16:出不精

 街に寄るとエルフ族の噂を集めたり、遺跡の話を集めたり、さらには船便の行先を訪ねたりと、実はなかなか大忙しだったりする。

 しかし今はソフィアとイーネスがいるので分担が減って随分楽だ。


 しかし人間、楽と言うのは良くないモノで……

「ただいまー」

「戻ったよ」

「あらお帰りなさい」

「チィ、あんたまた部屋から出てないね!?」

 イーネスから睨まれて私は慌てて「出たわよ」と首を振り否定した。


「ほぉ~だったらどこへ行ったのか聞こうじゃないかい」

 私はほらっと、テーブルの上に置かれたコップを手に取って、そのままゴクリと喉を鳴らして飲んだ。

「あたいは前にも言ったと思うけどねぇ。

 下の食堂で飲み物を買ったってのは出かけたって言わないからね!」

「違う違う、これは表の売店で買った奴だよ」

 ほらあそこ~と、窓の外からその売店を指差した。それは宿を出て真向いの道に店を構えている露店。


「……ツゥ。君のお姉さんは普段からこんな風なのだろうか?」

「ん~そうだなぁ、こっちに来て二人で旅をしていた時は違ったんだけどねー

 あっちの大陸だと大体こんな感じだったよー」

「僕たちが増えて人手が足りたからと言うことか。なるほどな、つまりチィは出不精と言う奴なのかな?」

「失礼なっ人並みに外に出るよ!」

「人並みねぇ。

 だったらここ三日で外に出た回数を言ってみな!」

「トイレが──」

「トイレとお風呂、それからご飯は無しだよ!」


「ぐっ……

 えーと、朝起きて顔を洗う水を貰いに下に行ったわね」

「それから? と言いたいけど、初日は僕が、昨日はツゥが貰ってきたよね」

「えー。じゃあジュースを買いに──」

「それは飲食だから無しだ」

 食事じゃないのにズルい……


「えーと、あっ! そうそうインクが切れて買いに行ったわ!」

「どこに?」

「えっ?」

「どこに買いに行ったんだい?」

 なぜそれを聞く?

 しかし睨みつけるイーネスの視線が怖いので、視線を反らしつつしぶしぶ答えた。

「……インクが切れたと宿屋のおばさんに言ったら余ってるから譲ってくれるって」

「そいつは却下だよ」

 ううっ酷い……


「ねぇお姉ちゃん。

 ドアの外に食器が出てたんだけどー、これお昼ご飯だよね?」

「えっ?」

 くっそー。

 昨日まではみんなが帰ってくる前に食器は下げられていたのに、宿屋のおばさんサボったな!?


 不満を露わに口を尖らせていると、妹がニコリと笑みを見せた─ただし目はまったく笑っていない─。

 それは母譲りの目。

 うぅ……なんでこんなところだけ似るかなぁ


「もしかして朝ご飯のときに部屋に持ってきてくれるように頼んだのかなー」

「呆れたな」

「あたいは呆れたって言うよりも、むしろその徹底さに驚いたよ」


「分かったもういい。食事を入れていいからさ、回数を言ってみなよ」

「ハイ、ジュースは回数に入りますか?」

 手を上げて聞いてみたら、ため息を一つ吐かれて、入れていいよと言われた。


 よし!

 毎朝はちゃんと食べるので三回。

 今日は食器を下げるのが遅かったらしく見つかったが、朝に昼の分は一緒に頼んじゃうので確かに部屋から出ていないから〇回だ。

 しかしジュースの回数は多いぞ!


「そうそうチィ。部屋じゃなくて宿屋から出た回数だけを足すんだぞ」

「えっ?」

「僕はそこで言葉に詰まる君にこそ驚くよ」

「だったら二回……、ですかね?」

 くぅ宿屋の一階でジュースを売ってるのが悪いんだ……


「つまりあんたは外にジュースを二回買いに行っただけってことかい」

「そういうことになりますかね……」


「手に入れた鉱石の研究がしたいのは分からないでもない。

 しかし部屋に籠りっぱなしでは健康にも良くないぞ」

「没頭しちゃうとどうしてもね……」

「明日は分担を変えよう。

 港にはチィとツゥに行ってもらう。情報を仕入れたら冒険者ギルドに来るように。

 次に入る遺跡を決めておきたい」

「はーい!」と元気な声。

「はあい」と語尾下がりの声。

 どっちがどっちの返事かは言わなくてもいいよね……




 その夜。

「お姉ちゃんまだ寝ないの?」

「んー、もう少しー」

「夜更かしすると、また朝起きれなくてイーネスさんに叱られるよ?」

「もうちょっとだけ、キリが良いところまで……」

「もうっ! お姉ちゃん昨日もそう言った!」

 そうだっけ?

 つか、いま私はなんつったんだ。

 無意識に返してるからよく覚えてないや。


「拾った鉱石を使って人工の魔石を造ってるんだけどさー

 【シール】の消費魔力と鉱石の魔力を集める量のバランスが上手く取れなくて失敗続きなんだよね……」

 この鉱石のお陰で妄想に現実味が帯びたのだが、やっぱり一朝一夕で出来るほど甘くなかったよ。


「全然キリよくないじゃん」

 なるほど私はキリが良いところまで~と言ったらしいね。

「分かったよ。今日は諦めて寝るかなー」

 そう言いながらチラッと妹を見る。

 すると妹は仕方ないな~と言いながらベッドの端に寄ってシーツを開けてくれた。

 やった!

「必要以上に触ったら蹴りだすからね」

「えー」

「ほらさっさと寝る!」

「はあい、お休み」

「うんお休み。お姉ちゃん」

「絶対に無事に帰すからね……」

「そんなの、知ってるよ」

 心の中で『そっか』と呟いて私は眠りに落ちた。

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