20:エルヴァスティの首都

 その後は何事もなく進み、ついに首都にたどり着いた。

 最初の態度とは打って変わって、傭兵団からは名残惜しいと言われまくったよ。


「じゃあなぁ~、ねーちゃんたち!

 またどこかで会おうぜー」

 軽薄軟派な若い傭兵が別れ際にそんなことを言ったが、すぐに後ろから隊長さんに頭を殴られて呻いていた。

 あの野盗の一件を思えば、その対応は正しいと思うわ。

 こんな街で、女だけの集団だと知れれば間違いなく良い結果は生まないよねー



 傭兵たちと別れてから小一時間。

「チィどうだ?」

「MPがきついわね、もっとマシな宿は無いのかしら?」

 と言うのは、この街に入ってから【嘘発見センスライ】と【敵意感知センスエネミー】をずっと常動させているからだ。

 その甲斐があって、怪しい宿屋を五件ほど回避できたよ……


 国軍からしてアレだもん。

 エルフとはバレてはいない様だけど、こちらは女だけの集団だ。目が覚めたら縛られてるとか、外出中に荷物が無くなるとか普通にありそうで怖いわ。


「もう少しだけ回ってみて最悪は冒険者ギルドに厄介になろう」

「最悪はね……、できればそうならないようにしたいわね」

 冒険者ギルドは短期であれば素泊まりくらいはさせてくれる。

 しかし金に困った連中と相部屋だったり、場合によっては強制と言う名の仕事を斡旋されたりするのでできれば避けたいところだわ。



 さてこの街では、今までの経験上、私たちは中の上の宿屋を希望して探していた。

 まともな宿屋が一向に見つからないときに妹が閃き、

「悪い事しているから設備がいい宿になったってことを思えば、善良な人の宿屋は儲かってないんじゃないのー?」

 言われてみれば確かにと、中を離れて下の中辺りを回ってみれば、

「いいと思うわ」

「ほお。だったらここに決めようか」

 なんと一軒目でOKと言う快挙だ。


 つまりはこういうことだね。

 この国ではサービスが良いから宿がでかくなるのでは非ず。旅人から不正に利益を得ているから宿が大きくなるのです!


 首都でこれとか、この国マジ怖いわー




 宿が決まったので少しだけ街を巡ってみた─もちろん安全を考えて荷物を持って四人一緒にだよ─。

 そこで分かった事は、ここの国の人はどうやら『ばれなきゃいーんだよ』と思ってるっぽい事かな?

 例えば、

「おばさん。このお酒はいくらかな?」

「銅一枚だけど、こっちのおつまみを一緒に買うと銅二枚のところを銅一枚と青銅七枚におまけするよ。あんたら四人だから四人分買ってくれれば青銅四枚さらにおまけだ。

 どうだい?」

「じゃあ四人分貰おう」

「あいよ、はいおつりの半銅貨ね」

 さて銅貨一枚は青銅貨十枚の価値がある。半銅貨は銅貨の半分つまり青銅貨五枚にあたる。

 一人あたり青銅十七のところが四人で、六十八。そこから四枚値引きで六十四。これに貰ったおつりの半銅貨一枚を足すと六十九枚。

 ソフィアがあほの子でない限り、そんな払い方はしないだろう。きっと払ったのは銅貨七枚に違いない。

 つまり計算をややこしくして青銅一枚分ナチュラルにチョロまかしている訳で……

 たかが青銅貨一枚。だけど塵も積もれば~かな?


