酬は出るんだね。なら受けるよ。船は借りれる?」
「たった一隻だけ、その海域を抜けてきた船が港に泊まっています。使えるのはそれだけかと思われます」
「それだけ分かればいいよ。じゃあまたね、おねーさん」
リンは受け付けのお姉さんに別れを告げ、足早に宿へと戻った。
「ゼノはどうする?かなり危ないだろうけど…今回は本当に助けてる余裕は無いと思うんだよね…」
「…ついて行くよ。この前と同じだ。どこで死ぬ覚悟もできてる」
「そう…分かった。君の力、見せてもらうよ。…死なないでね」
そう言いながらリンは置き手紙を残した。ナターシャは船が嫌いらしい。そのため宿で待っているとのことだ。
準備を済ませて宿を再び出た。リヴィドやレグーナに比べるとあまり整備されていない港まで来た。心なしか少し風が強い気がする。
「あの船…」
気のせいだろうか?ローズの船に似ている気がする。いや、帆船などいくらでもあるだろうし、似ていても不思議ではない。
「依頼を受けてくれて感謝するよ、少年!」
「…!この声…!」
ローズの声だ。胸が高鳴るのが分かった。彼女との再会を嬉しく思っている自分に驚いた。
「まさかこんなに早く会えるなんてね。嬉しい限りだよ、少年。いや、ゼノ」
ローズが船から飛び降りた。まさか本当に彼女だったのか。
「…知り合い?」
「レグーナから俺を連れ出してくれた人だ。まぁ、命の恩人ってとこかな」
「そう…初めまして。リン・スティングレイだよ」
その名を聞いてローズの顔が変わる。
「あのスティングレイかい!?信じられない、私はかの叛逆者のファンなんだ!」
「父さんの…?」
「自己紹介しよう、私は叛逆の騎士団レグーナ支部の団長、ローズ・アラン・モローだ」
今度はリンが顔色を変える番だった。
「ええ!?叛逆の騎士団の関係者なの!?父さんとは知り合い!?」
「いや、何度か話した程度だ。と言っても、鎧で顔は見えなかったけど」
リンの父、ゼロ・スティングレイは有名人だ。リヴィドの英雄、レグーナにも影響を及ぼした人間。個の戦力としては右に出る者がいない程の実力者だ。
「そっかぁ…父さん、どこにいるんだろ…」
「きっといつか会えるよ。あの人は娘を置いてくたばるような人間じゃないから…」
「…そうだよね。切り替えていこう。依頼主はあなたってことでいいの?」
「そうだね。一応、名目は海龍の討伐ということにしてあるけど、怪物の正体は分からない。デカい鯨とかかもしれない」
「それはそれで面白そう。もう出発する?」
「ああ、君達の準備が終わり次第出航だ」
「もう済ませてる。行こう」
あまりセントーレアを暇させるわけにもいかない。さっさと終わらせて帰ろう。
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