「おばさん、おつりはあと青銅二枚だよ」

「はぁ? なに言ってんだよあと一枚だよ! 最近の娘は計算もできないのかい!!」

「あはははっ、そっくりそのまま返すわよ」

 私の意図を悟ったのかおばさんが睨みつけてきたが、もちろん無視して追加の青銅貨をソフィアに渡した。

 さてソフィアだが、新たに帰ってきた青銅貨一枚を不思議そうに見つめ、指を折り始めた。イーネスも同じく、しかし両手の指をすべて曲げたところで指が足りないことに気づいて諦めたっぽい。

 なおこの二人が特に計算が弱いというわけじゃあなく、こっちの人は多かれ少なかれこんなレベル。

 旅人相手限定で、このおばさん、結構儲けてんじゃないかなー


 ちなみに買ったお酒やそのツマミはサンプルに比べて明らかに貧相で……

 もうこの国やだ~ぁ







 普段なら情報収集とギルド、さらに宿屋待機組に別れて行動していたが、この国では別れる方が危険であろうと、四人一緒に─おまけに武器携帯─で行動することに決めた。


 まず冒険者ギルドに向かった。

 宿屋からほんの一〇分の距離にあるそこへ向かうのに、スリにあった・・・回数は〇回で、スリに出会った・・・・回数は両手を軽く超えた。

 魔法使ってなかったら普通の人は危なすぎて歩けないわねー


 私たちはギルドを出て繁華街の方へ向かった。

 今度は晩御飯を取りながらの情報収集だ。

 大通りの道にはよくある露店ではなく、日本の屋台の様なお店が並んでいた。ソフィアたちも珍しがっているので、どうやらこの国特有の物らしいわね。


「おっ、そこの旅の方、この国の名物は食べたかい?」

 そう言って声を掛けてきたのは、湯気が上がるお椀を差し出しながらにっこりと笑顔をみせる人の良さそうなおじさん。

「それが名物かい?」

「ああ、ここらの森で採れる芋を使った煮汁だよ。

 同じ芋から使った酒が入ってるから体が温まるよ」

「いくらだ?」

「一杯分はサービスでいい。気に入ったら追加で買っておくれよ」

 そう言って味見だと少な目に盛られた椀を差し出してソフィアに渡した。


 ソフィアが私の方をチラリと見た。

 【鑑定】の結果、その椀は、何の変哲もない『温かい芋汁』だ。

 しかし……、先ほどから【敵意感知センスエネミー】の方はビンビンに何かを知らせている。

「(食べ物に細工は無し、だけど明確な悪意を感じるわ)」

「(分かった)」

 それだけ聞くとソフィアは椀を食べ始めた。

「うまいだろう?」

「ああ、うまいな」

「椀も、汁に使った芋酒も青銅貨一枚だ。

 気に入ったなら座ってゆっくり食べて行っておくれよ」

 う~ん分かんないなぁ。

 事前にサービスされた手前断りにくいと言う悪意かしら?


 そんな日本人しか引っ掛からなさそうな手口に意味はあるのか……

 ちなみに、騎士いいところの出のソフィアにもそんな日本人気質があったようで、悪いから少し食べて行こうと誘ったわ。

 まぁ夕食時で、美味しそうな匂いにお腹が反応したので、誰からも拒否は無く皆で席に座って芋汁を注文した。


 湯気が上がる温かい芋汁が四杯、カウンターの上に置かれる。

 その隣には頼んだ覚えのない焼き串が。

「これは?」

「ああそいつはサービスさ。折角こんな森の中まで来てくれたんだからね。

 美味しいものを食べて帰っておくれよ」

 セリフだけ聞けばすっごく良い人なのだけど……

 言葉の節々に悪意が混じってるのはなぜだろうか?


 椀を食べて、串を頬張り、

「こいつは森で採れた甘い果実だよ」

 さらにサービスが置かれた。


 ああ、ここでやっと分かった。


 私はその瞬間にぐるりと振り向き、椅子から飛び降りた。

 私たちの後ろに迫っていたのは、通行人を装ったスリの集団─三人組みだ─。この道の店が対面式の屋台風なのは、前面に注意を引きつけている間に、後ろからこっそり近づいて旅人の荷物を奪うためっぽい。

 すべてがすべてとは言わないけれど、少なくともこの店はそういう店だった。

 私と目が合ったスリは、落とした小銭を拾った風を装ってすごすごと去って行った。


 ちなみにその後の店主の態度は一八〇度変わった。

 そりゃそうだろう、サービスしても、もう何も得るものが無いのだもの……


 誰ともなく、首都でこれか~と、何度目かわからないため息が漏れたのは仕方がないと思うわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る